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36 歳末の闇(2)

 冬期講習中日がちょうどいいだろうということで、古川邸でのクリスマスお茶会を予定していた。面子はいつもの四人組。羽飛と美里も生徒会の集まりを早めに切り上げて集合し、上総は単独で直接向かった。いつもなら時間を合わせるのだがこちらも用事がないわけじゃない。少し遅れるとは伝えておいた。


「立村先輩、お待ちしておりました」

「昨日は悪かったな」

 あまり時間は取れない。霧島がわざわざ高校まで顔を出してくれたのを幸い、職員玄関経由で図書館に連れて行った。中学生であっても正式手順を踏めば利用許可は出る。たぶん古川も今日は早くカウンターから上がっているだろうし万が一知り合いに見られても高校生同士ならごまかしが利く。霧島本人は「おちうど」へ行きたがっていたが予定があるため時間を取れない事情もある。休み中人も少なめ、最奥の空いているテーブルを押さえて隣り合い座った。

「今日は中学も講習だったのか」

「はい。いろいろ面倒なことです」

 うんざりした表情で霧島がつぶやく。

「ほとんどの授業はE組でカスタマイズされた形にて受けてますので興味深いものもあるのですが、他の生徒たちと受ける内容はつまらないものです。冬期講習とはいえわかりきったものばかりでうんざりするものがあります。僕の立場上出席するのは義務ですが」

「そうか、それで」

 上総が確認するより前に霧島が先手を取った。

「杉本先輩はいらっしゃいませんでした」

「そうか」

 学年が違うというのもあるから全く来ていないとは断言できないにしても、その可能性は高いと見える。もう青大附中には用なしでかつ、終業式の波乱を巻き起こした張本人。学校側としても引っ込んでいてもらいたい気持ちはわからなくもない。

「電話ではうまく確認取れなかったことを聞いていいか」

「ぜひに」

 含み笑いをもたせて霧島が答える。上総も感情を見せぬよう声を潜めて尋ねる。

「桜田さんとのことなんだが、それは佐賀さんから直接聞いたのか」

「その通りでございます」

「でも、なぜ」

「ごもっともです。これから説明いたします。メモのご準備はよろしいですか」

「頭に書きこむ。そんな足の着くようなことするわけないだろ」

 なんだろうこの相変わらずおごり高ぶったその態度。相変わらずだ。手に負えない。

 霧島は左右を様子見しながら、上総に身を寄せた。


「佐賀先輩がおっしゃるには、それが一番よいことだと判断したからだそうです」

 口元に笑みをたたえる霧島。

「九月から佐賀先輩が他校の方たちと接触していたことは模範生徒表彰で挙げられていた通りです。そのことに間違いはございません。ですがその際、他校の生徒さんは協力するに当たって条件を出されたそうです」

「条件?」

「そうです。その方は小学校時代桜田先輩と親しく付き合っていたそうですが、学校が離れてから友人関係も変わりいろいろなトラブルも生じて疎遠となっておられたとか。そのことを彼女は深く悲しんでおられたそうですよ」

「桜田さんとよりを戻したいということか」

「その通りです。珍しく立村先輩の飲みこみは早いですね」

 嫌味を言われても我慢するしかない。どうせそうだ。悪かったな。

「佐賀先輩との信頼関係が築かれると同時に先生たちの協力も得て、無事にミッションは達成されました。どういう展開だったのかまでは聞きそびれましたが、感動の一幕を佐賀先輩は目の当たりにされたようです」

「それは素晴らしいな」

 吐き捨てるようにつぶやいてしまう。

「当然、光と影は一対のものであります」

 霧島は陶酔状態で語る。

「本来であれば他校の彼女は桜田さんと一緒に秘密の塾ごっこなりなんなりを企画したかったはずです。巡り巡って佐賀先輩との縁もつながりました。それならばこの三人だけでゆっくり進めていこうではないか、という結論に達したのがどうやら十一月末あたり。ちょうど期末試験もありまして杉本先輩との接触も少なめ、うまく隠しておくことができました」

