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12 密林緊急会議(2)

「立村、悪いんだけどあんた美里と先に行ってもらえるかなあ」

 放課後になりコートを羽織っているとこずえに声をかけられた。すでに一時間目が終わった段階で家への連絡は終わり、大歓迎の伝言をいただいたのだが、

「いいけど、なんで」

「私だって羽飛とデートしたいに決まってるじゃん!」

 わかりやすい人ではある。納得して上総も教室を出た。委員会関連のしがらみがなく、補習も予定がなければすぐに帰っても問題なしということだ。生徒会役員選挙とクラス内委員改選が終わった後には実力試験が、その後は期末試験へと雪崩打つ。

 ──ここいらで少し本気出しとかないと、家追い出されるよほんとに。

 全くもって前回の中間試験は手抜きし過ぎた。心底反省している。本条先輩にもいろいろ言われたけれども、上総としてはとにかく母に約束した「文系十位以内」の復帰をなんとしても果たさねばならない。下手したら電子ピアノを取り上げられるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。

 B組の教室前でタイミングよく美里と合流し、のんびり生徒玄関まで歩いた。

「こずえがそんなこと言ってたんだ」

 羽飛とのデート狙いについて説明すると美里は吹き出した。

「もうほんっと笑っちゃうよね。貴史もどんな顔してるんだかね」

「いつもの調子だろう。でも今日は規律委員会の週番はないのか?」

「ないない。だから私もあっさり帰ることができるんだから、ね」

 そこまで話したところで外部三人組フルセットとすれ違った。関崎が笑顔で片手を挙げたので挨拶を交わした。静内相手には美里も一瞥するのみ。相変わらず態度は強硬なままらしい。校舎内でつっこむのもなになので外に出ることにした。

 自転車置き場まで歩き、互いに引っ張り出す。押して歩く。こずえたちより早く着くのはできれば避けたい。美里も同じ考えのようで、

「じゃあ、やっぱり何かお菓子買っていこうよ! そのくらいだったらいいよね」

「何がいいかな」

「時期が時期だし、そうだ、果物の詰め合わせなんてどう? 病院のお見舞いに行くような感じでなら、あとでお母さんたちも食べられていいんじゃない?」

 タイミングよく小さな果物屋の病院お見舞い用セットを発見した。ふたりで割り勘して買えば量が多くともさほどの負担ではない。なし、柿、ぶどう、くり、りんご、かなりの量をおまけしてもらい上総がぶら下げていくことにした。

「重たいね、ごめん」

「いいよこのくらい。でも、あのさ」

 商店街を通り抜け、青大附属の制服を見かけなくなった道まできて、上総は尋ねた。

「B組ではその後、大丈夫か」

 どうしても聞いておきたかった。できれば二人きりの時に。

 

 美里は一瞬虚を突かれたような顔をしたがすぐに、

「相変わらずだけど、最近は少しずつよくなってると思うんだ」

 明るく答えた。

「あの人とは相変わらずだけど、学校祭のあたりから規律委員会でそれなりに活動したりしてて、私が口ばっかりの役立たずじゃないってことがようやく伝わってきたみたい。担任は無視してるみたいだけどそんなの関係ないもんね」

 ──相変わらずか。

 上総が黙っているのを勘違いしたのか、美里はすぐに付け加えた。

「あ、でもね、東堂くんにはちゃんと言ったよ。立村くんの言う通りにしたからね」

 さらりと伝え、続いて、

「本当は私も文句言いたかったよ。そりゃね。あのマスコット結局気づかぬうちに桜田さんと杉本さんに全部丸投げして縫わせてたんだもん。男子の手抜きもいいとこって思ったよ。立村くん、杉本さんから事情聞いたでしょ」

「ああ、大体は」

「でも、立村くんが言う通りなのかなって思った」

 美里はじっと上総を見上げ、またにっと笑いかけた。

「たぶん縁のかがりぬいを普通の並み縫いにして、その糸をわざと色違いの太いものにしてかわいらしく作るテクニック、あれ、絶対杉本さんの提案だと思った。あれだったらフェルトの縁をかがるより確かに早いよね。規律の他の女子たちもそれ聞いて、自分用に作るって子が激増したの。先輩たちもよ。杉本さんのテクニックで私の株、上がりまくり」

