11 密林緊急会議(1)
学校祭も一段落しあっという間に日常へと戻っていく。中学時代とは違い後片付けもほとんど身体を動かすことのみだし、そもそも上総は全く学校祭の行事関連に携わっていなかった。一応は海外からの留学生……主に英語圏外の……たちとの交流を大学の校舎で手伝ったりもしたけれども、せいぜいそのくらいだろうか。
「寒くなってきたねえ。もう今日、冬コート出しちゃったよ!」
今朝も古川こずえに話しかけられて、改めて霜月を感じる。
「確かにな。自転車漕いでいると風がきつい」
「だよねえ。そういえば美里、すっごい可愛いコート、どこで見つけたの?」
いつものようにB組から出張してきている美里が、上総の隣りでくるりと回った。
「この前、通信販売のカタログで見つけたの。お姉ちゃんとおそろいで。ほんとはいやだったんだけど二着だと割引になるからってことでね」
「似合ってる似合ってる! ちゃんと校則潜り抜けていてるのに襟が丸くてすっごく可愛い」
女子同士の洋服褒めあいを聞きながら上総は遠くの席で語り合っている関崎・藤沖・片岡の三名を見やった。学校祭が終わってからやたらと三人で相談事する様子が気になっていた。もともと気が合うというのもあるのだろうが、ずいぶんひそひそやっている。
──やはり、改選が近いからだろうな。
「ねえねえ、こずえ、立村くんもちょっといい?」
まだ朝一時間目が始まるには間もある。美里が小声でふたりを招いた。他人には聞かれたくないことだとすぐにわかる。
「どうした?」
「あのねえ」
珍しく美里が言いよどむ。こずえに絶賛された裾の広がったマントのようなコートを脱いで抱きしめるようにして。
「今日の午後なんだけど、時間もらえる?」
「いきなりなによ、まあいいよ、今日は委員会ないし。立村あんたは?」
「大丈夫。補習もないし、大学の授業もないし。学食に行こうか」
軽い気持ちで伝えると、美里はぶんぶん首を振った。
「違うの。学校の中はできたら避けたいの。どっかいい喫茶店とかないかな」
「悪いけどそっちは今月ちょいと辛いのよ。学校祭で散財しまくっちゃったでしょううちの評議委員会。私もそれに応じて金欠。立村、あんたがおごってくれるなら話は別だけど」
「冗談じゃない。けどまじめな話、清坂氏、何か内密にしたいことでもあるのならできるだけお金のかからないところ探すけどさ」
様子を伺うと美里の表情はどことなく不安そうなところが感じられる。もともと美里のイメージは夏のひまわり。秋になったところでいきなりしおれるなんてことはない。学校祭の間も規律委員として「幻の制服」なる黄緑色のセーラー服姿でうろつき人気を博していた。上総も遠くから見ていたが、自分で着ると恥ずかしくなりそうな色合いも美里だとよく映えた。写真は……さすがに撮らなかった。十分規律委員という枠の中で楽しんでいたようなので、ひそかに胸を撫で下ろしていた。上総だけの感慨ではある。
なのに、なんでだろう。今だけは妙な緊張感がある。
「貴史にも頼んでるんだけど、立村くんも協力してくれるとうれしいな」
となるとカラオケボックスくらいしか思いつかない。もう十一月ともなると長時間外で安座して語り合うのにも限界があるし、喫茶店は確かに金がかかる。自分の部屋を提供できれば越したことないが女子を連れ込むのは余計な誤解を招くしそもそも品山は遠すぎる。
「あっそっか。美里、先に言ってよお、私のうちに来ればいいじゃん!」
はたとこずえが手を打った。
「羽飛も一緒だったらさ、うちでなんか食べながらだべればいいじゃん!」
「あ、でもこずえ、お母さんに連絡入れておかないとまずいんじゃない? 今日いきなりだとなんか」
確かこずえの母はフレンドリーだが意外と監視が厳しい人らしく、遊びに行くにしても予約が必要と聞いたことがある。こずえは笑顔で首を振り、
「一時間目終わったらさ、うちに電話かけておいて予約入れとくよ。あんたたちの顔うちの母さんもわかってるし特に立村、あんたはピアノの音も登録済みだからね。ひさびさにうちのピアノ、弾きたいでしょ。ちょっとすぐに頷くのやめなさいよ」
「頷いてたか?」
気づかなかった。上総を見てふたりが顔を見合わせて笑う。
「そうそう、立村くんピアノまだ続けてるんだよね。毎週一回練習に通ってるんでしょ? 今、何、習ってるの」
「ブルグミュラーの曲やあと、バッハインベンション一番。ほんと難しいよな」
「うちで練習してるの?」
「それはもちろん。電子ピアノあるし」
「そっか。じゃあこずえのうちが一番落ち着くね。あとで立村くんのお稽古の成果も聴きたいし。ごめんねこずえ、わがまま言っちゃって」
そろそろB組に戻らないとまずい。美里はほっとした顔でコートを抱えてふたりに手を振った。
「ありがと。じゃあね、またあとで! 貴史にも言っとくね」
「どうしたんだろね」
美里が自クラスに戻った後、こずえが眺めつつ上総に尋ねてきた。
「なんかいつもの清坂氏じゃないよな」
「そうそうそれに美里って、最近いきなり相談するなんてことあんましなくってさ。羽飛も巻き込んでって何があったんだろね」
「B組のことかな」
気になったので口に出してみた。詳しいことは噂でしか流れてこないが、B組における美里の立場が少しずつ変わってきているらしいとは耳にしていた。合唱コンクールが終わるまでは静内、東堂、そして野々村先生と折り合いが悪く居場所も見つけられない状態だた美里が、最近はふつうに会話をしているようだった。東堂にもさぐりを入れてみたが、どうやら学校祭にちょっとした見直しのきっかけがあったらしく、中学時代程度の好感度は取り戻せているらしい。何よりだ。
──俺が言ったことやっぱり気にしてたのかな。
学校祭前のちょっとした会話を思い出した。家庭科室での規律委員会マスコット作りを企画してさらに話が泥沼になりそうだったのを、さりげなく美里にアドバイスしたことがあった。いやアドバイスというような偉そうなものではない。なんとなく伝えただけだし影響があったとは思えない。が、もし効果があったとすればそれはそれでうれしいとも思う。
「静内さんともね、いろいろあったようだけども最近は美里にも味方が増えてきて五分五分の立場みたい。美里、規律委員会で『幻の制服』姿で学校内のアイドルになっちゃったじゃない。それが結構、利いたみたいよ」
「そうなのか」
「そうよ。そういえばもうひとり学校内の新しいアイドルがうちのクラスにもいるじゃん」
ふたり、関崎を見る。全く気がついていない。
「『幻の制服』は偉大だな」
「そ、偉大よ。上下関係逆転できるだけのパワーがあるってこと。さってとあとでうちに電話かけてくるとすっか!」
こずえは胸ポケットの生徒手帳に一枚、テレホンカードを挟みこんだ。




