13 密林緊急会議(3)
すでに高層マンション内のこずえ邸には羽飛も到着していた。上総と美里の時とは違った盛大なもてなしが成されているようだ。ジャングル度も前回来邸時よりはるかに緑が増している。やたらとゴムの木、サボテンが林のように影をこしらえている。
「俺たちかえってお邪魔虫のようだな」
さりげなく言ってやると思い切りこずえから背中を叩かれた。
「何言ってるのよ、あんたたちだって少しは私のためにサービスしてくれたっていいじゃん! ねえ美里?」
「サービスたって、貴史、あんた私たちが来るまでにいくつケーキ食べてたの?」
「だって食わせてくれるってんだから当然じゃねえか。けどまじうまいな古川。お前料理の路で生きるってのも手だぞ」
「って感じ。こうやって褒めてもらえると女も磨かれるよねえ」
突っ込んでもむなしいので、まずは病院お見舞い用としか見えない果物の籠を差し出した。当然大爆笑。受け取ったこずえが抱えたまましゃがみこむ。
「あんたたち、なんでこういう笑うしかないことやってくれるのよ。本当だったら私だって『いいのに、そんな気遣いしなくて』とか言えちゃうのに、これじゃあもうねえ」
「でもここの果物屋さん新鮮でおいしいって有名みたい」
「わかってる! じゃああんたたちは今日ケーキのかわりにひたすらこのりんごとなしを食べてよね。水菓子っていうじゃない」
ふざけつつも四人全員揃い、こずえの母にも笑顔で挨拶したのち改めてケーキが並べられた。「水菓子」も当然いただく。羽飛も当然のごとく遠慮なく食いまくる。
「んで、今日のテーマなんだけど美里の提案なんだよね」
しばらくしょうもないつっこみをしあい、こずえの母が退散したところで切り出した。
「あんたにしては珍しいよねえ。いったいどうしたのよ。羽飛にも聞いたけど知らないって言うし」
羽飛も剥いたなしをかりかりかじりながら答える。
「そうだ。俺も美里からは相談があるってことと、この四人で集合するってことしか聞いてねえもん。どうした、またB組でバトルやらかしてるのかよ」
「バトルまではいかないけどね。でも、まあ、なんとかやってるよ」
美里は羽飛の隣りでりんごをフォークで刺した。
「さっき来る途中で立村くんにも話したけど、学校祭で私の方に追い風が吹いてるって感じはするよ。東堂くんともまあある意味和解したみたいで規律委員会でもうまくやってるし、先輩たちには可愛がってもらってるし」
「そうか、規律委員会では問題ねえんだな」
意外にも羽飛は美里から特別な話を聞いていないらしい。そちらの方が驚いた。こずえが口を挟み、大げさにため息をついた。
「学校祭といえば、私もつくづく美里のぶちきれる気持ちがわかったような気するよ。なんなのあんたのクラスの女子評議、もっと機嫌よく協力しなさいって言いたいよね」
なんとなく言いたいことは伝わってきた。上総も正直な感想を述べておいた。
「最終日フィナーレはもっと他の人たちと合わせて踊ってもいいんじゃないかという気はしたな」
「あ、立村くんもそう思ったでしょ? 合唱コンクールでは指揮者で威張っていたくせに、いざフレンチカンカンの踊りの時には見るからにやる気なさそうで、足も上げないしただ歩いて回っているだけ。やりたくないのはわかるけど、それこそみんなに合わせてよって言いたいよね。こずえみたいにとまでは言わないけど!」
美里がごくんとりんごを飲みこみ言い募る。
「せっかくだし聞きたいんだけど古川さんいいかな」
「はいどうぞ、質問コーナーね、はい立村くん」
「あの学校祭のフィナーレだけど、なんで真ん中で古川さんがソロで踊ったの」
