15 密林緊急会議(5)
──全員? 副会長も、書記も、会計も、渉外も?
さすがにそれは初耳だった。一方こずえと羽飛はなんとなくその辺りの事情を把握していたようでさほどの驚きはなかった。美里が生徒会立候補する時に比べると落ち着いている。
「まあ噂には聞いてたけどね」
「留学するったらしゃあねえだろ」
「けど、全員留学というのはないだろ?」
詳しい事情は美里が説明してくれた。
「私も初めて聞いたんだけど、三年の役員さんたちはもともとやる気まんまんで立候補した人ばっかりだけど二年生は先生に説得されてしかたなくって感じだったんだって。それも一年こっきりって約束。みな、来年いろいろな事情で海外留学するつもりで来てたんだって」
「でも全員というのは」
上総がしつこく問うと、
「そうなのよ。私も最初びっくりしたよ。でもね、生徒会に立候補する時にやはり仲良しチームで出たわけだから同じような進路たどっても不思議はないって言われちゃった」
「ちなみに留学ってどこに行くんだろう」
「それがね、語学留学で単位とれるとこに行く人もいれば、一年休学後もどってきたら私たちの学年に編入するつもりとか、将来の仕事の関係でもう外国に住み込んじゃう人とかいろいろみたい」
「じゃあ進路も別々か」
「よくわからないけど、そうみたい。とにかくやりたくなくて立候補しないんじゃなくて、やりようがないの。来年いなくなっちゃうし補充選挙をやる手間がもったいないってこと。それで生徒会の人たちが私たちの代をとにかくくまなく探って、やりたいって人をかき集めてるの。その中に私も含まれてるってわけ」
事情は飲み込めた。だが、現在の役員以外の二年が立候補しないとも限らない。
「そのあたりもわかってるみたい。でもなかなかね。本条先輩以外の二年生の先輩、今ひとつやる気ないんだって。中学みたいな委員会最優先主義でやれればいいけど、今は学校の方針が強化されすぎていていろいろと面倒みたい。今回の学校祭だって今までだったらもっと模擬店とかおばけやしきとか派手なことができたけど、今年は決められたことしかできなくて退屈だったって」
「それでもフィナーレは」
「ああ、あれは、ね。結城先輩の力」
「つうか、結城先輩の親の力」
羽飛は鋭い現実を言う。
「親の力、そうよ。私たちだけの力ではどうしても限界があって、二年の先輩はやる気なくしてるみたい。これもここだけの話だけど、先輩たちは学校外の活動、たとえばボランティアとかタウン誌とかそっちの方に情熱燃やしていて生徒会活動には参加する気ないんだって」
やる気はある、が学校の外。なるほど。
──そういうことになると。確かに清坂氏に声がかかるのはわかるな。
美里が生徒会向きなのではとは感じていたけれど、二年生の事情が絡んでいるとは正直思わなかった。そういうことになると実際告示が行われてからでないと判断しかねるが美里が当選する可能性は大だろう。素直にめでたいとは思う。むしろ静内に仕切られたB組で欲求不満をふくらませているよりはずっと楽なはずだ。規律委員会でも学校祭の時は「幻の制服」をまとったチームのひとりとして活躍しさまざまな提案もあげていたという美里を、生徒会役員たちも全力で盛りたててくれるだろう。
──だが、他に誰がいる?
