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22 葛湯をはさんで(4)

春夏秋冬そして冬 23 葛湯をはさんで(4)


 薄暗さを超えた闇、ふたりが「おちうど」を出たあたりから遠くに見えるものは街灯のみだった。自転車を押しながらどの路を歩くか立村先輩が迷うそぶりをした。

「どっちから帰る?」

「学校経由が近いのでは」

「でも暗いだろ」

 言われてみると確かに闇の中、雑木林を突っ切るのは危険かもしれない。特に路がぬれているわけでもないし普通に歩けばすむことかもしれないが、学校のお触れでは「夜五時以降に雑木林を抜けるのは禁止」だった。

「校則に違反しますし遠回りしましょう」

「そうだな」

 立村先輩も頷いて、反対方向の車道沿い通路にハンドルを向けた。


「霧島くんから伺いましたが」

 気になったことを聞き忘れていた。梨南は肩を並べたまま立村先輩に問うた。

「今日は生徒会役員改選立候補最終日とのことですが」

「そうだよ」

「なぜ私に来るなと仰ったのですか」

 立村先輩は少し俯いた。やがてすぐに、

「いろいろあわただしいからな」

 小声で答えた。

「今年の改選は少し特殊なところがあって、すべて俺たちの代だけで固めようという話になっているんだ。実際最後までどうなるかわからないけど。たぶんこのままだと会長、副会長からすべて一年で決まると思う」

「二年のみなさまはなぜお出にならないのですか」

 奇妙な現象ということはよくわかった。歩きながら尋ねてみた。

「学校内よりも学校外で目標を達成したいタイプの人たちが多いのは確かだろうな」

「どういうことでしょう?」

「つまり、学校内の委員会とかそういうもので満足するのではなくて、外部の、いわば市民グループとかその他のお稽古事とかそういう、生徒たち以外の集まりに積極的に参加したいと考えているってことだと思う。青大附中だと学校内の委員会や部活動で終結していたけれどもそれだと物足りないというのかな」

「そうなのですね」

 意外だった。青大附中では「委員会部活動化」の現象が生じていてよほどのことがなければ委員など変わらなかった。その例外が梨南自身なのは皮肉だが。その中でみな仲良く演劇やらイベントやらさまざまなことに興じていた。それが、外へ向かおうとしているということか。

「杉本が今やっているようなことを、高校の人たちもしているってことさ」

 ちらりと立村先輩は梨南の顔を見やり微笑んだ。

「ただそういう人が多くなるということは、学校内にとどまる人間も少なくなる。そういうわけで今回は一年中心に組閣して、来年以降に備えようというわけなんだ」

「となると、どなたが会長におなりになるのですか」

 立村先輩は黙った。首を降った。

「明日にならないとわからないよ。立候補者一覧が発表されたらあとは早い。すぐにその日の六時間目に立会演説会があって投票して、あさっての段階ですでに結果が発表されるという迅速さだよ」

「いいんでしょうかそれで」

「たぶん、いいんだろうな。どうせ信任投票で決まるだろうし」

 口ごもる様子に何か隠しているものを感じる。とはいえ追求しようがない。一応は発表されるまで誰が立候補したかわかるわけもない。あいまいなことを告げられないのは当然のことだ。

「実はその後、うちのクラスもいきなりクラス合宿があってさ」 

 立村先輩は話を替えた。

「大学のセミナーハウスなんでみんな部活とか委員会活動が終わってから夕食一緒にして、それから風呂に入って何か集まって話をして一晩過ごしてすぐ学校、なんだかな」

「なんのための合宿なのでしょう」

「さあ、わからない。他のクラスだとちゃんと土日にかかるよう日取りを調節しているみたいだけどさ。たぶんあまり時期をずらすと期末試験に影響するというのもあるんだろうな」

 ──合宿ということは、あの方も。

 胸を去来する面影で苦しくなる。青潟東高に合格した暁にはあの方に会いに行くと決めていたけれども、もう二度とそれもできそうにない。でも最後の最後まであきらめはしない。

「何考えてるの」

 立村先輩が梨南をもう一度見つめて問いかけた。

「いえ、特に」

「じゃあ話しとくけど」

 ──あの方のことかしら。

 とくん、と音が奥からなりそう。息を止めた。

「たぶん次の改選で俺が規律委員に上がる」

 立村先輩はまじめな顔で語った。

「そうしたら少しはクラスでも、学校内でも発言権がもらえると思うんだ」

「それが」

 拍子抜けしたせいか力が抜けた。違う。梨南が聞きたいのはそんな話ではない。

「そうしたら、たぶん、少しは、後ろ盾っていうかその」

「別にそんなもの必要ありません」

 ぴしゃりと跳ね除けた。何を勘違いしているというのだろう。立村先輩は「おちうど」でも梨南を守りたくてならなそうな発言をしていたが、そんなの最初から期待などしていないのだ。奇麗事を言ったところで、結局は梨南のことを丸ごと信じようとしない。そんな人の後ろ盾など何になるというのか。すべては自分で切り開かねばならないことだ。

「立村先輩のお気持ちには感謝いたします。しかしこの件は私の力のみで解決できることです。申し訳ございませんが辞退させていただきます」

「けどさ」

「そもそも規律委員に上がるということは、あの方はどちらへ」

 梨南も知っているのだ。現在の規律委員があのお方だということを。立村先輩は立候補でもするつもりなのだろうか。あの方からいきなりその席を奪うつもりなのだろうか。

「明日になればわかる」

「明日? まさか、それは」

「俺の口からはそれ以上は言えない」

 乱暴な口調で立村先輩は言い募った。

「杉本ひとりで切り開けるとか言ったって、結局、受験ひとつ思うままにならなかったくせにな」

「失礼な!」

「だって事実だろ。青潟東を受験することすら禁じられて、気がつけば自分の手柄全部佐賀さんに取られてるんだろ。杉本ひとりでの力で解決なんかできたためしないだろ!」

「失礼いたします。もうこれ以上はお話するつもりありません」


 自分の声が震えているのがわかる。何をふざけたことを言うのだろうこの人は。今までたったひとり、自分の味方だと信じた瞬間も確かにあった人。自分の能力を認めようとしてくれた人、卒業式の答辞で梨南の確かな能力をすべての人々に言い放ってくれた人。しかし肝心要のところでいつも裏切る。しがみつこうとすると結局その手を解かれる。

 そんな人の後ろ盾を、なぜ信じねばならないのか。

 もう二度と、信じて裏切られるのはごめんだから。

 この人に頼ったところで何も変わることなんてないのだから。

 タイミングよく梨南を迎えに来たらしい車が車道脇に止まった。立村先輩の姿を決して父の前には見せたくない。あの方ならばともかくも、紹介したくはない。

「本日はありがとうございました。失礼します」

 まだ何か言いたそうな立村先輩の顔を身体中の力すべて込めてにらみつけた。あのまま穴が開いてしまえばいい。貫通してしまえばいい。もう二度と口など利けなくなればよい。

 

 ──誰にも口出しさせない。自分の始末は自分でつける。私は戦う。最後まで。



 

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