ずっと気になっていた。学校祭最終日の夜は、結城評議委員長の演出兼舞台監督として見事に仕切っていた。オープニングのインディアンたちの踊りから始まり、評議女子たちのフレンチカンカン……ただしお色気は控えめ……、さらにバレエをたしなんでいるであろう女子たちのモダンな踊り、その他有志たちの合唱、吹奏楽部の演奏、いろいろ組み合わされて最後は全員でマイムマイムしながら再度フレンチカンカンの盛り上がりで締める。ふつうだったら要素が多すぎて混沌としたままで終わりそうなものなのだがそこが結城先輩たるところで放送局のDJ放送なども交えつつずいぶんと盛り上がった。
ただ、評議委員会の「フレンチカンカン」については羽飛、古川、ふたりからも全く情報が上がってこなかった。よっぽどのトップシークレットだったのだろうがそれにしてもここまで情報管理されているとは思わなかった。
「あああれね。カンカン踊り自体がぎりぎりで決まったのよね。なんか盛り上がりにかけるから少しセクシーなものも入れたいって結城先輩が言い出したのよ。でもそれ学校祭の始まる直前。なんなのって言いたいよね」
かなりタイトなスケジュールだったようだ。羽飛も続ける。
「俺は当日まで全然聞いてなかったぞ。リハーサルもほとんどやらないでぶっつけだったからなあ。なあ、古川。あの衣装どうしたんだ? あれも全部、結城先輩が用意したのか?」
「そう、さっすがそこんところが結城先輩だよね。『日本少女宮』になんか似たような演出のものがあるらしいんだけど、それをアレンジしたかったらしくって。でもよく評議全員分揃ったと思って。実際スカートはいてみたけど、すごいよ、まじで中見えないの。足上げても平気なの。もう私、踊っちゃったよ」
「で、なんで古川さんだけど真ん中で踊っているのかってことを知りたいんだけどさ」
こずえはけげんそうに上総を見た。
「なんなの、私がソロなら不満でもあるの」
「ないよ。よかったと思う。でも一応一年なのにすごい抜擢だろ? 結城先輩の趣味が合ったのかなと思ってさ」
カンカン踊りは一年から三年まで十二人の女子評議が担当した。大抵の場合は三年か二年がソロのいいところをもらうだろう。それがなぜいきなり一年なのか。
「まあなあ、轟が指名されなかったのはともかくとしてもだ、なんで古川だったというのは疑問あるよな」
「あのね、これは立村の言う通り完璧結城先輩の趣味」
あっさりこずえは認めた。
「時間も押してたじゃん? どうせそんな派手なダンスできないんだから足だけ上げるまねしてお尻ふりふりでいいじゃん? みんなせっかく最後だしってことで盛り上がったんだけど、ほら美里の組のあの人だけがずっとぶーぶー言っててね。別に静内さん目立つのが嫌いなわけじゃないよねえ。合唱コンクールで指揮者やったんだからさ。けどねえ、女子同士で下品な振りをするのはモットーに反するってずっと文句言ってたの。結局結城先輩に逆らうことはできなかったからしかたなく合わせてたけど、いかにも私は手を抜きましたって雰囲気漂ってたよね」
「まじめな人なんだろうな。それで、古川さんは」
適当に受け流して続きを促した。
「そんなんだから、誰かひとりもっと盛り上げなくちゃと思って私の方からまず女子の先輩たちに提案したわけ。誰か三人くらいで真ん中で派手に踊ろうよって。そしたら先輩たちやさしいんだよ。すぐに結城先輩に言ってくれてそれで私にやらせてくれたんだよ。見えなかったかもしれないけど他の先輩たちもさりげなく私を引き立てるように踊ってくれてたから私だけじゃないんだからね。ソロじゃないよ」
──単純にあまり目立ちたくなかったんじゃないか。
あの踊りでとことん目立つことをよしとするのは、やはりこずえだけのような気がする。むしろ静内のように「下品だから」という理由でやる気をなくした振る舞いをするほうが自然なんじゃないか、とも思うがあえてそれは飲み込んだ。




