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第九話

 寝る前には手を重ねる方法とかも編み出していて、そうやって恋人らしい行動を真似しながら俺たちはベッドに横になっていた。実際の刺激は無い。しかし胸の高鳴りで冷静さを欠いている状態なら、いくらでも錯覚を味わうことができた。そのうち抱き締め合うことだってできるようになるだろう。

 沙希は相変わらず制服姿で、なんだかコスプレをさせているみたいだ。そういうこともあって妙に現実感が薄い。夢の中にいるようだった。

「私、今凄く満足してる」

「俺も」

「死んでよかった、なんて思ったり」

 おいおい、と笑う。

「ごめんよ。もっと早く話しかけてればよかった」

「いいのいいの。気にしないで」

 気にしないで、って。笑ってしまう。沙希にとってはもはや自殺したことさえ軽いことなのか。

「触れられたらよかったのに」

「本当にね」

 それだったら生きている人と同じように付き合えたのに。何をするにもごっこ遊びのようになってしまうのは、やっぱり寂しい。

「でも触れたら触れたで困ってたことになってたかも。私、休みの日は結構荒れてたから」

 それは酷い怪奇現象を起こしていたと思う、と沙希は言った。机や椅子を投げたり、窓ガラスを割ったり。

「ほとんど悪霊だね、それじゃあ。でも誰も私に気付いてくれないから、そうしたい気分だったなあ」

「幽霊も大変なんだな」

「そりゃ、元は人だもん」

「そうだな」

 人間でいる限り苦労は絶えないのだろう。生きている人には幽霊の心のケアなんてできない。もしかしたら死んでから発狂して悪意を持つようになった幽霊だってこの世界にはいるのかもしれない。

「でも触れることができたなら、ぎゅっと抱き締めてほしかったな。今、凄く怖い」

「どうして?」

 見ると、ぽっかりと空洞になったような無表情。しばしば不安が瞳と眉にほのかに宿っては消える。

「満足したら、消えちゃいそうで。よくあるじゃん、そういうの。もっと一緒にいたいよ」

「ああ、そうか。死んでもまだ先があるのか」

 生きている人にとっての死に相当するものが幽霊に無いとは言えないわけだ。仮に心境に左右されるものでないとしても、幽霊がずっとこの世界に居座れる保証は無い。果たして死の先の世界はどうなっているのだろうか。

「また一人ぼっちになったら嫌だな」

 静かに撫でるような声が、確かに俺の中のスイッチを押した。心の中では、ほんの僅かの刺激が途方も無い力となることもあるのかもしれない。そう思った。

「俺、自殺しようと思う」

「何言ってるの?」

 今度は沙希が怒る番だった。今日帰ってきた時の俺みたいに彼女が激しく言葉をぶつけてくる。

「そんなことしていいわけないじゃん。駄目だよ、絶対」

「そうした方が自然だと思うんだけどな」

 生きている者と死んでいる者の差。生活していればどうしてもそれを感じてしまう。

「もしかしたらちゃんと触れるようになるかもしれないし」

 そう言って笑ったら、怒られた。

「だからって死んでいいわけないでしょ」

 必死に止めようとしてくる。なんだかとっても面白い。自殺した人間が自殺を止めようとしているだなんて。

「生きてればいいことあるかもしれないじゃん」

 その通りだ、と思った。もしかしたら、というのを捨てるには勇気がいる。だから衝動的でない自殺をするのは難しい。この先の人生を諦めるのに必要なのは、きっと誰かの一言だ。卑怯な考え方だ。

「生きてること自体はそんなに尊いことじゃないと思うんだ」

「それって」

「そういうわけで、死んでるのにまたちょっと辛い思いさせちゃうけど、許してね」

 馬鹿、と言われてしまう。この後「ありがとう」と小声で言ってくるパターンかな、と思ったのだけど、何分か待っても彼女は何も言わなかった。理解してもらえただけで幸せか。

「ああ、そうだ」

 このまま寝てしまおうと思ったが、大事なことを忘れていた。目を瞑って寝た振りをしていた沙希も目を開いて「どうしたの?」と言ってくる。

「やっぱこういう時って遺書を書いた方がいいと思うんだよね」

「やめといた方がいいよ」

 即座に止めてくる。沙希はやけに冷めていた。

「どうして。その方が絶対面白いと思うんだけど」

「どうせ健治はアニメとかの影響で変な文章を書いて、それで後々恥ずかしい思いをするだろうから」

 刃を捻り込まれたような痛みを伴う図星だった。主人公になった気分で書こうとしていた。

「しかしよくわかったね」

「だって本当に遺書とか書かなくてよかったって思ってるもん。もしニュースとかで全国に放送されたら赤面ものだったから。私が考えてたの」

「なるほど。そういうことか」

 彼女の言う通りに、やめておくことにした。そうとなるともう寝るくらいしかすることは無い。

「おやすみ」

 沙希が「おやすみ」と言うのを聞いてから目を瞑る。

「というか、明日死ぬのに寝る必要無いか」

 気付いて、すぐに目を開けた。

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