70 つつみなおし(2)
卓球やったあとはそのまま一階のゲームセンターでシューティングゲームでもやるのかと思ったが、本条先輩はそのまま自転車の鍵を外して、
「おい、これから行くからな」
上総に呼びかけた。
「どこにですか」
「どこでも行くって言ったよな」
「まあ、一応は」
妙なところに連れて行かれても別にかまわない。上総が頷くと、
「じゃあ、これから食い物買ってそのままお前の家に行くぞ」
もう決め付けているような口調で言い切った。
「先輩ちょっと待ってください。俺のうち、ですか?
「当たり前だろ、不服か」
「来てもらうのはいいんですけど遠いですよ。自転車だと、俺は毎日のことだから慣れてますけど先輩、道は」
「ばかやろう、俺がお前の体力に負けるわけねえだろ。ほらほら行くぞ。ちなみにお前の家には飲むもんとか食うもんとかあるのか? ねえならこの辺で買ってくが」
いや、大丈夫。飲食物は特に買い出さなくてもいい。なければ作ればいいことだ。
「うちにいくらでもあります」
それだけ伝え、半信半疑のまま上総は本条先輩の後についた。
──やっぱりおかしい、今日の本条先輩は。
普段であれば本条先輩は、このままバッティングセンターかマイコン売り場あたりをうろついた後そのまま自分の家に上総を連れていくはずだった。上総の自宅が品山というかなり遠距離にあることも影響して、本条先輩自身が直接やってくるということはほとんどなかった。中学一年の、初めての評議委員顔合わせを結城先輩宅で行い、その後とある事情で上総が体調を崩してしまった時にしかたなく本条先輩に付き添ってもらい帰ったことはある。父が不在だったこともあってその晩は泊まってもらった。その後も中学時代は数回遊びに来てくれたが、自転車ではなく汽車経由だった。自転車というのは最初の一回こっきりしかない。
「先輩、もしあれなら俺が先輩の家に行きましょうか」
そっと様子伺いしてみるが一喝された。
「うるせえ、お前ちゃんと俺の言うことにすべて従うって行っただろ! 余計な口出しするんじゃねえ!」
──そりゃそうだけどさ。
来てもらうのはかまわない。六時くらいまで父も戻らないからのんびりしゃべっていられるだろう。本条先輩にも説明したとおり食べ物飲み物はちゃんと用意できるし、父とも一度挨拶済みだから露骨に嫌がられることはないだろう。
ただ、わからない。
なんで、さっきの卓球といい。
──何か確認したいことあるのかな。
思い当たる節があるけれども、今は知らぬ振りに徹しようと決めた。
できるだけ近道を通ったつもりだが、家の前に到着するや否や本条先輩は、
「ひでえ、なんだよあのアスレチックな道は!」
文句たらたらだった。確かに品山の道はあまり舗装されていないこともあってタイヤに負担のかかりやすいところはあるだろう。
「すみません。車庫に自転車入れておいてください」
「はいはいわかったよ。それにしてもお前の家、ずいぶん手入れされてるな」
「一応、親が全部やってくれてます。厳密に言うと、母が」
「人のこと言えねえが変わってるって自覚はあるわな」
「はい、それじゃ入ってください」
雪が降らなかったのが何よりだ。コートを脱いでさっさと上がった。やはり父は帰ってきていない。ストーブに火をつけ、あったかい珈琲を台所で沸かすことにした。ついでに手付かずのラム酒入りバウンドケーキも。こういう時こそナイフを入れないでどうしろというのだ。たぶんふたりで一気食いできてしまうような気がする。
ソファーに座ってもらって、メーカーで落ちたばかりの珈琲を二人分用意する。ふんぞり返って待つ本条先輩に静々と差し出す。
「立村、下手な女子よりこういうの得意だな」
「鍛えられましたから」
「それとこのケーキ、まじうまいんだが」
「年末のお歳暮かなにかでもらいました。どこかのホテルで作っているもので、実際購入すると一万くらいするそうです。金箔が入っているとか」
──と、母曰く。
「これで一万か。ん? 半分こして五千円か。バイト一日分でこれか。世の中広いわ」
しみじみしつつ本条先輩は上総とふたりケーキと珈琲を交互に飲み食いした。おいしいともまずいとも言わないところみると、とりあえず口には合っているのだろう。食べ終わったら次にみかんを籠に持ってこよう。親戚からこの前二箱送られてきた。
「この一万円のケーキなんだが、まじで腹持ちいいな。馬鹿にしたもんじゃあねえ」
三分の一食べ終えたところでの本条先輩の感想に上総も同意した。
「本当ですね。確かに。まだ何か食べ物用意したほういいかなとか思ってましたけど、別になくても夜まで持ちそうですね」
「全くだ」
本条先輩が筋金入りの甘党だということを上総は早いうちから知っていた。
「お前のうち、よくダチとか遊びに来るのか? まあこれだけ遠いと溜まり場にもならねえだろうが」
「来るとしたら休みの日だけです、やっぱり遠いから」
「誰が来るんだ? 羽飛か、評議三羽烏か、あとは清坂ちゃんか下ネタ女王様か」
「女子はそうそう来ません。来るとしたらやはり羽飛や天羽や更科や難波や」
「ふうん」
本条先輩はしばらく首をかしげていたが、フォークをかちりと鳴らして皿に置き、
「そういやあ、あの外部生とかはどうなんだ? やたらと最近フレンドリーだが」
関崎のことだろう。来ているといえば来ているが、
「一度だけかな。来たことはありますよ。けどやはり友だちと会う時は俺の方から市内に出ます。やはり気を遣わせるの面倒だし」
事実をありのまま伝えた。やはり今日の本条先輩は変だ。妙にしつこい。マイコンプログラム打ち込みで疲れているんだろうか。話をそらしてみた。
「そういえば先輩、最近マイコンのプログラムはどうなんですか? 聞いてなかったけど、結構雑誌でも有名人になったって聞いたんですけど。教えてください」
ここまで霧島の名前が出てこないのが、やはりおかしい。
てっきり友だち話に持っていかれた時、霧島の出入りを聞かれるかと思っていたのだがあっさり関崎の話題へと振りかえられていた。肩透かし、と言えばいいのか。
──本条先輩、今日なんで来たんだろう?
珈琲のお代わりを入れるため上総は立ち上がった。




