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207氷らせた春(16)

 結局霧島にはそのあとも、

「立村先輩、今日は自転車でいらっしゃいましたね。先ほど自転車置き場にありましたので、それであれば今日は多少時間があるということですね」

 と、一方的に決めつけられ付きまとわれた。本当はさっさと家に帰って改めてひとり考えたかったのだが、霧島がそんな言い訳聞いてくれるはずもなく、結局学生食堂で過ごすことになった。ちょうど昼食の時間帯でもある。

「どうでもいいけど生徒会の仕事は大丈夫なのか? 俺たちの頃は、まあ評議委員だったから違うかもしれないけど三月はやたらと準備で忙しかったぞ」

「どうせ僕が行かなくても勝手に先生たちが回してくれます。いざという時にやればいいことです」

 ずいぶんといいかげんな生徒会長ではある。

「それより、立村先輩のお宅にはいつ連れていってもらえるのでしょう。噂によりますと先日の日曜は本条先輩がお泊まりだったとか」

「よくそんな情報つかんでいるな」

 その辺も不思議だが追わないでおく。

「だったら僕が泊まりに行ってもいいわけですね」

「ふとんとかいろいろ準備があるから少し待ってろよ。本条先輩とは長年の付き合いがあるからうちの親もあっさり了承したけど、お前のことはあまり話してないからそのあたりからだな」

「面倒な話ですね。まあいいです。立村先輩にもいろいろご事情おありでしょうから」

 ━━母さんが帰ってくる前のほうがいいな。となると早めに三月中か。

 予定を頭のなかで組み立てつつ、チャーハンとラーメンのミニセットを注文し、なにも考えずに食べ続けた。霧島はオムライスにかぶりついている。遠目から見ても、かつての貴公子風は感じられない。単なる悪ガキにしかみえない。もしくはしつけの悪い白狐か。

「立村先輩」

「どうした」

「あそこにいらっしゃるのは、高校の生徒会のみなさまでしょうか」

 霧島が声を潜めて問いかける。目線で学生食堂奥を指す。かなり奥まった席ではあるが、いつのまにか羽飛、美里を代表とする生徒会連中が固まり食事をしているのが見える。気まずいのもあるだろうが、今は食事中、席を立ちたくても無理な相談だ。とりあえず急いで食べ物を流し込むことにする。

「今日、臨時で集まるようなことを話していたからな。高校の生徒会はそれなりに大変なんだよ」

羽飛と美里だけが上総に気がついたようで、右手をあげて合図を送ってきた。近づいてくる様子はない。お互い、人前でいろいろ話すわけにはいかない事情もあるのだろう。どちらにせよ上総は美里たちから事情を聞く機会が近いうちにあるはずなので、ここでは静観を決め込むことにした」

「そうですか。僕のことも議題に挙がっているのでしょうね」

「そうかもな。ついでに言うと杉本のことも絡んできているだろうしな」

「杉本先輩も?」

 自分が問題の張本人なくせにずいぶんと他人事だ。小さなどんぶり一杯分のラーメンを平らげ、同じく茶碗一杯分のチャーハンを食す。

「新学期が始まったら杉本に痛め付けられたとされる犠牲者がたくさん高校に入学してくる。加害者は叩けば叩くほど埃が出てくる。どうやって被害者をフォローしようかとそんな感じだろう」

 自分がもし美里や羽飛と同じ立場だったとすればすぐにメンバーを集めて議論するだろう。誰が被害者か加害者かはともかく、どうやって新学期以降余計な波風を立てないようにするか。そしてできれば、

 ━━青大附中時代生徒会長だった佐賀、評議委員長だった新井林。

 ふたりの顔を潰さないようにしてどうやって生徒たちの声を揃えていくか。このあたりに腐心するだろう。ついでに霧島を佐賀に近づけないようさまざまな手段をとるかもしれない。あれだけ騒ぎを大きくした霧島だ。警戒されてもしかたない。

「だから、お前は少しおとなしくしていろよ。一年経てば状況も変わるから」

「わかってます」

 不機嫌そうに霧島もオムライスのケチャップをスプーンで掬いなめ始めた。人前ではまずしない、あまり品のいい行為ではないのだが上総の前では気も緩むのだろう。マナー違反と言って怒鳴り付ける気なんてさらさらない。


