14 密林緊急会議(4)
「無駄話はそこまでにして、そろそろ美里に相談事しゃべってほしいんだけど」
なしとりんごが平らげられ、紫色のこぶりなぶどうとほっかほかの栗が届けられた頃こずえが言い出した。もちろん栗の皮をむきつつ。
「うん、あのね」
美里はフォークを置き、両手を重ねて何度か呼吸を整えるようなしぐさをした。
「びっくりしないで聞いてもらいたいんだけど」
「まさか、できちゃったの?」
無言で頭をはたかれたこずえもさすがに悪趣味と知ったのか両手を合わせて謝っている。
「私、この三人の前で最初に言いたかったんだけど」
全員の目を見つめた。
「生徒会役員選挙に、私、出馬するつもりなんだ」
──やはりか!
「ちょっと、今あんたなんて言った?」
「美里、悪い。俺の耳最近掃除してねえから聞き間違えたかもしれねえけど」
驚いているふたりを観察しつつも上総はその次の美里の言葉を待った。
「やっぱりびっくりするよね。繰り返すけど、私、明日生徒会役員立候補するために書類書いてくるつもりなの。明日でしょ、告示」
「確かにそうだな」
上総の言葉に今度は美里が不思議そうに問いかける。
「立村くん、どうしたの。なんか気づいてた?」
「いやそうじゃないけど」
急いでごまかすが、こずえや羽飛の突っ込みはごまかせない。
「いやいや、お前情報もらってただろ。ずいぶん余裕かませてるなあ」
「ほんとだよ、ねえ立村、あんたたち何か生徒会からもらってたりする?」
「そんなわけないって。ただ俺としては」
誤解を招かぬように言い訳をすることにした。美里のためにもだ。
「なんとなくだけど俺は清坂氏に生徒会に行ってほしいなって思ってたから、ああやっぱりなって思っただけだよ。規律委員が悪いわけじゃないけど、やはりその雰囲気じゃないだろうなって感じもしたし、かといって評議に返り咲くのも他の人たちのこと考えると難しいだろうし、ならやっぱり、委員とは離れたところでいいんじゃないかなってさ」
いぶかしげな顔をする三名にさらなる説明を求められるような雰囲気だ。まだぬくもりの残る栗をつまむ。
「別に誰かに握らされたとかそういうことないって! けど清坂氏確か言ってただろ? 夏休みに個人面談でうちの担任から生徒会入ること勧められたって」
「そんなこと話したっけ?」
「羽飛もその話のとき一緒だったような気するけどさ」
無理やり羽飛に話を振るがどうも忘れているようで首をひねっている。
「んなこと言ったか? まあ俺も個人面談担当は麻生先生だったがな」
「そうだろ。あの担任はともかく、俺も生徒会というのは確かにありだなって気はしてたんだ。中学と違って高校は毎年クラス替えだし、そうなるとどうしてもひとつの委員会に三年在籍するといった手が使えないだろ。英語科は別だけどそれでもあの担任は」
「立村、あんたがもともと担任と相性悪いのはわかってるけど麻生先生といいなさいよ」
こずえに注意されるが無視をする。
「関係ないって。とにかく学校側としては委員会を部活動化することには反対しているんだなって気はひしひしとするよ。そう考えると中学時代の乗りで委員会活動を続けるのはもったいないんじゃないかなと、そんな気がしたんだ」
みな頷いている。現在C組の評議委員を任せられている羽飛も、A組の女子評議であるこずえも。
「でも生徒会なら確実に一年は同じ仕事を担当できるよ。委員会と違って仕事内容も全然違うだろうけれど。じっくり腰をすえてやるんだったら生徒会が一番清坂氏に向いているような気がなんとなくしたんだけど、その発想変か?」
みな黙っている。口を切ったのは美里だった。
「うん、当たってる。立村くんわかってるね」
そのまま美里は理由の説明に入った。
「今、立村くんが話してくれたこととほぼ一緒なんだけどね」
また上総のほうをちらと見やり、
「私、今回初めて規律委員に回ったでしょ。正直悔しかったよ。規律委員が嫌いとかそういう意味じゃなくて、なんで外部の人にいきなり評議を取られなくっちゃいけないのって。もともと担任と相性悪かったというのもあるしクラスの女子たちにも最初誤解されてたてのもあるし。でも、最近になって少しずつ方向が変わってきててね」
