51冬休み瓶詰め(7)
落ち着かないのか轟さんは一口ケーキを口に押し込んではすぐ話し出す。
「このケーキ、おいしいね。ずっと前に変な喫茶店で食べたものよりずっといい」
「確かにな」
たいしてこの店のケーキも飛び切りおいしいわけではないとわかっていてもそう答える。
「それと、立村くんが知りたがってたこと、まだあるよ。杉本さんのことだけど」
「無理しなくてもいいから」
「言い忘れたら大変だからね。やはり桜田さんって子、早い段階で佐賀さんに取り込まれてたらしいよ」
霧島から教えてもらったことと重なってくる。となると、やはり桜田さんが裏切ったというのは本当のことらしい。
「やはりそうか。あれだけ仲良かったのにな」
「女子の友情はいろいろ面倒だからね。それに学校側としても佐賀さんが模範生徒扱いされるのは大歓迎。こういったらなんだけど彼女、あまり成績よくないらしいよ。ゆいちゃんほどじゃないけどね。生徒会長を勤めるにしては物足りないってとこ」
それは知らなかった。もっとも生徒会長立候補の条件に成績は含まれていないので問題はないだろう。
「ここでしっかり点数稼いでおいてもらい、佐賀さんが評価されるのは当然ムードに持っていきたかったんでしょ。ついでに言うと桜田さんも本当だったら早い段階で退学させるのが筋なんだけど、杉本さんの方がはるかに迷惑度高かったからそれで救われたってところもあってね」
「杉本の方が? 俺からするとどう見ても」
言いかけた上総を遮った。
「すべては杉本さんが悪い、非常識なあの家の親の教育が悪い、そう決め付けておけば話がいつのまにか丸く収まる、そう思っていたみたいよ。早い段階でほら、花森さんって子を外に出したでしょ。芸者さんになりたいってことでね。杉本さんにはそういう正当な理由がないから無理やり作り出すしかなかったというわけ」
「花森さんとは親の付き合いでしょっちゅう顔をあわせているけれど、あの人は自分の夢をかなえるために自分から退学したんだと思うけどな」
「普通なら止めるよ。学校で大切にしたい生徒なら。どうぞどうぞって送り出したんでしょ。それが答えよ。それが証拠に本条先輩の時は全力で学校が引き止めてたじゃない」
「まあ確かに」
「学校側としては追い出す代わりにそれなりの対処はします、勉強したいなら特別クラス作って特別授業受けてもらいます、少人数でしっかり他の人たちよりも先の勉強してもらいます、ってことでお父さんの希望をすべて飲んだらしいのよ。だから例のE組が復活したの。特別授業を行うというのが建前だけど、他の生徒たちから隔離するための場にしたかっただけ。高校向け通信教育の教材も用意して自分で勉強してもらって、誰も先生がいないのはまずいから手の空いている菱本先生をあてがってといたせりつくせり」
「よりによってなぜあいつなんだろう」
最大の疑問に思わず頭をひねる。
「担任持ってなかったからじゃないのかな。ところがその情報を聞きつけた生徒会長の霧島くんがぜひ参加したいと言い出したらしいんだ。立村くんは霧島くんから聞いてるかもしれないけど」
「ああ、聞いた。あいつも相当いい根性してるよな」
霧島がなぜ、いきなり「E組」参加を申し入れたのか上総はわかるようでわからない。杉本と同様成績も優秀で、青大附中の授業が退屈でならないとは口癖のように話していた。さらにまずいのは生徒会長でありながらクラスの連中とは一線を引いているところだ。友だちは少なくとも「学校内」にはいないと豪語しているし、生徒会役員のメンバーも「仕事仲間」ではあるけれども「友だち」にはなりえないと断言している。じゃあ上総はいったいどういう位置づけなのかがいまだに謎ではある。
「霧島くんくらい突き抜けてしまうとね、もうみんなやりたい放題やらせるしかなくなるよ。ただ杉本さんほど問題は起こしていないしその点賢いし。狩野先生が反対したらしいけど結局E組流れ。まあよかったと思うよ。杉本さんだけだといかにも害獣の隔離にしか見えないけれど、霧島くんが加わることで成績優秀者のための特別授業クラスという名目が立ったから。来年はどうなるかわからないけどね」
空がだんたん青く澄んできた。雲がすっと空を通り抜けていくのが見えた。
「これだとロープウェーで降りることできるかもね」
「ロープウェーだと三分くらいで降りることできるよ。バスより圧倒的に早い」
「私乗ったことないよ。青潟山遠足って全部、足で登るしね」
「それなら帰り、乗ってみようか」
さりげなく誘ってみた。上総も何度か青潟山に登る時親に連れられて乗ったことがある。
轟さんはしばらく口をつぐんだのち、
「帰り、風が吹かなければね」
外を眺めながら答えた。
「轟さん、もう一点、もし知っていれば教えてもらいたいんだけど」
「どうぞどうぞ」
「霧島のことだけど、あ、霧島さんのことじゃなくて弟のほうだけど」
ちょうど霧島の話題が出てきたこともあり自然に切り出せた。
「最近、妙な噂を耳にするんだけどさ。何か新しい情報あるかな」
「やはり立村くんも知ってるんだ」
意味ありげにつぶやく。轟さんのアンテナにひっかかっているということは、かなりの確率で真実だろう。
「あくまでも噂どまりだけど、あいつがあの元生徒会長と一緒に歩いているとか」
「手をつないでいるとか、デートしてるとか、迫ってるとか」
「それはないと思うけどな」
口ではそう言ってみるものの、これまで轟さんが集めてきたさまざまな情報の精度からすると可能性は極めて高い、そう思わざるを得ない。だからどうした、というわけではないのだが、聞かずにはいられない。
「立村くん、心配している?」
いきなり轟さんが問いかける。
「何を、霧島をか」
「そうだよ。霧島くん、表面上は確かにうまく立ち回っているし疑う人もあまり居ないけど、それなりに計画は立ててるような気がするんだよね。私の直感だけど」
「でもさ、新旧生徒会長同士だったら話し合いするのも不思議はないかなと思うけど。俺も評議委員やってた頃は本条先輩と」
「佐賀さんには彼氏いるよね」
「まあ、新井林が」
ひそかに別れていなければ。轟さんはテーブルにスプーンを突っ立てた。
「新井林くんがこの噂聞いて、何も行動起こさないと思う?」
じっと上総を見つめそう問いかけた。