「清坂氏、このこと、他の奴には伝えてないのか?」
念のため尋ねてみた。
「ううん。今日みんなに話したのが最初」
「誰か立候補するって情報は入ってないか?」
「ううん。わかんない」
「じゃあ、どの役職に立候補するつもりでいる?」
「まだ決めてないの」
羽飛があきれたように指でつついた。
「ったくお前一番大切なこと考えてねえんじゃねえ?」
「うるさいわね、考えてることは考えてるんだけど、まだ決めてないってだけ!」
──そういうことになるか。
少し気になることがあって、今ここで口に出すべきか迷っていた。
次期生徒会役員改選においてはあくまでも噂だが、どこかで関崎を推す勢力がある「らしい」との情報を得ていた。もちろん霧島経由のもの。どこで仕入れたのかは問わないが、全くありえなくはないだろう。また上総からしてもそれは自然に思える。あれだけ目立っていて、規律委員会での「幻の制服」チームとしても顔を売り、極め付けが合唱コンクールでの王子様的振る舞い。あれで惚れるなと言うほうが無茶だ。
上総の立場としては、規律委員会の次期ポストが空くと同時に、本来関崎が着くとされていた評議委員の席がどうなるかが気になる。藤沖も応援団に絞って活動をしたいと麻生先生に以前より直訴していたという噂が出ている。仮に上総が規律にもぐりこんだとしても、評議の席が埋まらない以上これは揉めそうだ。
──さらに、天羽たちもどう出るつもりだろう。
関崎が立候補したとして、やたらと敵視している元評議三羽烏たちが動かないとは思えない。三人のうちどちらかは生徒会を狙うんじゃないだろうか。直接そこのところは聞いてみたほうがいいかもしれない。美里には敵としてぶつからないかもしれないが、関崎が絡むとまた面倒なことになりそうだ。
──清坂氏のことを関崎は……。
ずっと気になっていることだけどそれ以上尋ねることも抵抗がある。夏休み直前のあの午後、美里は関崎に想いを伝えたはずで聞いた限りだとあっさり振られたらしい。それでも友だちとしてよい関係はそれなりに出来ているようだ。しかし一方で関崎は、美里のライバルである静内と「外部三人組」として親しい。そう考えるとどうなるか。あまり考えたくないのだが、美里が立候補したのを狙って静内が追い討ちをかけるように飛び込んでくる可能性もある。上総の見立てだと静内は明らかに関崎に気がある。
──羽飛、どうする?
思い切って切り出した。これは上総でないと言えない。
「羽飛、ひとつ提案なんだけどさ」
「なんだあ?」
上総は羽飛の隣りに回って手元の栗を手渡しつつささやいた。もちろん他のふたりには聞こえるように。
「お前も生徒会に立候補するってのはどうかな」
「はああ?」
ぽかんと口をあけたままの羽飛に、上総は栗の皮を剥いてやり、促した。
「正直なところ、評議委員会、面白いか? 率直に言って」
「まあ、それなりにはなあ、けどなんだよ」
「けど天羽たちがうろうろしているのって落ち着かないだろ」
「お前何言いたい?」
「だから単純なんだけど」
上総は羽飛の肩に手を置いた。
「清坂氏が生徒会に入るのなら、せっかくだしお前も一緒にやると相乗効果があっていいような気がするんだよな。古川さんどう思う?」
「そんなあ、私、A組の評議続けるつもりなんだけどささやかな楽しみを奪うっていうわけ?」
「それなら古川さんも生徒会に」
「何馬鹿なこと言ってるのよ童貞のくせに。ああ、けどね、私の本音を別にすれば確かにあんた、いいかもね」
意外とあっさりこずえも頷いた。美里も最初は硬直していたが、
「貴史、あんた、その気ある?」
まじまじと見つめながら問いかけてきた。
「俺委員会も生徒会も全然わかんねえけど」
「分からないのはお互いさまよ。立村くん言う通り、私も貴史が生徒会に入るのは賛成よ。たぶん天羽くんや難波くん、更科くんは今の委員のままで終わりたくないだろうからここであんたがさっさと立候補して評議のポストを空ければ丸く収まるような気、するんだけど」
──清坂氏が乗り気なら話は簡単だな。
一番ベストな組み合わせで話を進めてみたかった。羽飛は一応C組の評議委員だがまだ半期しか勤めていない。仕事ができないわけではないが美里の言う通り、天羽たちの野心を交わすのは面倒だろう。それならば美里と同じ考えで生徒会にさっさと上がってもらい、その上で本当にやりたいことを名コンビとして進んでもらうほうがいいんじゃないだろうか。
「立候補したって落ちるっつうこともあるんだがな」
「大丈夫、ほとんどみんな信任だって言ってたよ。会長でもない限り」
美里が自信たっぷりに言い切ったところで、こずえがしっかり締めた。
「ということで、本日の議題はお開き。美里と羽飛が仲良く青大附高の生徒会に立候補してくれればそれぞれのクラスは平和になるし、先輩たちのいない生徒会もあんたたちふたりの復活D組の乗りで大成功かもよ。あとはあんたたちふたりでどの役職に出るか相談しなさいよ。で、私たちA組の人間はどうするわけ、立村」
問われた上総は当然答えた。
「やはり、援助射撃するしかないよな」
──とりあえず、天羽たちと、あと関崎。当たってみるとするか。




