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52 冬休み瓶詰め(8)

 長居するつもりだったしもう少し注文することにした。

「いいよ、立村くん、そんなお腹空いてないし」

「いや、俺の方が食べたいだけだから」

 ふたりでつまめそうなクッキーの盛り合わせを注文した。客はそれなりに入れ替わるものの、席を追い出される気配はない。山盛りのクッキーが並べられたのを待ってから上総は改めて轟さんに確認した。

「新井林が、気づいてないとは思えないけどな。それだけ大事になってるとさ」

「霧島くんはあれでもかなり気を遣ってるようだけどやはり目立つよ。ただでさえ生徒会長なんだからね。ただ今の段階では霧島くんと新井林くんが揉めているという話は聞いてないなあ」

「様子見か単純に気づいてないか何もないか」

「何もない、というのはないよ」

 轟さんは言い切った。

「私も今回、後輩の女子たちに探りを入れてみたんだけどみな一概に噂だけは聞いてるね。佐賀さんに対しては、杉本さんを通していろいろあったから触らぬ神にたたり無しのような扱いをしてるみたい。友だちにはならないけど、尊敬するみたいな感じ」

「敬して近寄らずか」

「そんなとこ。さらに言うと、彼女には取り巻きが多くて。風見さん、渋谷さん、あと最近だとあの子、ほら、杉本さんと仲良かった桜田さん」

「あの人もか」

 桜田さんの名前が出てくるのは二度目だが、予想外の出番に驚く。

「杉本さんと一緒に塾ごっこやってたのを、桜田さんの寝返りによって手柄が佐賀さんに転がり込んできたようなものだしね。最初は抵抗あったようだけど、小学校時代の親友と仲良くなりたいという気持ちもあったんだろうし、そこに佐賀さんたちがつけこんだとも言えるかもね。割を食ったのは杉本さんだけ」

「確かにな」

 こうやって話を聞いてみると、上総が思った以上に佐賀はるみという女子は食わせもののようだった。新井林がなぜ、あのまま騙されたままなのかが理解できない。同じことは去年の今頃も感じていたのだが、きっとどこかで幼馴染としての友情が残っているからだろうと解釈していた。しかし、轟の話を聞く限り佐賀はるみの言動はやりたい放題しすぎていて、とてもだがつきあい男子として許せるものではないだろう。

 ──佐川との関係はもう切れたんだろうか。

 関崎経由でちらちらと話は聞く。夏休み偶然、関崎と一緒に郷土資料館へ出かけた時、二人組でいたらしいことを上総は自分の目で確認している。確証は取れなかったが少なくともあの時期まではつながりが続いていたはずだ。

 いや、あのふたりのことなど正直どうでもいい。今、大切にしたいのはここで上総のために、人格否定をも恐れぬ形で情報収集してくれた轟さんだ。


「立村くんが噂を聞くくらいだから、中学ではもっと話が広がっている可能性があるよね。立村くん、霧島くんとはしょっちゅう顔を合わせているようだけど」

「明日、うちに来る」

「そうか、じゃあ、本人はばれてないと思いこんでる可能性があるね」

 そうだろうか。上総が黙り込むと轟さんは続けた。

「本当は難波くんが面倒を見てやろうとしてたのに振り切って立村くんに懐いたようなものだし、まさか見捨てられるようなこと言いにはいかないでしょうよ」

「懐くもないも、あいつはよくわからないよな」

「本当にわからない?」

 クッキーを遠慮がちにつまみながら、

「傍目から見たらまるわかりだけどね。立村くんといるときっとほっとするんだろうね。自分の殻を外せるというか、そのまんまでいても怒られないっていうか。霧島くんもそうだけど、杉本さんもきっと同じだよ」

「まさか」

 一笑に伏したい。絶対に杉本がそんなわけない。

「まあ、霧島くんが立村くんにどう説明するかわからないけど、今のとこは様子見が一番いいと思う。どう考えてもこのまま無事に済むとは思えないけどね」

「様子見しかないよな」

 自分が口出ししても霧島が言うこと聞くとはまず思えない。

「もし単なる誤解だったら霧島くんは自分が疑われたことに対して怒りまくるだろうし、本当のことだったとしたらそれがばれたことに対してパニック起こすよね。どちらに転んでもいい方向に進むとは思えないよ」

「仮に霧島が佐賀さんとそういうつきあいをしていたとして、新井林にばれたとしたら、これはもう学校中をひっくり返す大騒ぎになるだろうしな。佐賀さんたちはどうせ高校に進学するから気持ちを切り替えられるかもしれないけど」

