37 歳末の闇(3)
霧島はまだしゃべりたいネタがありそうだったがこちらもそうそうかまっていられない。
「そうですか、では年始にでもまた」
「どうせ四日から講習だからその時にでも詳しいこと話そうか」
「また年内に改めて」
どちらにしても急ぐことではない。校門前で分かれてその後まっすぐこずえ宅へと向かう。雪は少しずつ積もってきていてはいるけれども、まだスニーカーで歩けないほどではない。とはいえ夕方降り積もることも考えて今日は自転車を置いてきた。
──杉本になんとか声かけたいんだけど無理かな。まだ機嫌悪いままか。
本当だったら直接捕まえて話したいところだ。学校構内であればうるさい親の監視もなく堂々と接することができる。しかし最近の状況を考えると杉本をかえって針のむしろに置く可能性が高い。
──桜田さんが佐賀さんサイドに寝返った以上もう誰も味方がいないということか。
どういう事情があるにせよ今の杉本はたったひとりで戦わざるを得ない。いや戦う場所すら奪われていると言ってよい。中学全校生徒の前で自分の価値のなさを言い放たれてしまった以上、杉本はあと三ヶ月弱を周囲の軽蔑と哀れみの目で見られる羽目となる。本来の担任である桧山先生が菱本先生の抗議を跳ね除けたというのだから相当なものだろう。
──こんなひどい仕打ちしといてどうするつもりなんだろう?
ゆっくり街を歩く。もう仲間たちは集まって盛り上がっていることだろう。こんな重たい気持ちを抱えてふざけあえる気持ちではない。しかし約束した以上は行かねばならないし、なによりも生徒会に入ってからのふたりの本音も聞かせてほしかった。
上総は大きく深呼吸して頭を切り替えた。
──忘れよう。きっと杉本だって、俺から連絡欲しいなんて思ってるわけないし。
「立村くん遅かったね。待ってたよ」
迎え入れられたこずえの家には、すでに美里と羽飛がケーキを前にしてジュースのストローを加えていた。
「ごめん、用事があったんだ。もしかしてさ、みな待ってたのか?」
まだナイフが入っていないチョコレート色のケーキが目の前にある。見たところどう考えてもクリスマスケーキにしか見えないのだが、とっくに時期は過ぎている。こずえが答えた。
「そうだよあんた、もう私たちお腹ぺこぺこだったんだからさ。早く手を洗って座りな! さてとお待たせ羽飛、じゃああんたと私とでウェディングケーキ入刀プリーズ」
ケーキ用ナイフを無理やり羽飛に持たせようとするもあっさり拒否されているこずえ。
「悪いが俺の愛は鈴蘭優ちゃんに」
「はいはいわかったじゃあ美里、あんたと私とで切ろうよ。立村、あんたは手、出さないでいいからさ」
「ひどい言い草だな」
到着するまでは気持ちが整理つかないままだったけれども実際、三人と語らっていると余計な重たさをさらりと落とせるような気がしてきた。どうせ今悩んだってしょうがないことだし、今はとりあえず生徒会二人組の諸事情についてもう少し語ろうと思う。
「少し硬くなってるけどいいよね。実はさうちの母さんのつてであまったクリスマスケーキを分けてもらったんだ。大丈夫。一日二日くらいだったら持つよ」
あぶなっかしいことを言うこずえだが、実際上総がケーキを口にしてみたところ、スポンジもチョコレートもクリームも十分いけた。
「ところでさ立村、私がカウンターから出た時さ、入れ違いでゆいちゃんの弟と図書館にいたでしょ。さすがになんかあるのかなと思ってあえて知らん振りしてたけど」
ケーキを半分ほど平らげたところで、こずえがいきなり言い出した。
「そっか、立村くん霧島くんと用事があったんだね」
「ずいぶん中学生徒会長に懐かれちまってるなあ、立村もいい兄さんだ」
別にいやな顔もせず受け入れてくれているふたりにほっとしつつ、上総も答えた。
「ごめん。あいつもなかなか中学では話せないことが多いみたいだから、話を聞くくらいのことはしてるんだ。まあたいしたことじゃないと思うけど」
「じゃあ、ひとつ、聞いていい?」
美里は口元をティッシュでぬぐいながら、羽飛にも、
「例の噂の真相知ってるかもね」
話しかけた。その後すぐに上総へ、
「実はね、ここ最近、霧島くんが元生徒会長と手をつないで歩いているって噂が上がってきてるんだけど、そういうこと聞いてなあい?」
いきなり取材してきた。思わずフォークが舌にささりそうになり急いで皿に置いた。あぶなかった。
──霧島が手をつないで歩いてた?