言葉を留め、こくっと頷き続けた。
「合唱コンクールで私、静内さんと思い切り言い合いしちゃったんだ。彼女が悪いというよりも音楽に対して異常なほど完璧さを求めるところに一部の女子が耐えられなくなってて。これ、立村くんなら分かると思うけど、合唱コンクールの最終目的は音楽のレベルアップを図るのではなくてクラスの団結力だと思うの。肥後先生が聞いたらがっかりするかもしれないけど私はそう思ってる。美しいメロディはもちろん大切だけど、それを求めすぎてたどり着けない人を貶める指導の仕方はやはり間違ってると思う」
「そうだな、俺はそれに賛成するよ」
こずえも上総と美里を両方見て頷いた。
「じゃあ何か、美里。うちのクラスみたいなスパルタ練習はなしか? 難波泣くぞ」
難波の指揮者としての燃えっぷりを知るゆえに笑ってしまう。
「難波くんはねえ。貴史、よくC組ついてこれたよねえ」
「そりゃあもう、評議の俺が」
「違うよ、みんな協力しあえるだけの力があったんでしょ、団結力」
あっさり美里は切り捨てた。
「うちのクラス、つまりB組だけどその団結力が弱すぎたの。夏休み前は私を仮想敵にする形でいろいろやってたようだけど。だって静内さんの合唱に対する音の神経質な態度ありえないよ。別に合唱部でコンクールに出るわけじゃないんだもん。声が出ない子にまであそこまで高いものを求めてどうするの」
人のことは言えない。上総は頭を下げる。
「あまりにもひどいから私なりにいろいろ話をしたんだけど、それがやる気なしと勘違いされちゃって。まあね、私も最初のうちはクラスの稽古休んじゃったから誤解されてもしょうがないんだけど」
「俺のせいだよな」
小声でつぶやいたつもりだが美里にまたえらく頭を下げられてしまった。
「違う、違うってば立村くん。私、決して立村くんを責めたわけじゃないんだって! 他の子たちも事情があって稽古できない子だって本当はいたんだけど、そんなこと言ったら静内さんがきーっとなるからしかたなく合わせてたみたいなんだよ。それってあんまりだよね」
「難しいとこだけどねえ。私も今回の合唱コンクールにおいては最初から最後まで振り回されっぱなしだったから、どちらの気持ちもわかると言っちゃあわかる。けどね、やっぱりクラスの団結が最優先ということは私も同感。成功したと思うよ。ねえ立村」
さりげないフォローに感謝する。美里は無理やり話を生徒会話に戻した。
「で、とにかくなんだけど私としてはこのクラスに対しての思いがだんだん冷めていったというわけ。たぶんこの調子だと次期のクラス委員改選ではやっぱり彼女だよね。私が仮に立候補したとしても確実になれるかどうかはわかんないし。担任が私のこと敵視してるし。でも、生徒会は違うじゃあない? 生徒会は全校生徒の選挙で決まるじゃあない? クラス来年変わったとしてもしっかり続けられるし、それにね」
深く呼吸して美里は全員をじっと見つめ直した。
「立村くんの言う通り、青大附高での委員会活動には限界があると思う。これ、学校祭の時に生徒会の人たちや他の委員会の先輩たちと話してすっごくわかったの。中学が結城先輩、本条先輩の力で委員会最上主義で過ごしてきたからぴんとこなかったけど、結局高校で何かを動かそうとした時一番やりやすいのは生徒会なんだよね。結城先輩も最初は委員会でいろいろやろうとしたらしいけど、結局生徒会がネックになって本当に試したいことはできなかったって話、してたよ。本当は本条先輩に代わりをやらせて生徒会に放り込みたかったらしいけど、結局来なくてそれも叶わなかったんだって」
上総の顔を全員が見つめる。なぜそういう目で見るのだろう。関係ないのに。
「こずえや貴史は気づいてると思うんだけど、今の二年の先輩たち、あまり生徒会や委員会に積極的な人が少ないよね。よっく聞いたらやはり本条先輩がいない分求心力のあるカリスマが見当たらなくって、みな個人主義に走ってるんだって。それに、ここだけの話なんだけど」
美里は声を潜めた。
「今の生徒会にいる二年の先輩たち、全員次回出馬しないんだって!」