「だが、杉本に限って桜田さんの変化に気がつかないわけがないだろう」

 あの繊細で敏感な杉本が、親友である桜田さんの態度に疑問を持たないとは考えられない。上総が首をひねると霧島はまたいやみな微笑みを浮かべてささやいた。

「立村先輩は杉本先輩を買いかぶられてらっしゃいますね。惚れた弱みというのでしょうか」

「何が言いたい」

「僕がこの二ヶ月ほど杉本先輩と教室を同じくして感じたことですが、正直なところ彼女は非常に鈍感です。当てこすりや皮肉、および悪口などもよほどのことがなければ耳をすり抜けていくように見受けられました」

「鈍感? まさか」

 笑い出しそうになる。あれだけ傷つきやすい女子などそうそういないのにとも。所詮二ヶ月しか知らない奴に言われたくはない。

「僕も桜田先輩が杉本先輩の側で話されているのを何度かお見受けしましたがどう考えても隠しごとをしているような後ろめたさを感じました。僕が事情をすでに存じ上げているというのもありますが、誰でもあれは違和感を感じて不思議はないと思われます。しかし杉本先輩は終業式まで全く気づかずにいらしたのです。この件は佐賀先輩とも確認しましたが、見事にだまされていたというのにご本人も驚いてらっしゃいました」

「つまり、杉本は桜田さんが佐賀さんと同じ穴の狢と化していたことに気づかずにいるほど鈍感だったということか」

「そういうことになります」

 上総の顔を面白そうに眺めている霧島を、思い切り張り倒したくなるがさすがにここは図書館、行動には気をつける。そもそもこいつに手を挙げたことなんてないしあるわけがない。


 ──だが、霧島の言い分にも一理ある。

 しばらく黙ったまま頭の中を整理した。

 ──杉本が今まで全く桜田さんの裏切りに気づかなかったのか疑問だったけど、あいつがもともとどうしようもない鈍感だったと考えれば話は通じるよな。

 E組隔離状態というのもさらに輪をかけていたのだろう。多人数集まるクラスに居れば噂話でぴんとくる可能性もある。しかし尻尾を出さない白狐霧島と何も考えていないであろう菱本先生の三人だけであれば情報共有することはできないだろう。さらに桜田さんもあの佐賀さんと付き合う以上それなりの気遣いをしないわけはないだろう。桜田さんの心中どういうものだったかは別としても、だ。

 

「霧島、もうひとつ聞きたいんだが」

 頭を切り替えて上総は尋ねた。ものすごくむかつくが確認したいことがある。

「どこかの青春熱血教師だかが杉本のために抗議に行ったいう話、あれなんなんだ」

「菱本先生はまともな教師です。立村先輩が偏った見方をされているだけです」

 あっさり切り捨てつつも霧島は説明した。

「これも噂ですが菱本先生は模範生徒表彰の際に杉本先輩もなんらかの形で対象とすべきと訴えたそうです。しかし他の先生たちより杉本先輩の過去の現状や最近ですと修学旅行の例の濡れ衣、および小学校時代明確ないじめ問題を起こしていることを重く見たとのこと。特に小学校時代佐賀先輩に対して行った事については一生の傷になる可能性も大である以上、その責めを杉本先輩は生きている限り意識する必要があるという判断のもと見送られたそうです。杉本先輩がその対象かどうかは別としても、僕には理解できなくもありません」

「それはどうして」

「僕も、一生許せないからです」

 小声で、消え入りそうなほどのつぶやき。上総は聞き取った。

「どんなにいじめた相手がその後素晴らしいことを行ったとしても、それでやられた自分の傷が消えるわけではありません。僕が生きている何かの拍子にその傷はうずくでしょう。立村先輩はお分かりになりませんか」

「……否定はしない」

「桧山先生の熱弁は相当なものだったようです」


 三年前、上総も桧山先生から聞かせてもらったことがある。

 否定はできなかった。


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