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66 裏返り(2)

 ──やはり佐川の仕業か。

 佐賀はるみの裏にはあの佐川雅弘が糸を引いているのではとうすうす感じてはいた。そもそも佐賀が杉本梨南からまず評議委員長の座を奪い、次に生徒会長立候補の段階で突き落とし、最後には「模範生徒表彰」のきっかけとなる出来事すら丸呑みしてしまう。このやり方がもし佐賀ひとりの頭で考えたものであればそれはそれで恐ろしいことだ。しかし上総の視点からすると彼女はそこまで悪党ではないように見える。誰かに知恵を付けられてその上での言動なのではと前から気にはなっていた。

 そのひとりが、佐川雅弘。水鳥中学出身で今は水鳥工業高校に進学したと聞いている。

 奴の親友がなぜあのまじめな関崎乙彦なのか、謎も多いけれどもきっと、根っからの悪ではないのだろう。悪人は誰もいない。ただ誰かを守りたいだけ。

 その相手の敵として認識された自分らが、今、攻撃されている。ただそれだけのこと。

 ──でもなぜ、霧島は佐川と佐賀さんとのつながりを見抜いたんだろう?

 確認しなくてはならない。答えを急がせた。


「気づいたのは具体的にどういうことがきっかけだったんだ」

「最初は偶然です。ふたり、いつも郷土資料館で落ち合っていました」

 啜り上げながら霧島が答える。言葉を聞き取るのが難しい。

「偶然ったって、郷土資料館に何しに行ったんだ」

 言葉を飲み込む。霧島の興味範疇とは思えない。疑わざるを得ない。

「話の流れで、興味あると聞いたから」

「まさか、追っかけたなんてことないだろうな」

「違います。ほんとに、たまたま偶然です」

 ヒステリックに否定する。まずは流して次へ進む。

「決定打はどこだったんだ」

「資料館の裏です」

「裏?」

 問い返すとふらふらになり立ち上がりながら霧島は答えた。

「暗いところで、あの、その」

「はっきり言えよ。アルファベットでもいい」

 いらただしく突っ込むと、霧島はすぐに、

「はじめはA、です」

 言い切った。


 ──ちょっと待て、A、っていわゆるあのその。

 自分の鼓動が高まってきている。霧島がもし佐川と佐賀の逢瀬をたまたま見かけただけであればまだ逃げ道はある。それこそ新井林との交際について相談していたとか、たまたま書店に立ち寄って顔をあわせたとか。うさんくさい言い訳だが新井林は丸ごと信じているし否定することは許されない。しかし、霧島の言葉を本当に信じていいのだろうか。まだ迷いがある。

「お前が言ってることは間違いじゃないよな。Aはいわゆる」

「接吻と呼ばれるたぐいのものです」

 鼻を片手でこすり霧島の言い訳は続いた。

「はじめは、ということは二度目三度目もあったのか」

「はい」

「二度目は」

「Bです」

 ──本当にこいつ信じていいのかよ?

 何度も自分に問いかける。いい加減なこと言いたいだけなんじゃないかとひそかにあせる。だが霧島は自分を信じるように訴える。

「Bというとすなわち、あの身体を密着させて」

「日本語では抱き合ってた、といいます。顔をうずめて泣いてました。不貞を確定したのはその時です」


 霧島の言葉を丸ごと信じてよいのであれば、あのふたりの関係に疑いをさしはさむことはできなくなる。しかしここで幻滅してさっさと退けばよかったのになぜこうも張り付こうとするのだろう。引き際を間違えたのだろうか。救いがほしかった。問う。

「ならなんですぐに縁を切らなかった。生徒会改選が控えていたからか」

「それもあります。ただ」

「ただなんだ」

「言いふらすつもりはありませんでした。僕だけの秘密としてしまうつもりでした。けど、あの人が、僕に、その」

 言いづらそうにするその態度、信じていいのか。本当にいいのか。

「言えよ」

「一回くらいなら、って話になって」

「一体お前何したんだよ」

 こちらのほうが泣きそうになるが必死にこらえる。霧島の返事を待つ。

「最初のことです」


 がちゃり、と氷柱の落ちる音が聞こえたような気がした。

 ──霧島、お前、まさか、そんなことを。

 横目で見てはならない。荷物を足元で直す振りをし俯く。呼吸を整える。

「いつだ、それは」

「最初は十月頃です」

「二度目三度目もあったのか」

「ありました」

「向こうが一度だけと言ったのになんで二度目があるんだよ?」

「秘密にしてくれるなら、ってことだったので」

 霧島も自分も声が震えている。霧島の言葉をうのみにするのも疑うのもどちらも苦しい。

「で、先には進んでないよな」

 足が震えそうだ。がっくり膝をつきそうだ。それでも立つ。立ち続ける。霧島がうな垂れたまま首を振る。

「許してくれませんでした」


 返ってくる答えを待つたびに壊れていきそうだった。救いが見つからない。どこにも、それこそ蜘蛛の糸程度のきっかけすら切れていく。ゆっくり、問い返した。

「まさかお前、やらせてくれなんて言ったのか?」

 答えはない。沈黙のみ続く。もう一度問いかける。

「霧島、お前、本当にまさかとは思うが、自分の方から佐賀さんに迫って脅してたなんてこと、ないよな? 俺の勝手な妄想だよなそれ。絶対ありえないよな?」

 シルエットから霧島本人に向かい合いそのまま尋ねた。

 ──頼む、そんなわけないって言ってくれ!

 霧島は顔を上げた。ぐしゃぐしゃの顔を何度も振った。

「僕は悪くありません! 絶対に、だってあの人は、向こうから」


 湧き上がってくる何かに自分が負けていた。気がつけば上総は霧島の襟首を掴み、力いっぱいに床にたたきつけていた。尻餅をついたまま頬をぎらぎらさせたままおびえている霧島の姿を、ただただ見下ろすしかできなかった。

 

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