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7 助言(3)

 成績が急降下したことについては言い訳などできない。合唱コンクール後で調子に乗りすぎただけとも言えるし、ピアノを始めて熱中しすぎたとも言える。それなりの理由をこじつければ出てくる。実際母にも頭を下げて次回の期末試験ではしっかり文系十位以内を死守すると伝えてある。

 ──中間試験の時間割がたまたま英語五時間目だったから救われたよな。

 あの時は給食時間の段階でさすがにこれはまずいと目覚めて死に物狂いで英語のみ取り組んだ。自分でもなぜあんなに頭が錆付いた状態になってしまったのかがわからない。かろうじて英語だけは満点を獲ったので文系二十位以内は確保できたが、さすがに合計順位が下から二十番目というのは不覚だった。ここまで落ちるとは思わなかった。

 ──俺の方が知りたいよ、ちゃんと勉強したってのに。


「おい何考えてるんだ」

 本条先輩に揺さぶられて自分に戻る。上総はぼんやり本条先輩のめがねかけた顔を眺めた。家に帰るとすぐコンタクトレンズをはずすのが習慣なのだと聞いた。

「今まで通りの先輩の顔だなと思って」

「あほか」

 頭をまたはたかれる。本条先輩は上総の隣りで足を伸ばした。

「こっちが心配してやったってのに、のらりくらり交わしやがって」

「そんなつもりないですけど」

「じゃあなんだ、言いたいことあるなら言え」 

 ──特にないとしか言えないよ。

 上総が口をつぐむと、本条先輩は両腕を思い切り上げて伸びをした。

「俺が仕入れた情報を一通り今からしゃべる。反論したかったらその時言え」

 いつもの本条先輩パターンで切り込んできた。

「わかりました」

 こちらもそれなりの覚悟はある。上総はコーヒーの入ったカップを両手で支えた。


「杉本が青大附高に進学できねえってのは昔からのお約束だったんだが」

 本条先輩が切り出した。

「本当は俺んとこの学校に入るはずだったんだろ」

「青潟東ですか」

「だから本当は、学校祭に杉本を連れてラブラブデートするつもりでいたんだろ」

「別にそういうつもりはありません。ただ、先輩のマイコンクラブには顔出したいと思ってました。俺、個人ですが」

 事実のみ伝える。

「ふうん。ところがすでに中学側からの情報は流れまくっていて当然お前も知っている。杉本がなんらかの事情で青潟市外の高校に推薦で進学させられることになっちまったと。そういうわけだろ」

「噂では」

 短く答えた。

「もう十一月だろ。俺も青潟東受ける時はさすがに勉強したぞ。公立だからな。試験そのものはちょろくとも真剣勝負だ。そうなると杉本も今の段階では死にもの狂いで勉強せねばならないはずだろ」

「実力テストでも中間でもトップのはずです。二十点から三十点くらい二番には差をつけて」

 その二番が新井林だとも。

「よくリサーチしてるぜ。なのに噂としてはすでに推薦入学が決まっているとかなんとか。お前確認してんの? 噂だったら知らないわけないだろ」

「噂であれば」

 まずい、本条先輩の勝ちパターンに持っていかれてしまう。懸命に抵抗する。

「で、裏付けも当然取ってるんだろうな」

「噂を本気で取る必要なんてありません」

 声が裏返ったような気がする。ポーカーフェイスを保つ。

「そうか、じゃあ聞くが立村、来年以降杉本ともう会えないってことは覚悟してるということか」

「事実は確認してませんからわかりません」

「おいおい目がうつろだぞ。じゃあ別ルートから聞くが」

 本条先輩は露骨ににやりと笑った。

「仮にもう来年以降青潟以外の遠い女子高に進学したとすると、まず顔を見ることも日常的にはできなくなるよな。青潟東であればお前のことだから何かしら俺に理由かこつけて追っかけるだろうな。ハブのようなしつこさには恐れ入るぜ」

 恐れるな、切れるな、耐えろと心でつぶやき聞き流そうとする。

「それに知ってるか? 女子高生は共学の女子よかもてるんだぞ。清純そうだとかいう恐るべき誤解があるんだ。実際はすごいもんらしいが俺には知ったことじゃねえ。そうなった場合杉本が別の奴に手を出される可能性も大だわな。性格はともかくあのボインだ。絶対Fカップはいってるだろ。たぶん青大附中の野郎どもも杉本としゃべる気はさらさらなくともあのフォルムだけで何発かは抜けるだろ」

「本条先輩、もう結構です」

 できるだけ冷静さを保った声で上総は告げた。

「俺はこれ以上何も言うことないですから」

「ほう、そうか。やたらと顔が真っ赤なんだが何か思い当たる節あるんじゃねえのかなあ。お前さ、確か一回あのボインをべとっと触ったことあるような話、誰かから聞いたことあるんだが気のせいかなあ」

 身体ががくがく震える。まずい、記憶の奥底をいじられる。コーヒーを飲んで気持ちを落ち着ける。すっかり冷えていておいしくない。

「気のせいです」

「おいおいなに茹蛸になってんの。コーヒーお代わりでもいかがでしょうかお坊ちゃま。そんないきなり足を抱えなくたっていいだろうに。健康な青少年たるものあの胸に触らせてもらい反応したって別に恥ずかしいことじゃねえよ。どうだやわらかかったか? 結構分量あったか? 当然お前も一度ならず二度はおかずに」

「やめてください!」

 何かが壊れた音がする。耳の奥だろうか。ずんと鼓膜を叩かれたようだった。

「そんな妄想みたいなこと言うのやめてもらえませんか!」

「じゃあ聞くが、お前杉本とやりたくねえの?」

 いじわるそうに本条先輩は耳元でささやく。

「あれだけのナイスボディな女子を普通の男子は放っちゃおかねえな。俺も杉本の性格を知らなければ一発お願いしてたかもしれないしな。お前がどう思っているかしらねえが、あのままだとお前の知らないところで他の奴に食われるのも時間の問題だろ。どうする? あの胸をお前の知らない奴がもんでるところ想像して耐えられるか? ただでさえ杉本をおかず代わりにしている奴がいると聞いただけで血昇らせているお前がだ、目の届かないところでいちゃいちゃしているとしたら」

「ありえません。絶対にそんなことありえません」

 もう我慢できない。出来る限りのポーカーフェイスで沈着冷静に答えてやる。

「杉本が進む予定の学校は青潟から離れていてさらに山の上です。ロープウェーで昇っていくらしいと聞いたことがあります。しかも女子は一学年十名くらいしかいないし帰省の時くらいしか降りてこないそうです。男性教師もいないと聞きました。そんな学校で男子が近づく余地なんかありません」

「なんだお前十分過ぎるくらい情報持ってるじゃねえの。心配して損したな。それ杉本から直接聞いたのかよ?」

 本条先輩がまだ顔をにやつかせたまま上総に止めを刺した。


 ──杉本に、聞いてなんかいない。

 このままだとたぶん、耐えられそうにない。本条先輩に突き刺された刃を上総は目を閉じて飲み込みたかった。喉から競りあがってくる何かと一緒に押さえ込みたかった。瞼をかっちり瞑れば奥に押さえられると信じたかった。




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