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21 葛湯をはさんで(2)

 さすがに酒饅頭は大きすぎてすべて食べ切れそうにない。立村先輩に半分割って渡すと、

「ありがとう、でも杉本本当に食べなくていいのか?」

「夕食が控えてますので」

 ──本当は自分が食べたくてならないくせに。

 目的は果たした。もうすり硝子の向こうも真っ黒い闇。早く戻らねばならない。できれば父が帰る前に。父は最近梨南のことを気にかけていて、夜はできるだけ早く帰るように心がけてくれているようだった。最近怖い奴がたくさんいるので、梨南のようなお姫様はいつでも狙われてしまうに決まっているから、が口癖だった。

「杉本、聞いていいか」

 しばらく葛湯や酒饅頭のおいしさについて褒め言葉のやりとりのみだったが立村先輩も忘れてはいなかったのだろう。目的を切り出した。

「そのおつもりでしたらどうぞ」

「佐賀さんたちとのことだけど、俺が今まで聞いている話で正しいかどうか確認していいかな」

 酒饅頭をちぎりつつ、少しずつ口にはこびつつ。もう二杯目の番茶が継ぎ足されている。

「どうぞ。隠すことなどございません」

「杉本が話してくれればいいのに」

 喉に流し込み、立村先輩は両手をテーブルの上に組んで置いた。

「桜田さんとの家庭教師ごっこが今大掛かりな話になったんだろう」

「大掛かりかどうかはわかりませんが」

 言葉を濁しつつ勧めると、

「俺の聞いている限りだと、この二ヶ月の間に佐賀さんが仲間に加わって仕切り出しているということらしいけど」

「そんなこと聞いておりません」

 息が詰まる。梨南もそのことは今日初めて知った。桜田さんも同様だ。なのになぜ立村先輩が早い段階で情報を得ていたのかその理由がわからない。

「学校側では杉本たちのしていることを高く評価しているけれども、できれば別の生徒にやってもらいたいという目的らしい、って話だけど」

「なぜそんな話になるのでしょうか」

 ますます分からない。目を番茶に落とす。

「私たちが勉強手伝いをしていることについてはすでに学校側も把握しています。ただ私はこの二ヶ月間忙しくて全く参加できなかったことは事実です。同時に桜田さんも学校側の指導で接触を断られていたとも聞いています」

「なんでそんなに忙しかったの?」

 鋭く問われる。答えを控えたい。無理やり話を逸らす。

「いろいろあります。しかし、今日は桜田さんがようやくお仲間と『あおがたいこいの家』にて駒方先生の立会いのもと再開できると聞き、お伺いしたしだいです」

「さっき佐賀さんから聞いたけど、杉本は呼ばれていなかったんだよな」

「それは否定しません」

 狩野先生から話は確かになかった。立村先輩も頷きながら、

「狩野先生があえて杉本に話をしなかったということは、やはり桜田さんのみを呼び出してしっかり話し合わせたかったんだろうな」

「でも抜き打ちすぎます」

 梨南よりも桜田さんの気持ちのほうが痛ましい。純粋に凛子さん晶子さんを囲んでのんびりタイムを過ごせると信じていたはずなのに、よりによってなぜ、憎んだ友だちと無理やり友情再開を求められなくてはならないのだろう。

「だけど桜田さんは杉本に内緒にしろなんて口止めされてなかったんだよな」

「当たり前です」

「と、なると先生側も手落ちがあったということになるか」

 立村先輩はしっかり梨南の渡した酒饅頭を平らげた。これで夕ご飯食べられるのだろうか。帰り路は自転車でしっかりエネルギーを消費しないとまずいんじゃないだろうか。


「一応、今日の経緯を話しておくな」

 立村先輩も梨南の顔を見ているうちに反省したのか、改めて説明を始め出した。本来であれば最初に話すべきところだったのに。こういうところが立村先輩の抜けているところだと思う。もし梨南が最初から側にいれば全部切り盛りしてやるところなのだが、別にそこまでしてやるほどのつながりでもない。勝手にしろと言いたい。

「最初に話した通り、俺はいろいろなルートで杉本と桜田さんの家庭教師企画についての動きを噂だけど聞いていたんだ。もっと早い段階で杉本にも話すべきだと思ったけど、俺も高校でいろいろ忙しかったんでその点は悪かったと思ってる」

