53 冬休み瓶詰め(9)
冬期講習が終わってからも休みは続く。このあたりで旅行に出かける連中も多い。
今年は両親の仕事都合が合わず、家で過ごすことになってしまったがそれはそれで気が楽だ。ただ夏休みと違って友だちと合う回数が減っているのもまた事実。予定では霧島が遊びに来るのと、規律委員会の予餞会準備協力に関してのやり取り、および元評議三羽烏と一緒に天羽の家で遊ぶ程度か。
「立村先輩、お久しぶりでございます」
もう家に来る道順を覚えてしまっている霧島が、十時五分過ぎに現れた。品山駅まで迎えに行くまでもない。手土産をぶら下げているのはいつものこと。仕立てのよいコートを玄関先で脱いで、招かれるのを待っている。
「汽車、定刻どおり動いてたか」
「はい、品山過ぎるとどうかわかりませんが」
朝、窓辺に雪がたんまり降り積もっていたのを見て、もしかしたら汽車の遅れがあるのではと心配していたのだがそんなこともなかったようで安心した。さすがに寒そうなそぶりを見せるのでまずは居間に上げた。父はいつものように夕方まで仕事なのである程度であればのんびり羽根を伸ばしてもらってかまわない。
「こちら、母よりぜひ先輩にとのことです」
また料理材料一式かと身構えたがさにあらず、懐中しるこのセットだった。お湯を注ぐだけですむお手軽もの。非常にこの時期は助かる。
「ありがとう。じゃああとで食べるか」
「もちろんです。先輩のことですからもう昼ごはんもご準備おすみ名のではと思い、あえてお菓子類にさせていただきました」
「今日は悪いがスパゲティゆでる気ないからな」
まだたくさん残っている餅をピザ風にして食べるのが手軽でいいと判断して用意済みだ。果物も洋菓子もジュースもお年始でいただいたものがたくさんある。食べものには事欠かない。
霧島とは学校でそれなりに顔も合わせているし、頼んでもいないのに内密情報を運んできたりもするのだが実際膝をつき合わせて話す時間というのはそうそうない。
──生徒会長だもんな。
去年の十一月に特段波乱もなく生徒会長に就任してからは、問題などもおきていない様子だ。ただ何を考えたのかクラスを離脱してE組で個人授業を受けたいなどと言い出したのには驚いた。しかも杉本とふたりで、統括担任がかの青春野郎・菱本先生ときた。上総に嫌がらせするつもりとしか思えないこの面子に、あえて何も感想を言えずにきた。
グレープジュースを一本持ってきて、暖かい部屋の中で酌み交わす。もちろん酒ではないけれども注ぎ合うとなんとなく気持ちが和む。
「それにしてもあきれたものですね、最近の女子高たるものは」
またも始まる、姉の進学先罵倒。霧島のオプション品として割り切ればさほど腹も立たない。聞き流せばすむ。
「先輩ご存知ですか。あの馬鹿姉の通っている学校ですでに五分の一の生徒が退学するそうです」
「結構な数だな」
「そうです。信じ難い事実ですが母によりますとほとんどが非行、不純異性交遊、その他もろもろであきれてものも言えない状況とのことです。また、一度母が授業参観に出かけた時のことですがとにかく校舎が汚い、くさい、授業成り立たないの三拍子。これまで青大附属の整った環境しか知らなかった母は衝撃を受けて帰ってまいりました」
ここまで話した後、霧島は鼻をふんとあげるようにして、
「もっとも、類は友を呼ぶと申しますのでそういう場所にふさわしい人間が集まってきた、と考えれば自然なのでしょうね」
さらりと感慨を述べた。
──お前にそれ、言えるのか?