 手提げから、「幻の制服」女子制服用マスコットを取り出した。少しデザインが違っているような気がする。上総が家庭科室に手伝いて入った時は確か顔と手と足はなかったような気がする。

「これね、杉本さんから今日もらったの。いいでしょ!」

「見てもいいかな」

「もちろん!」

 かわいらしいお下げ髪に黒い瞳の少女が、ど派手な蛍光黄緑の制服姿をまとっている姿。しっかりかがられている。制服のみをぐるっと縫い付けたタイプのマスコットよりもはるかに手が込んでいる。さらに襟元もフェルトではなくいかにもスカーフに見えるようなやわらかい布を使っている。

「手が込んでるよな」

「もう一生宝物にしちゃう。無理に東堂くんを言い負かさないでよかったって思ったよ。立村くんの言う通りぐっと押さえてちゃんと謝って相手を立てておいて正解だったってほんと思った。ありがと、立村くん」

 上総の手から美里はマスコット人形を取り返し、またかばんにしまいこんだ。


 ──やっぱりか。

 規律委員会の学校祭準備一環として、一時期青大附高の制服候補として上がっていた蛍光黄緑の制服、通称「幻の制服」を三人の生徒がまとい、警備の合間に来客者と写真を撮ったりコミュニケーションをとったりといったサービスを行うことになっていた。

 その三人のうちのひとりで、女子のセーラー服を着ることが出来たのが美里だった。

 ちなみに男子は南雲と関崎。どういう観点からの選択なのかが少しなぞではある。 

 その際に

「せっかくだったらみんなで制服のマスコットつくってみんなでぶら下げようよ」

 と提案し採用された。美里も自分から言い出したこともあってか、型紙をこしらえたり作り方を男子たちに説明したりとそれなりに活躍していたのだが、もともと感情的に対立していた相棒規律委員の東堂といろいろトラブルをかかえていた。

 東堂も縫い物嫌いならうまく言い訳するなりすればよかったのに、何を考えたのか彼女の桜田愛子にそのセットを一部渡し、何体かこしらえてもらうよう依頼した。

 桜田愛子の友だち、杉本梨南がそのことを聞いて手を出さないわけがない。ましてや杉本は青大附中切っての手芸の名手でもある。あっという間に一体こしらえただけではなく、もっとお手軽にこしらえられる型紙や人形もわざわざ用意し、最終的には人形を全部自分らで作り上げてしまったという結末だった。

 ただ、桜田にせよ杉本にせよ、青大附中の生徒だ。規律委員としての活動をしているでもない。単純に東堂とのつながりのみだ。本来規律委員会としては望ましくない行為でもある。美里が面白くない感情を抱いたのももっともだ。

 美里が続けた。

「立村くん、言ってた通り男子って女子が頭下げてくれるのがうれしいんだね。こんなにがらっと態度変わっちゃうもんなんだってびっくりしちゃった。もうあっという間に、『やっとわかったんだったらもういい、せっかくの規律委員同士だし、成功させるためにお互い全力つくしましょうや!』とか言うんだよ? なにこの人、どうかしちゃったんじゃないって思っちゃった」

「清坂氏が言う通り、本来は規律委員がすべて賄うべきだと説教しても間違いじゃないけど、正論言ってさらに東堂をむくれさせるよりも清坂氏が頭を下げたほうがあとあといいかなと思っただけなんだ。悔しい思いさせたらごめん」

「ううん、いいよ。どうせすんだことだし、東堂くんともうまくいってるし。私もこれでひとつ賢くなったな。どんなに相手がど顰蹙なことやらかしても自分が大人になって相手の努力を褒めまくればことは解決する、かもってこと。逃げ場が必要ってことなのね」

 ここまで言ったところで美里は改めて上総を見上げた。

「今までそうしてあげてなかったよね、立村くんには。ごめんね」

 上総は首を振った。言葉は使いたくなかった。ただ笑顔だけ返したかった。

 

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