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49 冬休み瓶詰め(5)

 冬期講習は難なく過ぎた。羽飛や美里たちとは全く顔を合わせない別教室で行われたがそれは正しいことと思えた。なにせ、中学一年レベルの数学問題をひとり黙々と解き続け、分からないところを担当の先生に教えてもらうというきわめて単調な作業だったからだ。とってもだが友だちにこんな情けないことしてるなんて口に出したくない。自習に毛の生えたものと言ってもよいだろう。

 ──こんなのにうちの親金払ってていいんだろうか。

 生徒たちに「冬期講習代」を請求するのは何か間違っているような気もする。もちろんクレーム付けるつもりはないので黙っているけれども釈然としないものが残っていた。

 野々村先生とは顔をあわせなかった。それはそれでありがたかった。


 明日は霧島を家に呼んでお守りもといもてなす必要がある。父も仕事なので夕方までであればのびのび過ごせるだろう。何度も奴は品山くんだりまで遠いとか寒いとか文句いいつつも手土産片手にしてやってくる。餅だけはやめてくれと伝えておいた。

 ──間に合うな。

 今日はバスで登校したので自転車はなし。予定も最初から入っていた。そのまままっすぐ校門を出て、十字路まで出た。いつものバスロータリーから乗るのではなく、反対側の青潟山方面行きバスを待った。タイミングよく到着したバスに乗り込み、乗客が終点までひとり、またひとりと降りていくのを見送った。この寒い時期、山登りなどする物好きはそうそう居ない。上総ももちろんそのひとりで、まっすぐ終点青潟山ステーションまで乗っていくことにする。


 ──さすがにここまで来る奴はそうそういないよな。

 一時間、車の揺れに耐えつつもなんとかたどり着いた。青潟山……よく遠足で登る山のひとつで、中学生男子だとだいたい三十分から四十五分、女子だと一時間を目安に頂上までたどり着くことができる。あまりにも身近すぎて「登山」という感覚がない。夏場だとロープウェーやリフトも利用可能なのだが、風が強い時もあるのであえて今日は確実なバスで向かうことにした。

 最後のひとりが降りた後、そのままくるくる頂上へ向かう道路を回っていく。今日は天候も落ち着いていて陽も照ってきているが、さすがに窓辺は白く煙っている。すっかりかすれた落ち葉や雪で覆われた木々、すべてが冬の色合いだった。雪は白いものもあれば黒いものも、灰色のものさまざまきたなく彩られている。

 ──もう着いてるよな。

 一緒のバスに乗り込むかもしれないとは思っていたのだがそれもなかった。別に一緒で困ることはないが、ただ相手がきっと面倒な思いをするだろう。そう考えればひとりずつ別に向かう方が適切だとも思える。

「次は、終点、青潟山ステーション、青潟山ステーション」

 上総は窓辺を覗き込んだ。ちょうどカーブを曲がったその先に、灰色の海が広がっているのが眺められた。天気もいつのまにか暗く白く覆われている。決してデートコースに使うべき場所ではない。

 想像以上に高額なバス料金を支払い、青潟山ステーションという名のバス停留所に降りると、それでもたくさんの観光バスが駐車しているのが見受けられた。全く誰もいないわけではないようだ。願わくばだれか親戚が青潟山から眺める景色を楽しみにして、家族でやってきたなんていう同級生と顔を合わせないことを祈る。

 待ち合わせ場所は「青潟山・山頂展望台」の一階ロビー。昼二時。

 重たい扉を風に負けぬよう全力で開き、中に入った。すでに待ち人はいた。


「立村くん、早かったね」

「轟さんこそ、一本前のバスで来たの」

 立ち上がった轟さんが黒い帽子と黒いジャンバーでしっかり防備したまま近づいてきた。一応は制服で来たようだ。

「やはり山の上だと寒いよな」

「しょうがないよ。でもここだと人、全然いないね。私、遠足以外で青潟山に登ったことないからわからなかったけど、確かにここだと安心してしゃべれるよね」

「知り合いとか誰もいなかっただろ」

「いないよ。少なくとも私の知ってる人はね」

 たぶん上総の知り合いもいないだろう。そう信じたい。幸い轟さんのかっこうは制服だ。それだったら、

「せっかくだし、何か上で食べよう」

 誘ってみた。

「よく親に連れてこられて、二階のレストランで景色みながらケーキとか食べてたんだけどさ。そんな肩凝らないとこだし、お互いに制服だから怪しまれないよ」

「え? でも、私そんなとこには」

 慣れてない、わかっている。だから言ったのだ。

「今日は俺がどうしても話したいってことで来てもらったんだから、俺が払う。払わせてほしいんだ」

 じっと轟さんを見据えた。文句を言わせたくなかった。

「でも高いよ。高校生同士がさ、たとえば缶珈琲とかコロッケとかだったら喜んで受け取るけど、でも、こんな山頂レストランって」

「轟さんにはそれだけの価値あるんだ。早く行こう」

 ──情報に、じゃない。轟さん自身に、なんだ。

  

 螺旋階段を昇ってすぐ突き当たりのところに、「山頂レストラン・青潟山」といういかにもやっつけ名前の店が用意されていた。轟さんの性格を上総も知らないわけではなく、妙にこじゃれた店ではないことを知っての選択だった。絶景を楽しむことが売りとはいえ、価格はそう高くない。また、客が少ないわりに店自体が広いので、一番隅の席を陣取っておけば長話もしやすいとくる。今日の目的にはしっくりくる。

 店内に入ると、男性客のみが三グループほど陣取っていた。観光客風ではないのが意外だった。煙草のにおいもする。上総たち高校生の姿が目立つのだろう、まじまじと見入っている。

「奥に行こうか」

「いいの、本当になんか悪いよ」

 無視して轟さんを一番奥の席に案内する。青大附高は喫茶店禁止令なんてないし、ちゃんと生徒手帳もいつでも取り出せるよう胸ポケットに入っている。やましいところなどなにもない。

「とりあえず何か頼もう。ピザがいいかな。あと飲み物、珈琲でいいかな」

 轟さんが以前飲んでいたものを思い出しつつ上総は適当に決めていった。完全に自分がリードすべき場面だと自覚はしていた。戸惑いを隠せない轟さんも、上総の強引な態度にしばらくおとなしくすることに決めたようだった。

「今日は、なんか立村くんらしくないね」

「そうかもしれないな」

 窓の外に広がる青潟市街の光景は、にごった海に囲まれていてもやはり鮮やかだった。


 ──この人の想いには何も返せない、だからせめて、なんだ。

 自分に言い聞かせる。

 ──今から俺のしようとしていることは、断じて、轟さんの持ってきてくれた情報を利用しようとしているわけじゃない。断じて。 




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