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第七話

 授業中、森崎さんは俺の真横に立っていた。まるで一人だけ家庭教師と勉強しているみたいな格好になってしまっている。しかし彼女が要点を教えてくれることは無い。教科書を開けない彼女は誰かに見せてもらうしかない。おまけに雑談しようということで、俺の傍にいる。

「この授業さ、眠くならない?私もう眠れないはずなのに欠伸が出そうだよ」

 頭より高い位置から声が降ってくる。Yの方に指を動かして答えると「だよね」とまた降ってくる。森崎さんも座ればいいのに、と思う。どうせ椅子があっても無くても今の彼女には関係無い。それなのにあくまで生きている時と同じ風に振る舞おうとするのは、なんだか生に執着しているような感じがして、みっともないと思う。ノートに「すわれば?」と書いてみる。

「椅子無いと落ち着かないんだよね」

 苦笑い。それなら机に腰掛ければ、と書きそうになった。しかし俺の机に森崎さんのお尻が乗っているところを想像したら、授業中にそんなふしだらなことはできない、と思った。それに腰掛けるのが椅子では目の高さの差は埋まらない。もう死んでいるのだから、と割り切れないものなのだろうか。未練があるんじゃないか。生きている人と同じようにしていたい理由があるのではないか。

 授業は退屈だ。先生の言っていることが頭に入ってこない。異国の呪文のようだ。黒板に書かれた文字をそのままノートに写す。そしてノートを見つめたまま俺は考える。

 例えばどういう未練があるだろう。森崎さんは、自分は恋愛と無縁だと思っていた、と言っていた。でも無縁だと思っているからって、恋愛したいと思わないってことにはならないはずだ。心の底では求めていたのではないか。それから、部活に入っていなかったけど、何かに打ち込む青春にだって憧れているのではないか。部活でなくてもいい。教室内で目立っているグループのようにわいわい賑やかに過ごしたかったとか。それから。例えば。例えば。例えば。ええと。

「おうい、寝ちゃ駄目だよ」

 森崎さんの声が眠ってしまいそうだった俺を引き上げてくれた。

「おはよ」

 すぐにノートに「ありがとう」と書く。すると「どういたしまして」と返ってくる。なんだか嬉しい。こういうのに憧れていた。教師にばれないようにする秘密のやり取り。あまりにも楽しいから、恩返しがしたくなる。もし未練があるのなら、絶対に力になりたい。そう思った。

 寝そうになっていたからなのか、それともつまらなくても時間はきっちり進んでいるからなのか。授業は終わってみれば、思っていたより早く終わった、ということが多い。授業が長く感じるのは当然困るけど、あっさりと終わってしまうと、なんだか物足りないような気がしなくもない。もしかしたら俺たちの人生もそんな風に「えっ」と思わず言ってしまうくらい、あっという間に終わるのかもしれない。

 数学の授業になると、森崎さんは暇を持て余し始めた。皆がノートに長い計算を書いている間やることが無いのだ。「ふう」と何度も溜め息を漏らしていた。

「もう授業聞いても意味無いんだよねえ」

 独り言のように言うが、問題を解いている俺に語りかけているのは明白だった。手を休めないようにしながらも、彼女の言うことに意識を傾ける。

「受験とかしないし、生きている時には有効な知識なのかもしれないけど、もう使い物にならないかもしれないし」

 そうだね、と答えはしないが、そう思う。特に物理はつまらないんじゃないかと思う。

 もし魔法が使えるファンタジーの世界なら、科学はこの世界のようには発展しないと思う。魔法をどう活用すれば生活が便利になるのか。魔法を活用することで何ができるか、というアイデアが人類の発展に繋がるのではないか。そんな妄想をよくする。

 重力を無視して浮いてしまえる森崎さんが物理を学ぶには、寄り道を楽しむ時の余裕が必要なのだろう。それ以外の教科でも多かれ少なかれそれを要求されるはずだ。

「必要じゃないから、勉強なんて面倒だなって思うことは無くなったんだけど、その代わりあんま集中できなくなっちゃったんだよね」

 授業が遠い。まるで窓の外側から教室を覗いているかのように他人事だ。森崎さんに魂を持っていかれているのかもしれない。幽霊には幽霊らしい生活があるはず。ファンタジーの妄想と同じだ。幽霊のための学校があればね、と書いてみると森崎さんは感心したようだった。

「そうだね。それあったら退屈しないで済みそう」

 死後の世界というものがきちんと存在してくれたらよかった。そう森崎さんは言った。そしてすぐに欠伸の真似事をしながら「暇だなあ。ねえ、授業さぼっちゃわない?なんてね」と言ってきた。イエスとしたいが、そういうわけにもいかない。「そうしたいけど。未練って無いの?やりたいこと」と書いた。

「だからやれることが無いんだって」

 物を動かせるか、声を聞いてもらえるか。どっちかできればよかったんだけどどっちも無理みたいだから、と森崎さんは苦笑した。

「怪奇現象起こせない幽霊なんて、いる意味無いよね」

 自虐までする。とりあえず「んなことない」と書いておくが、どう励ませばいいのやら。幽霊の心はよくわからない。

「ちょっと散歩してきていいかな?」

 どうぞ、と書く。「ありがと」と言って森崎さんは授業から抜け出した。とりあえずは彼女が自分の席に座れるようにしてあげたい。けれど椅子を引っ張ると注目されそうで、心がそこまで頑丈じゃない俺はすぐに諦めてしまう。勇気が無い。

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