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33 最後の対峙(2)

 卒業式ならともかくも、終業式はとりたてて何かが起こるわけでもない。校長先生のお話、霧島生徒会長の挨拶、校歌斉唱が場合によってはありだがおそらく今回はなし。生徒指導の先生が冬休みに当たっての生活注意を与えて終わり。大抵hそんなものだった。

 一学期は生徒会長がはるみだったこともあり聞きたくもない言葉を延々と語られ閉口したことを考えるとまだ楽といえば楽かもしれない。

 最後尾で梨南は静かに時を過ごしていた。評議委員だった一年の頃などもうはるかかなた。あの頃の誰もが一目置いてくれていた自分などもうどこにも居ない。

「あの人、確かさあ、修学旅行でおねしょしたんだよね」

 ──またデマに振り回されている人々か。

 二学期以降言われ続けたありもしない噂にはもう慣れた。自分で引き受けたこと、自分で責任を取れない女子のため、命を救うためしかたなしのこと。だから後悔はない。軽蔑するのみ。自分で真実を判断できない人に改めていいわけする必要もなし。

 かすかに聞こえる噂話を切り捨てながら、梨南はそっと通路脇に目を走らせた。桧山先生、狩野先生、その他の先生たちが並ぶなかなぜか菱本先生が梨南からすぐ見える場所に位置していた。見張っているわけでもないだろう。別に何か問題を起こすなど、どこかの先輩と違って梨南は決してしないのだから。


「それでは本日、特別模範生徒の表彰を行います」

 校歌斉唱はやはり飛ばされそろそろ教室に戻ると思ったあたりだった。突然生活指導担当の先生がマイクを片手に壇上へと上がった。

「特別模範生徒表彰を今年最後のこの時期に行えるということは、僕にとっても非常にうれしいことです。みなさん、拍手で迎えてください!」

 あたりがざわつき始めた。そんなの全く聞いていなかった。梨南の知る限り「特別模範生徒表彰」とは主に部活動で全国レベルの優秀な成績を収めた生徒たちに与えられるものであり、今年は特にそのような目だった活躍部はなかったような気がする。新井林が燃えに燃えているバスケ部だって地区大会決勝で敗れたようなものだしもともと青大附中は運動部がからっきし弱い。そう考えると何があったというのだろう。

「それでは、三年B組、佐賀はるみさん、壇上にどうぞ」

 ──はるみが?

 拍手よりも前に驚きのざわめきが全く止まないままだった。先生たちが慌てて拍手で盛り立てようとしているも、みな戸惑いの方が大きすぎるようだった。前もって予想できる展開であれば通常そんなことはない。むしろ笑顔で拍手を送るもの。ましてやはるみは元生徒会長だというのに、なぜか。

 ──誰にも知らされてなかったということなのかしら。

 そうとしか考えられない。はるみが何か素晴らしい成果を挙げたとでもいうのだろうか。単なる生徒会長としての手腕を評価されたとしてもそれだけで「特別模範表彰」にはつながらないだろう。ずば抜けた成績ということもあり得ない。期末試験の結果も梨南がほぼ満点の成績で圧倒的トップを保ったのだから。そもそもはるみはおせじにも成績がよいほうではない。


 はるみは特に戸惑いも見せずしずしずと壇上に挙がった。もう生徒会長時代になれているかのようで、周囲の先生たちに笑顔で挨拶をし、そのまま校長先生の真正面に向かった。背を向けた。いつものおだんごヘアをきっちりまとめていた。

「佐賀はるみさん、あなたは学校の生徒会長をしっかり勤めただけではなく、校外活動においてもたくさんの友だちを助けてきたということを、先日伺いました」

 校長先生は微笑みを浮かべている。そのまま壇上から降りて、はるみを促すようにして正面に向かせ、マイクを取った。

「みなさん、この佐賀はるみさんは今までみなさんの生徒会長として尽力してこられたことをよくよくご存知だと思います。今回なぜ彼女を模範生徒として表彰することになったか、みなさんは戸惑われているかもしれません。彼女は青大附中で生徒会長としてがんばってきたその一方で、他の中学にてクラスをまとめられず悩んでいた生徒たちの相談に親身で乗り、さらにこの学校の先生たちの適切な協力を得て、『オリジナル教科書作り』といった活動を提案し、結果としてばらばらになっていたお友達のクラスメートたちをまとめてくれたという経緯があります」

 ──「オリジナル教科書作り」まさか!

