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第四話

 ルールが違っている、というのはこういうことなのかも。

 森崎さんはすり抜ける。物に触れられない代わりに、物に阻まれない。そんな幽霊相手にプライバシーは守ろうにも守れない。森崎さんは侵入してきたわけではないけど、他人を迎え入れる準備を全くしていない自室に招くことになってしまって、落ち着かない。もしかしたら森崎さん以外の見えない幽霊が俺たちを見ているかもしれない。

「あまり見ないでくれると嬉しいんだけど」

 そう言うのだが森崎さんは「気にしないでいいよ。私、いないようなものだから」とちょっとずれたことを言って、部屋の隅にまで興味を向けるのをやめてくれない。

「誰にも言いふらしたりしない、ってかできないから、変なこととか普段通りしていいよ」

「しません」

 やめさせようにも触れることができない。抵抗は不可能。俺たちの中にあるマナーとかルールとかいうものは生きている人間同士だから成立するものなのだ。どうでもいい発見。だけどそれについて考えることしかできない。椅子に体を預ける。

「フィギュア無いんだね」

 ベッドの下を覗きながら森崎さんは言った。遠慮くらいしてほしい。

「流石にそれ置いちゃうと親が何か言うかなって」

「ああ、わかる。親に見つかった時やばそうだよね。越えられない一線って感じ」

 暗くてよく見えないや、と森崎さんは言いながらベッドに腰掛ける。

「っていうか、森崎さん、フィギュアに興味あるの?」

「美男子のフィギュアも無いわけじゃないよ。私の好きなゲームのやつ出てるし」

「うわ、そうなんだ。初めて知った。アクションフィギュアとか小さいやつとかじゃなくて?」

「うん。じゃないやつも一応」

 美少女フィギュアという語呂がいいし、その言葉は所々で見かける。それに男性のフィギュアは見たことが無い。だからフィギュアは美少女であると思っていた。

 オタクであることを互いに明言しないまま会話が進むのが少しだけ怖い。暗闇を歩いている時の心細さにも似ている。俺は彼女の会話を盗み聞きした時に彼女がそうであることを知った。森崎さんはこの部屋にある物を見ているのだから気付かないはずがないだろう。だからいちいちオタクであると宣言する必要なんて無いのだけど。

「そっか。森崎さんもそういうのに興味があったんだなあ」

 そう言わないことにはすっきりできない。オタク趣味ってなかなか前面に出せるものじゃない。だからお互いにオタクなのだとわかった時には仲間意識のようなものが生まれることだってある。好きな人となれば尚更、それをはっきりとした絆として感じたくなるのだ。

「生きてるうちに話すことがあったら、友達になれたかもね」

「今からだって遅くないでしょ。だって俺には森崎さんが見えるんだし」

 こんなことならもっと早く話しかけておけばよかった、とも思うけど。オタク同士で気が合うなら親友にだってなれたはず。そうすれば森崎さんが自殺するのを止めることだって。そう、俺は森崎さんが自殺するのを自分の手で止めたかったのだ。

「あわよくば友達から恋人同士になろうって考えてたり?」

 からかわれてしまう。さっきの告白めいたものを茶化されて恥ずかしい。森崎さんは恋について真面目にならないみたいだ。それはきっと当事者になれないからで。だから俺は「ばれちゃったか」と言って変な顔をしながらおどける。見えないなら仕方ないけど、見えるなら生きているのと似たようなものだ。近付きたいと思うのだって自然なはずだと思いながら。森崎さんはくすくすと笑っていた。

 それから何時間か、俺たちは友達のように喋っていた。あまり大声を出すと親に聞こえてしまうから、そこに注意を払いながら。

「幽霊が出てきたり死人が蘇ったりするのって何があったっけ。最近アニメであったよね、何だっけ、タイトル」

 何だったっけかな、と考えながら時計を見ると、十九時をちょっとだけ過ぎていた。手で「待った」と告げる。メモ帳とペンがあったので、それに書く。森崎さんが近寄ってきて、俺の背後に回った。

「そろそろご飯だから」とまず書いて、次に親が呼びに来るであろうことを教える。

「了解」

 森崎さんは背筋を伸ばして敬礼する。そのポーズのまま彼女は「提案があります」と言った。俺は首を傾げて、促す。

「授業中とかでもいちいち文字を書くのは時間がかかるので、簡単に会話できるツールを開発すべきだと思います」

 確かに、と書いて同意する。そこで足音が聞こえてきた。母が「夕飯」と呼びかけてくる。

「あいよ」

 そう答えながら、ペンを走らせる。「考えといて」と書いた。

 しかし森崎さんは部屋に留まることはせず、俺と一緒にリビングに来た。テーブルに並んだおかずを見るなり「おいしそう」と一言。どこにでもありそうなクリームシチューやサラダなのに。恥ずかしい。しかし親がいる手前、注意することも表情を変えることもできない。

 父も母も森崎さんもバラエティ番組を見ている。やけに緊張しているのはこの場で俺だけだった。見知らぬ女の子が来ているというのに、二人共全く気にしていない。ちぐはぐ。俺の目に映っている室内と二人から見たものは異なるのだと意識しないと、心がざわついてしまう。意識しても落ち着かないのは変わらないけど。

「ごちそうさま」

 素早く食べ終えて、席を立つ。幸いなことに、二人がテレビに夢中になっていたため家族の会話は無かった。やましい部分も恥ずかしい部分も無い。おそらくは。でも他人に無闇に晒したいとは思えない。二人には森崎さんのことが見えていない。だから知られるのは素の家族の姿だ。それには抵抗がある。

「ご飯いいね。私も食べたいなあ」

「供えたら食べられたりしないかね」

 洗面所で呟くように答える。

「それで食べられるならやってもらうんだけどね」

「ところでさ」

 携帯も持っていないから声を出して言うしかない。

「お風呂入るんだ、これから」

「うん」

 うん、ではなくて。見られていると服を脱げない。それを告げると森崎さんは「私もお風呂入りたい」と言ってきた。

「死んでからずっと入ってないんだよね。シャワーを浴びたり、気分だけでいいから味わいたいな」

「却下」

 森崎さんは「はいはい」とすぐに諦めて、どこかに行ってくれる。やっと一人になれた。森崎さんと一緒にいるのは楽しいけど、溜め息が出てしまう。

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