霧島も生徒会長でかつ学年トップの成績を誇る。杉本のように「成績だけ」の扱いではなくそれなりに学校への貢献も認められている。それゆえに多少のわがままは許されたのかもしれない。狩野先生も二学期から霧島の面倒を担任としてみているはずなのだが、あまりよい関係ではなさそうだ。信じ難いことではあるが、あの菱本先生と相性がよいというのはどういうことなのだろう。
──よりによって杉本と同じクラス、まあ二人しかいないわけだしクラスとして成り立っているかどうかも怪しいけどさ。
三年に進級して、杉本が卒業してしまえばE組も成り立たなくなるだろう。学校側もE組をこしらえた最大の目的、「善良な生徒たちから害獣の杉本梨南を隔離する」ことが達成されれば、絵に描いたような優等生の霧島真をそのまま置いておくメリットなどない。通常のクラス編成で戻されて、奴の軽蔑している同級生たちとともに過ごすことになるだろう。それのほうがいろいろな意味で無難ではある。
──それに、不純異性交遊ったって、霧島、お前。
聞き出さねばならないことがある。腹積もりしていることがあるからこそ、切り出し方に迷っている。上総はバウンドケーキに手を伸ばしながら霧島の狐面をじっと見つめた。
──ありえないよな、そんな噂、絶対に。
轟さんからもらった情報と、美里たちのおしゃべりとを組み合わせて考えるとやはりクロと認定せざるを得ない。いくら新旧生徒会長同士親しいのが自然としても、手はつながないだろう。新井林も黙ってはいないだろう。霧島がどういう思惑で佐賀はるみに近づいているのかは単純明快、「好きだから」の一言につきる。今だに片想いを続け、自分はここにいるアピールをし続けている霧島を邪険に扱えない佐賀の立場も想像するに難くない。
だが、しかし。
──このままへたな行動を取り続けたら命取りだろう。
仮にも生徒会長たる、それこそ全校生徒の模範になるべき存在の霧島が、すでに交際相手のいる佐賀はるみに延々と張り付いているという噂はそれこそ教師たちにばれようものなら大変だ。いや、教師陣はまだ言いくるめられるとしても潔癖な女子たちからどんな視線を向けられるか、想像するだけで恐ろしい。霧島の外見に熱を上げる女子たちが、イメージ崩れたという理由で手のひら返しするなんてことは決して珍しいことではない。圧倒的支持率で信任投票された霧島が、色恋沙汰で評価を落としてその後の学校行事、いやいや高校・大学に進学してからの闇を考えるとなんとかしてやらねばならないのではとも思う。少なくとも、新井林にばれる前には、なんとか。
「霧島、ひとつ聞きたいんだがいいか」
「僕も、先輩にお伝えすべきことがございます」
「じゃあ先に言えよ」
出鼻をくじかれるが、しかたない。話を聞く。霧島はじゅうたんの上に足を伸ばし、ソファーによっかかりながら、
「実は、新井林先輩のことですが」
「あいつがどうした」
「前々から僕も気になっておりまして調査をさせていただいたのですが、やはり事実でした。清坂先輩に何度もアプローチなさってらっしゃるようです」
「清坂氏と? お前さ、前からそれ言ってたけどそれありえないって」
夏休みから同じこと繰り返しているような気がする。上総よりも高い評価をしていることは事実だろうが、あの「佐賀はるみ命」たる新井林が他の女子にアピールすることなどない。
「立村先輩、ご自身が振られたからといってそうお相手を見くびってはなりません」
「見くびってなんかないけど」
「実は、先日佐賀先輩が新井林先輩にかなり厳しい言葉をぶつけられたとかで深く傷ついておられました。そのこともあって僕は、男子の立場から僭越ながらアドバイスをさせていただいた次第です」
「アドバイスたってお前年下だろ?」
「恋愛に上下関係はありません」
こいつに言われるのがさりげなくむっとくる。上総が黙っていると調子に乗って霧島も続ける。
「男は一度女子に幻滅したら最後、簡単にはその相手の扱いを見直したりはいたしません。むしろ軽蔑しきることの方が圧倒的に多いと思われます。それならさっさとあきらめるが吉、ということをです」
「霧島、お前さ、それ余計なこと言いすぎるよ」
また鼻高々に語る霧島。黙らせたいが無理だとわかっているので続けさせる。
「以前から、佐賀先輩は新井林先輩との関係に悩まれてらっしゃったのは存じておりました。ですが新井林先輩の態度が明らかに清坂先輩へ向いていること以外の確証がなかったのですが、どうも最近口頭で別れ話を持ちかけられたとのことでその理由がやはり、清坂先輩だったとのこと。これはもう、確定でしょう」
ふんぞり返ってジュースのお代わりを要求する霧島に、上総は黙って注いでやった。
──どこまで信じればいいんだろう。