「そこまで根性あるかな? いや、あるね」

 轟さんはひとり納得した後、

「なんとか無難にすむ方法があるといいんだけど、さすがにそこまでは思いつかないよ。もう、なるようにしかならないんじゃあないかな。あの姉弟には」

 ため息を大きく吐いた。


 ふたりでしばらく他愛のない話もしながら過ごしているうちに窓から見える景色にぽつりぽつりと灯るものが見えた。まだ多少外に光が射しているから溶け込んではいるけれども、そろそろ夕暮れが近いことをあらわすサインに代わりはない。

「ロープウェーに乗ろう」

「そうだね」

 支払いは上総が受け持つことに、轟さんも反対はしなかった。ゆっくりらせん階段を降り、そのまま外に出た。さすがに頬を射す冷たさにぞくりとするけれども、ロープウェー乗り場まではさほど遠くもない。肩を並べて歩いた。

 

 修学旅行四日目にふたりで連れ立ってスタンプラリーしたこと、その後天羽宅の倉庫で石油ストーブを囲み語らったこと、駅前の「アルベルチーヌ」という紅茶のまずい喫茶店で佐賀はるみたちと議論を交わしたこと。轟さんと過ごした時間はそれほど多くない。その後、元評議連中の兼ね合いでしょっちゅう顔を合わせてはいたけれども、こうやって上総とだけ語らうのは高校進学してから初めてかもしれなかった。

 もう美里とは付き合いを解消しているし、杉本とはお世辞にも「付き合っている」わけではない。客観的に見れば上総の立場はフリーだし、男女交際という観点からすれば悪いことなどしていない。轟さんも同様のはずで、別に誰かに見られてどうというわけではない。さらに言うなら、

 ──もし、杉本に出会ってなければ。

 ふとそんなことを思ったりもする。中学時代から轟さんは上総をずっと見つめていたのだというし、そのことに気がついたのが修学旅行四日目という有様。今もどう思っているのかは確認したことないけれども、上総を見つめる眼差しにふと何かを感じることはある。

 ──外見なんて、どうでもいいんだけどな。

 お世辞にも美人とは言えないだろう。男受けは外見だけであればよくないだろう。だが実際、元男子評議連中からは絶大な信頼を得ていることも事実。あの難波ですら轟さんにはいろいろと恋愛がらみのレクチャーを受けているらしいし、天羽にいたっては人生の岐路を選択する手伝いまでしているという。その他、恩恵を蒙っている生徒は多々いるだろう。それこそ轟さんが上総に対して言ったとおり、

 ──安心するんだろうな。

 その言葉がしっくりくる。上総にとってそれが、どうしようもなく欲しい時も確かにあった。杉本梨南に、もし出会ってなければ。


 ロープウェー料金はバスの二倍かかる。二人分購入し手渡した。チケットには青潟山の夜景が大きくプリントされていた。素直に喜んでいる様子だった。

「生まれて初めて乗るよ、ありがとう」

「景色もいいよ。たった三分間だけど、青潟を海ごと見渡せるんだ」

 二人以外誰もいないゴンドラに乗り込み、腰掛ける。土日祝日、天気のよい日なら満員のゴンドラも今は貸切状態だ。動き出すまで少し間があった。

「昨日いきなり誘って、迷惑じゃなかったかな」

「そんなことないよ、立村くん」

 轟さんが首を大きく横に振った。

「ここだったら他の人にも見られないから、誤解されないでもすむしね」

「轟さん」

 言っておかねばならないことを思い出した。

「内容が内容だったからそういう場所を選んだのは否定しない。けど、轟さんと一緒にいるのを見られたくないとかそういう意味じゃ絶対にないからさ」

「立村くん?」

 戸惑う風に首をひねる轟さん。目が丸く飛び出ている。

「それと、一度だけ言っとくけど」

 ゴンドラが動き出した。あと三分のうちに伝えねば。

「もし、俺が二年の時に杉本と出会ってなかったら」

「どういうこと?」

 声が震えている。

「俺は轟さんに、自分から付き合いかけてたと思う」

「ちょっと誤解招くよ立村くん。だってあの頃立村くんには美里がいたじゃない」

「うん、でもたぶん、そうしてた。今の俺だったら絶対そうする」

 言葉が見つからないが迷いつつも伝えることにした。

「俺には杉本がいるからそうできなかったけど、轟さんと一緒にいてほっとしたい奴は絶対いる。少なくとも俺がそうだったから」

 青潟市街の瞬きがゴンドラの外から流れこむ。上総はじっと轟さんだけを見つめていた。

 両拳を握り締めたまま、轟さんは身体をこわばらせて頷いた。

「ありがとう、立村くん」

 

  

 


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