 すべてが勢いよく梨南の記憶につながった。そうだ、そのことだったのか!

 校長先生の話は続いた。


「私がこの話を聞いたのは、実をいうと他の公立中学の校長先生からでした」

 最初の戸惑いも校長先生の穏やかな語り口でみな静まっていく。

「その中学校では、過去の過ちからクラスとの距離が出来上がってしまいなじめずに過ごしている生徒がいるとの話を伺いました。しかし、ある時からその生徒たちをなんとかしてクラスで受け入れようとする動きが芽生えてきたという実例でした」

 ──凛子さんと、晶子さんだろうか。

 息を止めつつ話を聞く。

「私は非常に興味深くその話を伺いました。できれば私たちの学校でもよい部分を取り入れたいという気持ちからです。そうしましたらなんと、その中心となった生徒さんを助けてくれた青大附中の生徒の存在が判明したというわけです。もうお分かりでしょう、ここにいる、佐賀はるみさんです」

 はるみが表情を少しこわばらせつつも一礼をした。

「佐賀さんがそのお友だちと知り合うきっかけはまったく別のことでした。しかし彼女の素晴らしいところはそのきっかけを無駄にせず、よりよい方法はないかを自分だけではなく他の先生たちに相談してベストなやり方を模索したところにあります。その上で一番よい方法は何か、みんなで頭をひねり、元あるやり方をも大胆に変えたりして思考を重ね、結果としてその学校のクラスメートたちをも動かし、最終的には仲間から離れてしまっていた生徒たちを温かく迎え入れることができました」

 校長先生はにこやかに続けた。

「このお話は我が校の先生たちからも具体的な事情を伺い、改めて佐賀さんのがんばりと心の温かさに感動した次第です。今年は残念ながら一度も模範生徒表彰ができないものかと校長としても寂しい気持ちがあったのですが、最後の最後にこのような素晴らしい生徒を誇ることができるのをうれしく思います。みなさん、拍手をどうぞ、よろしくお願いします」

 一瞬間があったのち、佐賀はるみを前に体育館内を埋め尽くすような拍手が鳴り響いた。だれも掛け声をかけたりとかはなかったしやじもなかった。なんとなくそういうことがあって納得した程度のものだった。

 梨南はそのまま手を下げていた。


 ──違う、あの場に立つべきは別の人。

 梨南は一列おいてC組女子列の桜田さんを探した。前の方にいるので表情は見えない。

 ──凛子さんと晶子さんを救おうとして教科書を作ったのは桜田さん。

 ──絶対に、はるみじゃない。

 ──間違いは正さねばならないことよ。


 生徒たちの合間を縫って梨南は前に飛び出した。三年前列で新井林が突っ立っているが無視してそのまま突き進んだ。脇の先生たちに止められるのを予想しての行動だ。絶対に誰にも止めさせはしない。誤りを正すのは当然のこと。


「失礼します。今の模範生徒表彰には異議があります!」

 梨南は正面にたち、さっと右手を挙げた。別の意味でのざわめきが背中に覆いかぶさった。先生たちが駆け寄ってきて取り押さえようとするのを校長先生は静かに制止した。

「三年B組の杉本さんですね。異議であれば、伺いますよ」

 穏やかな、すっかり先を読み通しているような眼差しで梨南を見下ろした。

 梨南の脇にいつのまにか菱本先生と、また壇上端には桧山先生が待機していた。

「杉本、あとで話を聞くから帰ろうな」

 そっとささやく菱本先生をちらとにらみつけ、梨南は背筋を伸ばした。

「それではお話させていただいてよろしいでしょうか」

「いくらでも伺いますよ。菱本先生、桧山先生、大丈夫ですよ」

 先生たちを制したあと、校長先生はそのまま梨南に手を伸ばした。

「さあ、お話なさい」  

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