6 助言(2)
本条先輩の部屋は灯が入っていないせいかかなり冷え込んでいた。
「そろそろストーブが欲しいとこだが、灯油代がもったいない」
庶民的なことをつぶやきながらマイコンの電源を入れた。
「こいつの熱で温まるとするか」
上総も異論はなく、自分でポットからコーヒーを注いだ。里理さんが用意してくれているものだった。ちなみに今は部屋に篭っている。友だちが来ているらしく本条先輩もその辺りは心得ているらしい。声をかけない。
「とりあえず、食うか」
「いただきます」
ポテトチップとコーヒーを用意しジャンクな時間を過ごすことにする。
「誰かと会ったんですか」
「もちろんだろ。同期の連中とも顔あわせたしな、結城先輩とも会った、昔なつかしの連中とはほぼ感動の再会だ」
「でもほとんどの人は青潟東の学校祭に行ってませんか。みんな出かけたって話してましたけど」
「お前だけ来なかったんだよな。そう、その通り。ちゃんと来てマイコン同好会で占いやって盛り上がってたぞ。あいつらいったいなんでラブラブ系があんなに好きなんだ」
「占いですか」
ピアノの練習やその他いろいろあって上総は青潟東の学校祭には顔を出せなかった。本当は準備していたのだがなぜいきなり二日連続で霧島に邪魔されなくてはならないのかが理不尽ではある。最後の日曜にいたっては印條先生宅でのピアノレッスン、さぼれるわけがない。
「やったろか」
「お願いします」
本条先輩はカセットテープをおもむろに取り出し、キーボード脇のレコーダーにカセットテープを押し込んだ。数文字叩いてから再生ボタンを押す。同時にけたたましい悲鳴のような音が響き渡りやがて終わる。
「さてと、お前何座だ」
「え、なんですかそれ」
「星座だよ。星占いって奴だ。女子には大受け。一回五百円で相性占いやったら大もうけだ。最終的には学校に分捕られたがな」
星占いくらい知っている。すぐに答えた。
「乙女座です。九月ですから」
「そいで、杉本はどうだ」
絶句する上総を本条先輩はおもしろげに眺めた。
「何照れてるんだよ。星座くらいわかるだろ」
「変なこと言わないでください」
舌がもつれるが本条先輩は容赦してくれなかった。しつこく追求を続ける。
「あのな、立村。相性占いは相手がいねきゃ成り立たねえだろが。お前のことだ。ちゃんとバースデープレゼントの準備もしてるだろ? ほらほら早く白状しろ。誕生日はいつだ」
「三月だったかと」
悔しいが否定できない。誕生月だけでごまかす。
「上旬か下旬か」
「たぶん中旬」
──誰が答えるか。
上総の様子をじっくり観察していた本条先輩は確認しながらキーボードを打ち込んだ。
「今回は結構グラフィックも意識したんだがどうだ」
ハープを抱えた女性といるかの絵……と思われるドット画……が○のマークをはさんでいる。本条先輩が解説する。
「こっちがおとめ座、お前だ。そいで杉本はたぶんうお座ということやってみた。時期によってはおひつじの可能性もあるがな。とりあえず観た限りだとお前らまあまあの相性ってとこだな。ラブラブというところまではいかないにしてもだがな」
「別にそんなの知りませんが」
星占いなんて非科学的なものをなぜ本条先輩は信じようとするのだろう。いや、信じているとは思えないが上総をからかうためになら信条をためらうことなく曲げられる人でもある。
「おとめ座は几帳面で神経質、うお座はロマンチスト、なんだかよくわからんがいい結果だと思っとけ」
「ありがとうございます」
黙ってポテトチップスをつまんだ。腹は空いていないけれども口に何か突っ込んでおきたかった。膝を抱えて座る。ベッドにもたれる。
「どうした」
「別に」
「天羽たち心配してたぞ。立村が最近しょんぼりしてるから慰めてやってくれってな」
「別に何もありません」
──余計なこと言うなよな。
いったい何考えているんだかとついいらいらする。普段からポーカーフェイスを貫いているつもりなんだが全く効果ないということか。天羽たちにあとで釘刺しておかねばなるまい。人のこと言える身分かと言いたい。
本条先輩は上総の隣りに座りなおした。マイコンの画面で星占い結果がまだ表示されている。
「あのな、誰でもみりゃ分かるぞお前のがっくん落ち込みぶりはな。天羽らだけじゃねえ。俺の同期連中も、南雲も、清坂ちゃんも、みーんな同じこと言ってたぞ」
「そんなことないです」
意地でもつっぱる。冗談じゃない。本条先輩が後ろから頭を軽く叩いた。
「何泣きそうな面して意地張ってるんだよ。ほらほら、言いたいことあるなら言っちまえ。お前いつもそうだろ。早く言っておけば丸く収まることをぎりぎりまで隠しちまうから結局どうしようもなくなるんだぞ。それともなにか? 俺からまた説明しねえとなんねえのかよ。ったく、世話焼ける馬鹿弟だわな」
上総の顔を覗き込んだ。
「杉本が青潟からおん出されるんだろ。結論から言えばそうなんだろ」
「本条先輩、それ」
言葉が喉にだんごのように詰まる。
「何目、白黒させてるんだよ。そんなのとっくの昔にみんな知ってるだろが。一応学校側もトップシークレット扱いしてるみたいだがザルだろそんなの。あのな、天羽たちがお前に何にも言わないのはな、これを機になんとか正気に戻っていただきたいというあいつらの友情の表れなんだよ」
「どういうことですか!」
気色ばむ。言い方が許せない。天羽たちがそんな汚いこと考えているわけがない。
「あのな、この一ヶ月お前の陰気な顔見せられてきた奴らの気持ちわかるか? お前の言う通り委員会やってない奴に仕事はほとんどないしたらたらやっててもいいさ。けどな、お前この前の中間試験どうだったんだ?」
──親じゃあるまいし、っていうか親よりうるさい。
返事をしないでいると本条先輩はさらに追い詰めていく。
「英語だけだろ指定席守ったのは。みんな仰天してたぞ。文系で十番以下に落っこちたこと今までねえだろ? 理数は言うまでもねえけどな」
「それとこれとは話が別です」
「別じゃねえよ。親も呼び出されたんだろ」
「たいしたことじゃないです、よくあることだし」
痛いところばかりつつかれる。本条先輩とは合唱コンクール直後に会って以来なかなか連絡とれなかったし学校祭にも行けなかった。でもそんな成績が落ちて親呼び出しくらって母に頭思いっきり叩かれたことなんてそんなこと報告する義務もない。
「とにかくだ、立村、お前が取り乱すのは百発百中杉本が絡んでいるというのはお約束なんだ。んで、周囲も振り回されるのも超確定。となるとやっぱり俺が出るしかねえだろ」
知らぬ存ぜぬ、とことん白を切るしかない。覚悟を決めた。