48 冬休み瓶詰め(4)
駅前はどこに行くにしても人通りが多い。
「だから今日は洋服にしたの」
いつのまにか隣り合っている美里の話をあいづち打ちながら聞いた。先頭は羽飛と古川でこちらも下ネタ全開の内容がはっきり聞こえてくる。ここは他人のふりして通したい。
「お正月はいつも着物で挨拶周りするの。そのあとで貴史たち一家と一緒に初詣なんだけどずーっと着物のまんまだからすっごく苦しいのよ」
「なんかそれはわかるような気がする」
「今日もまだ三が日なんだから着物で行きなさいとか言われたけど冗談じゃあないよね? ほんっと大正解! 着物だったらこんな歩いていけないもん」
──清坂氏の家は正月に和服で過ごすのか。
意外だった。あまりそういった格式ばったものとは縁のない家庭だと思っていた。
「単に見せびらかしたいだけよ。もううんざり。あっそうだ、立村くんは親戚のお家って聞いたけど何してたの?」
「餅つき機でもちついたり、ピアノ弾いたり」
「ふうん、そっかあ」
単純でかつのんびりした会話のみ。議論なんてどこにもない。今、上総の隣りにいるのは青大附高の一年にして生徒会長を勤めていて、日々人望も厚くなりつつあるという女子なのだがそんな偉そうな雰囲気もない。中学時代からそのあたりは全く変わっていない。
「でね、立村くんは講習出るんでしょ?」
「出るけど、どうせ補習クラスだから。たぶん清坂氏たちとは顔合わせないかもな」
「そっか。でも学校始まったらいつも通りだよね」
──いつも通り、なんだよな。
学校で過ごしている間は「いつも通り」で日々流れる。余計なことなど考えなくてもいい。この四人でばかやってしゃべっている時も同じだ。ただ、部屋でひとりでぼんやり考えている時や、湯船で天井を見上げて寝そべっている時によぎるものは確かにある。
「立村くん、どうしたの」
「いや、三学期って数えてみたら日数少ないなと思って」
青大附高の冬休みは長い。学校が始まるのは一月後半。自由研究のようなものはない分、友だちと顔を合わせる回数は意識しないと減ってしまう。たとえば今日のように。
美里は首をかしげて指で数えつつ、
「そうね。言われてみるとそうかも。一ヶ月半も実際ないもんね」
屈託なく笑った。
全く道に迷わずたどり着いた先は実にこじんまりとした稲荷神社だった。真っ赤な鳥居と待ち構えているお稲荷様のお遣いたる狐たち。それなりに参拝客もいることはいるのだが、いかにも普段着といった感じの人がほとんどで華やぎは比較的薄い。
「ここはね、商売する人たちのための神社だからね」
こずえがしたり顔で説明する。
「でも、まあ、神社であることは間違いないし」
「じゃあさっさと拝んじゃおう」
四人で並んで頭を下げ、拍手を何回打つかで少し揉めた後ふつうに拝む。
願い事もなにもなく、ただ空の気持ちで頭を下げる。お賽銭も十円放り込む。
「さーてと、これでお参り完了。さあさどうする?」
お稲荷様に対する畏敬の念もかけらもないまま、神社を出てしばらく商店街を散歩した。むしろ立ち並ぶ店のほうが本気出しているようで、どこの店頭を覗いても福袋がワゴン一杯に詰め込まれている。ふらふら近づこうとする美里をこずえが押さえた。
「美里、やめときなよ。福袋ってのは在庫処分なんだから!」
「そうとは限らないじゃない!」
「欲しいものはちゃんと普通に買ったほうが得だよ!」
羽飛がこずえの意見に同意したのもあってまた冗談っぽく言い合ったりするものの、
「あ、じゃあ一番いいのはあそこの可愛い喫茶店でなんか食べることじゃあない?」
結局は食べ物でけりがついた。上総も羽飛も異論はない。多少なりともお年玉で懐は潤っている。ファーストフード店は待ち人の列が出来ているけれども金額的に高めの喫茶店であれば意外と空いている。すぐにこずえが店で四人分の席を押さえて、