 やっと食べ終えてそろそろ立ち上がろうとした時だった。

「霧島くん、ちょっといいかな」

 上総の背で聞きなれた声がした。

「清坂氏?」

「ごめんね立村くん、邪魔しちゃって」

 向かい合っている霧島の顔は心なしか青ざめているようだが、とりあえずは何事もないように振る舞っているようにも見える。

「それと今日の予定なしにしちゃってごめん!」

「羽飛から連絡きたから気にしてないけど。今日、生徒会の集まりだったんだろ」

 できるだけ何事もないような口調で話をする。さすがに生徒食堂で変なことを口走り妙な噂になるのは避けたい。

「四月以降になっちゃうけど、春休み中に絶対集まろうね。それはそれでいいとして、あのね」

 仲良し同士の会話をまずひとくさりした後、美里は霧島に向かい合った。

「食事、終わってる?」

「清坂先輩、先日は失礼しました」

 堅い返事とともに、ケチャップがきっちり拭き取られた皿に目をやる。

「そっか、立村くんと会ってたんだね。うんわかった」

 美里はまだ上総に向き直った。拝むように手を合わせた。

「どうした清坂氏、俺まだ、仏さんにはなってないけど」

「あのね、立村くん。お願いがあるの」

 言いにくそうに、

「私、霧島くんとさしで話をしたいの。誰も挟まないで」

 真剣な眼差しはいつもの美里のものだった。改めて上総は後ろの席を眺めやった。羽飛と更科、ついでに難波あたりが様子をうかがっている。さらに関崎も興味津々といった風に上総を見守っている。

「この前は場所も場所だったし、たくさん人もいたし、きちんと話ができなかったと思うのよね。霧島くんが言いたいこともたくさんあったんじゃないかな、とは思ってたけど、あそこでは無理。やっぱり、学校で起こったことは学校で話そうって思ったの」

 隣に椅子があるので指差して座るよう促したが、美里は首を振った。話を続けた。

「たぶん立村くん、心配だと思うんだ。いろいろあるしその、杉本さんのこともあるから。聞いてるよね、きっと」

 そのことだけは頷いた。

「でも、今回のことだけは、霧島くんとだけきっちり話をつけたいの。新学期が始まる前に、これからどうすればいいかってこと、きちんと話し合いたいの」

「どうするって?」

 美里がなにを考えているのか把握しきれない。問い返そうとした時だった。

「清坂先輩。僕は先ほど、立村先輩含めて話し合いが終わっております。この場でお返事いたします」

 さっきまで上総の前でぐだぐだしていた態度とは打って代わり、いかにも生徒会長でございといった誇り高そうな表情を浮かべていた。

「霧島くん? どうしたの?」

 ━━なんだよまたこの七変化は。


 霧島は薄ら笑いを浮かべている。そのまま美里を見上げた。

「先日、みなさまの集まりを邪魔したことに関してはお詫び申し上げます」

 立ち上がり、深々と頭を下げた。

「その上で申し上げます。あのおふたりが卒業するまで、僕は金輪際近づきませんのでどうかご安心いただければと思います」

「あのふたり、って?」

「佐賀先輩と、新井林先輩です」 

 悪びれることもなく霧島はたんたんと述べ続けた。

「僕もあの時は感情的になりすぎたと反省しております。その上で、繰り返しますが僕はこれ以上彼女について一切話すことはありませんし、もう二度と近づくこともありません。立村先輩とその点は約束いたしました」

 ━━霧島が頭下げてるよ、ほんとかよ……。

 あっけにとられているのは上総だけではなく、美里も同様だった。もう一度上総が椅子を美里に勧めると、礼も言わずにただ腰かけた。そのまま問いかける。

「立村くんと相談したの?」

「はい。僕は立村先輩に絶対的な信頼を寄せてますので」

 改めて美里が上総と霧島を見比べる。霧島の言葉はともかくも、約束そのものは事実なので頷く。

「おそらく清坂先輩は僕が再度、佐賀先輩に近づいていろいろ問題を起こすのではとご心配されているのでしょうが、すでに僕の気持ちの中で整理がついています。あきらめるべきことは諦めます。どうかご安心ください。立村先輩に恥をかかせることはいたしません」


 霧島の薄笑いが不気味なのは美里も同じらしい。何度も上総に確認を求めるように顔を覗きこむ。嘘ではない以上頷くしかなく、霧島をただまじまじと見つめるしかなかった。

「でも、言いたいことがあったから、この前来たんでしょ? 本当にそれでいいの?」

「はい、立村先輩にすべてお話した通りです。立村先輩の言葉を僕は信じることにします」

 返事は変わらず堂々巡りの中、美里は諦めるように立ち上がった。

「うん、わかった。そういうことなら信じるね。ありがとう霧島くん」

 最後に美里は上総を見やり、

「こずえん家の集まり、絶対春休み前にやるからね!」

 それだけ伝えると、手を振って生徒会メンバーの集まる席へ戻っていった。






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