「別に立村先輩に対してそれ以上のことは求めておりませんので」

 梨南がつぶやくとさらに小声で俯いて、

「狩野先生にも直接確認するつもりではいたんだけどその前にどんどん話が進んでいたとは思わなくてさ。ごめん。期待してないのはわかってるけど、ごめん」

「それで続きをどうぞ」

「俺の聞いていた内容も噂どまりだったから裏づけがほしかったんだ」

「先輩は裏づけがないと信じない方と存じておりました」

「だからそう根に持つなよ。とにかく俺なりに情報は集めてて、それから動こうと思っていたことは確かであって決して杉本を見捨てるつもりなんてなかったんだから」

「事実だけお願いいたします」

 このばらばらしたしゃべりかた何とかならないのだろうか。外見だけではなくこのあいまいな説明のしかたが立村先輩のレベルを下げていると気づかないのだろうか。梨南は決して立村先輩が救いようのない愚か者とは思っていない。少なくとも梨南の価値を能力として見出してくれている点においてはありがたく思っている。せめて新井林レベルの外見さえあればと何度も同情したものだった。だが、この自信なさげな言動でよくもまあ青大附中評議委員長を前期限定にせよ勤められたものだと思う。現在は全く委員会に関わるつもりがなさそうだがそれもそのはず。この体たらくではどうしようもない。

「たまたま俺も学校にいて、そこで佐賀さんに捕まってすぐ『あおがたいこいの家』に来てほしいと言われて、その途中でいろいろ確認した。それでやはり俺の判断は正しかったと確信した次第なんだ」

「その判断の内容とは」

 立村先輩は両手をテーブルにぴたりと置いた。梨南に正面から向かった。

「杉本たちのしていたことは学校側から高く評価されてる。けど、杉本が関わっていたことになってしまうといろいろと学校でも面倒なことになってしまう。それで、佐賀さんにすりかえようと画策してたというわけなんだ」


 ──画策、っていったいなぜ?

 全く予感していなかったわけではない。夏休み終わりに立村先輩も含めて集まった際、写真でコピーを撮ったのも万が一のための対策といってよい。あの手作り教科書をみよしさんのお母さんに真似されてはたまったものではないという心理からともいえる。しかし、あの段階でまさかはるみが割り込んでくるというところまでは想像していなかった。

「佐賀さんにすりかえるということはどういうことでしょうか」

「つまり、ふたりでオリジナルの教科書をこしらえて友だちに一生懸命教えるという行為そのものは高く評価する。ただそのふたりが杉本と桜田さんだといろいろ問題がある。そこで杉本のかわりに佐賀さんを当てはめて、実はこのふたりがこの秋から始めたこと、としたかったようなんだ」

「立村先輩、お言葉を返すようですが私がなぜ外されなくてはならなかったのかが腑に落ちません。そもそも私たちの行っていたことは友だち同士の集まりであってそれ以上の何者でもありません。それを外部の佐賀さんをなぜ引きずり込む必要があるのかが理解できません。仮に秋から佐賀さんと桜田さんが共同作業で友だちと勉強を教えあっていたことにして何のメリットがあるのでしょう」

「メリットはおおいにある、学校側に」

 立村先輩は目を逸らさず言い切った。

「うちの学校は最近外部との交流を推し進めているところがあるだろ。一枚かんだの俺だけど。それが継続して続いていて何か成功例を欲しがっているらしいんだ。公立中学の友だちを手助けしたくてその学校の友だちと協力して、オリジナルテキストを自分たちでこしらえて、それで読ませるといった独自性を生み出している。そういう事例を外部にどんどん発表したいらしいんだ。けど」

 言いよどみ、じいっと梨南の瞳に入ろうとしている。梨南もそのまま受け止めた。

「それを発案したのが杉本だと学校側では都合が悪いんだ。杉本を青大附中から追い出したい人たちからしたら、ものすごく困るってことなんだ、意味、わかるよな」

 歯を食いしばるような表情でそこまで伝えた後、立村先輩は乱暴にぬるくなった番茶を飲んだ。

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