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30 最終的対話(3)

 霧島をスパイにするつもりは毛頭ない。それどころか、本当にここまでしゃべっていいのかお前と突っ込んだことも一度や二度ではない。それでも情報そのものが上総にとってはあまりにも信じがたい内容であり、どうしても裏づけを取りたくなる気持ちは確かにあった。

 ──まさか、杉本たちのしてきたことをすべてひっくり返して、佐賀さんの手柄にすりかえてしまうほど学校側は汚いやり方してたのか!

 情報を整理していくうちにたどり着いた内容に、上総はしばらく口がふさがらなかった。信じがたい、ありえない。あれだけ落ちこぼれていた自分をはぐくんでくれた母校がそこまで腐敗していたとは絶対に認めたくなかった。一学期に起きた杉本の濡れ衣事件でも怒りはもちろんあるけれども、たぶん、ほんの一部の暴走分子による内容だろうと思い込んでいた。

 しかし、これは。

 ──ここまで杉本を憎んでいたのか!

 今目の前で真剣に聞き入っている狩野先生は果たしてどこまで信じてもいいのだろうか。

 続けて見る。ここは上総の賭けでもある。


「佐賀さんがなぜ、九月以降に割り込んできたのか、そのあたりの事情は彼女の口からしか聞いていないので裏づけは取れていません。あくまでも僕が聞いた限りの内容ですが」

「聞かせてください」

 促される。もちろん止める気などない。

「佐賀さんは今年の四月あたりから杉本さんのことを心配していたそうです。その頃から杉本さんは桜田さんと親しくなり、いわゆる不良化の兆しが訪れるのではという不安がきっかけのようです。実際僕も桜田さんが二年の頃いろいろな問題を起こしていたらしいとは聞いたことがありますし、佐賀さんが友人として気にかけてしまう気持ちはわからなくもありません。実際は先入観からなる誤解だと判明はしたようですが」

「そうですね、それは僕も把握してます」

「その後、佐賀さんは二学期以降も杉本さんに桜田さんとの交友について注意を促していたようですが全く聞き流されてしまい相手にされず、先生たちに直接相談をもちかけて、そこで例のことが判明したと伺いました」

「僕も駒方先生と一緒に話を聞きました」

 ──やはり知ってたのかよ。

 信頼度が少しずつ落ちていくのを感じるがもう走り出した船。止めはしない。

「佐賀さんとしては杉本さんとの友人関係を改善するとともに、問題があるとされている桜田さんとの交友を控えるようアドバイスしたかったようですが、その際に駒方先生より誘われてあの、向こうの中学の生徒さんと話し合いをなさったと伺いました」

 狩野先生は黙っていた。目を逸らした。

「内容としては、向こうの生徒さんも桜田さんと友だちでありたいと願っていたにも関わらず誤解を生じて絶縁状態が続いている。ただそれは誤解から生じたものであり、できればこの機会にもとの友情を取り戻したい。その一点において佐賀さんとその向こうの彼女とは意気投合した。さらに駒方先生の、杉本さんと桜田さんの秘密の授業をできればやめさせたいという意向も絡み合って二ヶ月の間に仕組みを変更してしまった、そう僕は聞いています。ここまで、間違いはございますか」

 問うてみる。佐賀はるみ元生徒会長が教えてくれた内容の他、霧島が話してくれた内容をつなぎあわせたものを述べただけで真実かどうかは定かではない。はっきりしているのはそれらの出来事を杉本も桜田さんも知らなかったということだ。


「おおよそ、当たっていると答えざるを得ません」

 静かに狩野先生は答えた。

「杉本さんのことを佐賀さんが生徒会長として、また友人として心配していたことは事実です。それは一学期から始まったことであり、僕も何度か相談現場に居合わせたことがあります。しかし立村くんの言う通りそれは純粋なる友情からくるものであり責められるものではありません。同時に九月以降、駒方先生が学校の教師たる立場から離れて他中学の、桜田さんと友情を再構築したいと願っている女子生徒と共感しあったのもむしろ当然のことです」

「ですが、それなら伺いますが」

 上総は食い下がった。学校側がここまで腐っているのならばこちらも堕ちるしかない。

「僕が知る限り、杉本さんも桜田さんもそのことを十一月になるまでほとんど知らなかったと聞いています。たまたまふたりとも学校祭や進学関係の準備などで仲間の友だちと連絡を取れなかったと聞いていますが、せめて佐賀さんやもうひとりの彼女が関わるのであればふたりに連絡すべきだと考えます。話を持ち出したのは桜田さん、そして杉本さんなのですから。その上でどうしても佐賀さんたちが関わりたいのであればその段階で、杉本さんなり桜田さんなりにひいてもらうよう伝えるか何かすべきでしょう。だまし討ちのように今までの手柄を横取りされたと、杉本さんや桜田さんが考えても僕は不思議に思いません」

「その通りです。立村くんの考えは間違っていません」

 狩野先生はそっと上総の顔を見つめ、改めて目を伏せ首を振った。その後で静かに微笑んだ。

「今日は外に出ないでここでお弁当をいただきましょう。冷蔵庫に入っているので冷えてますが、用意します」

「いえ、でもそれは」

「最後まで話しましょう。そうする必要が今はあります」


 狩野先生が冷蔵庫から紙袋に入ったものとパックに詰めたおかずをそれぞれ取り出した。割り箸もセットされてる。上総が断る間もなかった。

「先生、これはいったい」

「うちで今日はこうなるのではと考え、二人分のおかずとおにぎりを用意しました。梅干と焼鮭のシンプルなものばかりです。おかずといってもから揚げとゆで卵程度です。僕の普段のお弁当を分け合うようで恐縮ですが、まずは腹を満たしましょう」

「先生、でも今それは」

 何度も問いかける上総に、狩野先生はウーロン茶を注いで促した。

「今、立村くんが話してくれた内容ですがいくつか追加説明を行わねばならないところや、これから先のことについて説明しなくてはならないことなど、たくさんあります。同時にこのことは他の誰にも聞かれないようにしなくてはならないことです」

 すっかり冷えたおにぎりにかぶりつく。三角ではなく丸かった。おいしくもなくまずくもない。いわゆる普通の「おにぎり」だった。

「また、僕に答えられないこともたくさんあります。知らなかったり、立場として言えなかったり、とさまざまです」

「やはりあるのですか」

「あります」

 狩野先生はから揚げを上総に勧めつつ、

「ですが、落ち着いて語り合う場を作ることはできます。そのための昼食です」

 自分もしっかり口に放り込んだ。

 


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