71 つつみなおし(3)
本条先輩と一緒に過ごすのは楽しい。時を忘れる。日が暮れるにつれて場所も自分の部屋に移動して、思い切り下賎なネタに走って笑っていられるのが心地よい。
「お前さ、絶対Fカップ以上でないと立たないんじゃねえの」
「まさか」
「じゃあ、控えめでもOKってことか」
「好みはその一点じゃありませんから」
女子たちに聞かれたら眉をひそめられそうなことも、本条先輩とふたりきりであればいくらでもしゃべることができる。男子たちと集まって女子の話題で盛り上がるとしたら、十中八九エロネタに走るのは仕方ないことだし、上総もだいぶこの四年ほどで慣れた。ただ実地体験がないのでその分、本条先輩からレクチャーしてもらうことにはなる。
「俺のことはともかく本条先輩はどうなんですか。最近、開拓なさっているのでしょうか」
「開拓ときたかよ。新天地でかよ。まあ、多少はな。あとくされない程度にちょぼちょぼと。もちろんへまはしねえ」
「正直なご感想は」
本条先輩はにんまりして上総の耳にささやいた。
「終わればそれでOK、そんなもんだろ。お前も誰かとお願いすればわかる」
「そんなものなんですか」
ここまで本条先輩は一切、杉本梨南の名前を出さなかった。いつもなら上総に対して、いい加減杉本のことを忘れろとか別の女子はいないのかとかいろいろつっこんでくるのだがその気配すらない。そこが上総にとって不可解なところでもある。いったい今日の本条先輩は何を考えているんだろうか。
本条先輩が帰ろうとする気配はなかった。まあいい、こういう時があってもいい。すべて忘れていられるから。
父が帰ってきてすぐ上総の部屋をのぞきにきた。
「本条くんか、いらっしゃい」
「おじゃましています」
だらだらしていたくせに一瞬のうちに大人対応をする本条先輩。
「今日はわざわざここまで自転車で遊びに来てくれたのかな」
「はい、いつも上総くんに来てもらっているので今日は僕の方からお伺いしました」
──本条先輩ってこんなしゃべり方できるんだ。
隣りでぽかんとしたまま座っている上総と本条先輩ふたりを父は見やりながら、なぜか満足そうに笑みを浮かべていた。家で父と友だちが合間見えることはそうそうない。
「明日は休みだし、せっかくだったらうちに泊まってもらったらどうかな、上総?」
思わぬことを問いかけられ上総も思わずびくついた。隣りの本条先輩を見上げると、顔にもろ喜びの色を浮かべて、
「もしよければぜひ!」
声を弾ませているではないか。
「本条先輩、本当にいいんですか? 俺はぜひ泊まってっていただきたいんですけど里理さんとかは」
「あああいつ大丈夫。電話しとけば文句ねえよ」
上総に話しかける口調だけは崩れているけれども、父に対してはまさに礼儀正しく、
「ありがとうございます! 実は僕も上総くんといろいろ語りたい気分だったんでぜひ!」
ときた。父は頷いて、
「それなら夕食を作らせるとするか。上総、悪いが三人前の料理なんでもいいから作ってくれないか。本条くん、一緒にいただくとしようか」
結局おさんどんは上総の役割にならざるを得なかった。そんなものである。
急な来客ということもあってさほど豪華なものは用意できない。それでも冷凍しておいた米飯やシーフードミックス、牛乳なども冷蔵庫には並んでいたのですぐにシーフードドリアをこしらえることができた。男子三人分にしては十分過ぎる量だった。食卓を囲み、上総が運んできたものを並べ、席についた。
「この前上総を迎えに行った時の御宅なんだが、今お兄さんと一緒に暮らしているそうだね」
「その通りです。現在両親は仕事の関係で海外を転々としています」
「駐在員なのかな」
「いえ、海外のさまざまな雑貨を輸入して売りさばく商売で、戻ってくるのは年に一度か二度程度です。上の兄ふたりは今、アメリカと中国に留学していて、たまに両親と合流する機会もあるようです」
「ほう、それだと君たちふたりだけが日本に」
「はい、そういうことになります」
上総がある程度聞かせてもらっていた話を、父が深く掘り下げていく。
「そうか、となるとまかないも含めてきょうだい二人で手分けしているわけだね。大変だろう」
「子どもの頃からやってることなんで慣れました。それに大人がいないほうがいろいろと自由なので楽ですね」
──先輩ちょっとそれまずいんじゃないか。
隣りであつあつのドリアをほおばりながら、はらはらしているのも気づかず本条先輩は語り続けた。
「それに、僕はまだ、日本でやりたいことがたくさんあるのでそれはそれで満足なんですよ。今、マイクロコンピューターのプログラミングに興味があって、専門の出版社の人にいろいろ教えてもらっているんですが、やはり日本のほうが腰をすえて勉強できますし」
「そうか、だと本条くん、これから先、どうするつもりなのかな。お兄さんたちと同じように海外留学とかそういうことは考えてないのかな」
自分の手が止まった。改めて本条先輩の横顔を覗き込む。ためらうことなく本条先輩が答えるのを聞いた。
「選択肢には入ってますが、とりあえず留学するにしてもその金を稼がないときついんでまずはどこか、バイトするなりして資金を貯める必要があります」
「たとえばどこに」
「とりあえず大学に進学してから考えますが、技術系の出版社に今のとこつてがあるんで、そこにもぐらせてもらって学んでいこうと考えています。大学もできればプログラムを専門に勉強できるところを考えているんで、そのルートで」
「となると青潟の学校ではないんだね」
息が止まりそうになる。自分の身体が硬直している。
「最初からそのつもりで考えています。さすがに来年受験するとなると志望校も決めないとまずいですしね」
隣りの上総のことなど存在しないかのように、本条先輩は答えた。
──やはり本条先輩、青潟を出るんだ。
食べても食べても味がしなかった。上総はただ黙々と口におかずを運ぶだけだった。