念のため確認しておく。
「元生徒会長は複数いるよ藤沖とか」
「ばか! 常識で考えてよ!」
噴き出しつつも美里はすぐに右人差し指を頬に当てるようにして、
「佐賀さんに決まってるじゃあない! なんかね、本当に噂どまりなんだけど」
「いいだろ、阿木が見たって言ってるんだ」
羽飛が茶々を入れ、こずえも次いで、
「へえ、阿木ちゃんが目撃したんだ。どの辺? もしこの辺だったら新井林が黙っちゃあいないよねえ。人目につかない場所なら怪しいけど」
いかにも好きそうな話題に食いついてきた。美里は首をかしげながら羽飛ともアイコンタクトしつつ、
「駅前の本屋さんって言ってた。偶然なんだけど関崎くんの友だちの本屋さんらしいんだ。そこで霧島くんと佐賀さんが仲良く手をつないで出て行くところを見てたらしいの。阿木さんが」
「関崎も見てたのか?」
言葉が上ずりそうになる。身体が激しく震えそうになるが必死にこらえる。
──関崎の友だちの駅前の本屋といえば。
美里は首を振り、また羽飛と頷きあった。
「ううん、それはないよ。見たのは阿木さんだけ。だから見間違いじゃないかなあって思ってたんだけど。新旧生徒会長同士なら話をしても全然おかしくないし、手をつないだっていうのもたまたま角度の問題だったんじゃないかなあ。立村くん、霧島くんのこと可愛がってるからもし変な噂が上がってきたら心配なんじゃないかなって思って聞いてみたんだけど」
「まあそうだわな。俺だちだってまだ三年と二年の先輩がたに手取り足取り教えてもらってる真っ最中だしな。霧島だってやっぱりそういうのあるだろ。まあ阿木もそういうしょうもねえガセネタは結構集めるの得意らしいけどな」
げらげら笑う羽飛をよそに、上総かかろうじて答えるのみだった。
「たぶん、噂だけだと思うよ」
「そうだよねえ、もしそんなことになってたらどうすんの。全身全霊愛をあの佐賀さんに捧げて生きてきた新井林の運命やいかにって感じじゃん! そうそう美里、あんたもどうなのよ、あんただって新井林との噂あったじゃん! 今のうちにそっちの真相はいかに?」
「ばあか、それ貴史にも聞かれたことあるけど私そんなに暇じゃないってば!」
いかにもうんざりといった風に美里は手を振った。上総にも目を向けて、
「立村くん、絶対それありえないと思うでしょ?」
真剣に問われた。これは難しい。美里に嘘を言ってしまうとあとでフォローが面倒だしはっきり伝えておいたほうがいいだろう。
「俺はないと思っているけど、夏休みに霧島からも聞かれたよ。新井林は清坂氏に気があるんじゃないかって」
美里が両手を口に当てた。身体中を振り絞るようにくねらせて、
「もう立村くん! 何言ってんのもう知らない! 絶対みんな誤解してるよね。なんかわかったような気がするよ貴史。たぶん霧島くんの噂もそんなありもしないネタで盛り上がろうとしてるだけなんだと思う。もうあきれて言葉も出ないってこのことよね!」
隣りで羽飛とこずえが笑いこけている中、上総は残りのケーキをかみ締めた。
脳みそのどこかでパズルピースがはまる音がする。
──佐川書店か。