「こっちこっち、早く座っちゃって!」
まずは羽飛から先に座らせた。もちろん自分がその隣り。上総と美里はそれぞれ隣り合うことになる。メニューを受け取って即選んだのがみな、スパゲティーやカレーライスというところに、お正月食疲れのようなものが浮かび上がるのを感じる。
「もう、おせちもおもちも飽きたよね」
「確かに」
「しばらく餅は見たくねえなあ」
生徒会の話も、学校の話も、全く出なかった。飛び出すのはそれぞれの家庭での冬休みの過ごし方のみ。それだけで十分盛り上がることができた。学校が始まるとさすがにそういうわけにはいかないだろう。生徒会長および副会長を目の前にして、今後の学校談義を聴かせてもらうのも悪くはないが、今はできれば遠慮したかった。
「でさあ、私はね、うちの父さんたちと一緒に年末スキーなんかしちゃってさあ。初日の出スキーって奴?」
「すごいなそれ」
「山のコテージに泊まってね、父さんたちと初日の出を拝んでから即、リフトで上がって一気に滑っちゃったのよねえ。最高なんだから!」
──古川さんがお父さんの話するのって珍しいなあ。
はしゃぐこずえを横目に、上総はひたすらカルボナーラをフォークで巻き取り口に運んだ。冷凍食品っぽくてまだパスタに芯が残っているような気がするが気にしない。
──古川さんのうちはいつもお母さんと弟しかいなかったように聞いてたけど。単身赴任か何かしてるのかな。
聞くのもためらわれ、上総は静かに三人の冬休み思い出話に耳を傾けていた。自分が話す内容もさほどなく、いつのまにか学校のネタにつながってしまうだろう」
「ねえねえ、デザート頼まない? 貴史、あんたもどうする?」
「お前ら太るぞ」
「いいじゃない! どうせ三学期始まったら心労でやせるんだもん」
「もっともだ、じゃあピザかケーキかどっちかにするか。立村、どうする」
「俺は珈琲のお代わりだけでいいけど、食べるなら付き合うよ」
またメニューを手に取り四人で頭をつき合わせていた。ウェートレスが近づいてきたようなので注文しようと振り返った。
「すいません、シーフードピザのSサイズと」
言いかけたところで言葉が止まった。
──やはりかよ……!
「新年、明けましておめでとうございます、先輩方、それと、立村先輩」
稲荷神社におまいりすると決まってから、商店街の近くと聞いてから、祠におわすしっぽの立派なお狐さまの横顔を拝んでから、たぶんこうなるんじゃないかと思っていた。
「霧島、くん?」
美里が呼びかけるのには丁寧に微笑んで答えた後、霧島は上総につんと澄ました風に、
「先ほど、僕の部屋から先輩がいらっしゃるのを確認したものですから、失礼があってはと思いすぐ参りました」
「いや、無理に来なくても学校で、どうせ会うし」
言いかけた上総を即座に留めた。
「どうせ立村先輩のことですから補習でしょう。なら、時間ももったいないことですしできることは今のうちにと考えた次第です」
「ありがとう、それは助かる。けどさ、今は俺も友だちと」
三人がうんうん頷いてくれている。上総を霧島のもとに送り出す気はないようで安心した。
「わかっております。僕も今日は親戚筋の挨拶などいろいろ用がございます。つきましては立村先輩、今のうちにお約束を」
「お約束?」
羽飛があきれたように霧島と上総を交互に見た。
「アポイントメントとも申しますが先輩、つきましては講習が終わってからお時間いただけますでしょうか。先輩は今回どこにも旅行なさらないと伺いましたので、問題ないかと思われますが」
──こいつ、なんでこういう時に……!
結局押しに負けた格好で、冬期講習が終わった次の日に品山の我が家へ霧島を招かざるを得なくなってしまった。さすがにその間、友だち三人は誰も止めてくれなかった。




