54 冬休み瓶詰め(10)
美里のそぶりには一切、新井林の入り込める隙間なぞないように見えた。
──羽飛が黙っちゃいないだろうし。
生徒会に入ってからのふたりは、必然一緒に行動せざるを得なくなったわけだし、ツーといえばカーの仲、よほどの諍いでもなければ気持ちが揺れることもないだろう。唯一気にかかるのは、夏休み前後に見せていた関崎への想いだが、もう静内とくっつきそうな気配を見せているしその辺も整理はできているんではないだろうか。
上総の思惑を知ってか知らずか、霧島はなおも語り続ける。
「清坂先輩がどのようにお感じかは正直どうでもよいことです。たくさん興味を持つ男子連中のひとりでしかないでしょう。でも、女子というものは一度惚れた相手に裏切られた以上一瞬たりとて許すことなどありません。佐賀先輩はおそらく一度でも自分以外の女子に熱を上げた新井林先輩に戻ることなどないでしょう」
「それだけの修羅場であれば、もっと噂は大きくなってもいいはずなんだが俺は全然聞いてないよ。お前から聞いたことしかないし」
なおも上総は様子を伺いつつ尋ねる。
「こういったらなんだけど、生徒会長と評議委員長とのカップルとなれば青大附中では誰もが注目するだろうし、しかもあのふたりは同じクラスだ。誰かかしら情報通が噂を広めないわけがない。霧島は佐賀さんと生徒会のつながりがあるからまだ情報得られるにしても新井林サイドでないもないってことはないんじゃないかな」
「僕がそれは抑えているのです」
霧島は意味ありげに微笑んだ。なおも菓子に手を伸ばす。
「僕は卒業していく佐賀先輩に不要な傷などつけたくありません。おろかな元評議委員長の浮気で捨てられて傷ついたなんて噂されたら、やりきれないではありませんか。特にこの学校は一部の生徒を除いてすべて持ち上がりです」
「まあ確かにな」
「佐賀先輩には僕より僭越ながらアドバイスをさせていただいております。まずは決して他言しないこと、できれば新井林先輩の噂を一方的に広めておいて、その上できっぱりと別れを告げること。そうすることにより佐賀先輩が捨てられたといった見方を否定することが可能です」
「捨てられた、か」
「その通りです。杉本先輩がよい例ではありませんか。杉本先輩は結局新井林先輩に軽蔑されたという過去が染み付いたために、他の男子たちからは首から下のグラビアアイドル扱いされている状態です。もし杉本先輩が新井林先輩を徹底的に叩きのめしたという形跡さえあれば、恐らくあのふたりの立場は逆転していたでしょう」
上総の目をじいっと見つめて言い放つ。
「僕は、先輩と同じ轍を踏みたくないのです」
「お前言わせておけばとんでもないこと言ってるな」
霧島の毒舌に苛立っていてもしょうがない。どうしても確認しなくてはならないことだけ急ぐ。
「霧島、それなら聞くが」
「どうぞお話ください」
「俺がちらちら聞いている、佐賀さんとしょっちゅうどこかかしら出かけているといった話はつまりそういうことか。佐賀さんが悩んでいるのをお前なりにアドバイスして勇気付けているというそれだけか」
「さようでございます」
つらっとした顔で霧島はふんぞり返る。
「おそらく三学期が始まれば壮絶な修羅場があのふたりの前には待ち構えています。佐賀先輩がそこでどこまで凛とした態度をとっていられるかがきもです。そこでうっかり女子の醜さをさらけ出すような愚かなまねをされるようであれば、僕はたぶん彼女を軽蔑するでしょう。しかしそんなこともないとは思います。僕の助言により佐賀先輩はきっぱりと新井林先輩に引導を渡されますでしょうし、そうなりましたら彼女は自由。新井林先輩はおそらく高校で厳しい立場に立たされるでしょう。立村先輩のお話ですと、清坂先輩も新井林先輩になびく気配はなさそうですし。まあ自業自得とはこのことです」
勝ち誇った口調で語る霧島に、上総はもう一度尋ねた。
「それなら、一部で噂されている、お前が横恋慕して佐賀さんにちょっかいかけているってわけじゃないんだな。これは、絶対か」
「当たり前です」
「誓えるか」
「はい、もちろんです。そうできないとお思いとはずいぶん僕も立村先輩に見くびられたものですね。笑止千万」
不敵な笑いを浮かべつつもはっきり、霧島は言い切った。その横顔に嘘は見受けられなかった。
──信じて、いいんだな。
轟さんから得た情報には、霧島と佐賀はるみとのいちゃつき情報のみだった。新井林が美里にほの字だとかいう噂は一方的に霧島本人からもたらされるものであって、それ以上はなにもなかった。同時に新井林と佐賀との関係が悪化しているらしいという話も上総は耳にしていなかった。
──そうなるとやはり、霧島を信じてもいいということになるのか?
あれだけ佐賀を崇拝してきた霧島のことだ。チャンスを掴めば全力でしがみつくだろう。特に佐賀が新井林を「振る」展開になろうものならためらうことなく受け止めようとするだろう。その一環としての「手つなぎデート」だったのか?
「手なんかつないでないだろ」
「僕は先輩と違いレディーファーストです」
「よくわからないこと言うな」
とりあえず言えるのは、佐賀を奪い取ろうと霧島が襲い掛かっているのではなく、その火種となる行為を新井林がやらかしているということになる。三年間、いや小学校時代から一途に佐賀へ想いをかけてきた新井林があるときふと魔に魅入られただけなのかもしれない。単に女子としてタイプだっただけの美里とついおしゃべりしたくなっただけなのかもしれない。いや、佐賀がいなければ本当に美里がタイプだったのかもしれない。あまり突っ込まないでおくにしても、それで面白くない佐賀が霧島に本音で相談し、それを受け入れる準備のある霧島がアドバイスのためふたりで街を歩く。それもまた事実だろう。
──信じて、いい。大丈夫だ。
そろそろ餅ピザを焼くことにしよう。立ち上がると霧島も一緒に腰を上げた。
「先輩、餅はもういいです。食べたくありません。消化によくないしもっと軽いものにしましょう」
「たとえば」
「ラーメンとか、ケーキとか、果物とか」
「人の家に来て食べ物にリクエストするなんて相当面の皮厚いっていうんだぞ」
そこまで言うなら作るのを手伝わせるしかない。上総はそのまま霧島を台所へ引きずり込んだ。まだまだ夕方まで間がある。E組内の杉本がどういう生活しているかとか、霧島が相変わらず家で暴君なのかとか、聞きたいおとはたくさんある。




