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第十話

 夜通し誰かとお喋りだなんて、女子が電話で遅くまで話すことがあるというのを小耳に挟んだことはあるが、まさか自分がする日が来るとは。かなり意外だった。

「いつもなら起きてる時間だ」

「徹夜しちゃったね。この場合だとオールって言うのかな?」

「なんか目の辺りが変な感じだ」

 眠くてまぶたが重かったのは三時頃までで、それ以降はなんだか目がぎんぎんしている。体が無理に寝ることを拒んでいるような不自然さがちょっぴり不快だ。きっと昼頃には眠くてたまらなくなっているのだろう。その時まで生きているかどうか知らないけど。

 食べて歯磨きをして着替えて、外に出て、テニスボールが入りそうな程の欠伸をしていると沙希が「ねえ、本当にやるの?」と聞いてきた。

「やるよ。じゃないと徹夜なんてできないよ」

 死ぬ予定だから徹夜できるというのもおかしな話に聞こえるけども。

「なんか複雑」

 そう言ってぎこちなく笑う。その苦笑から引き止めるべきなのだろうかと迷っているのが見えた。

「沙希の命に俺の命を左右するだけの価値があったってことで、前向きに行こう」

「健治は、本当にいいの?」

「勿論」

 そうきっぱりと答えるものの、正直なところかなり怖い。傍に沙希がいなかったら自殺は延期になっていただろう。そしてずっと自殺しないまま生きていくのだ。溺れていて苦しいのにいつになっても体内から酸素が絶えない。そんな生き方をするのだ。そう考えると、一人で死ねた沙希は凄い。

「沙希はさ」

「うん」

「どうして自殺したの?」

 沙希は「ううん」と回答に困ったようだった。微風。吹く方向へ行けと俺たちに言っているようだ。しかしそれさえも沙希の体をすり抜けていくのだろう。彼女は「さあね」と答えた。

「いじめとかあったわけじゃないし。なんとなく疲れてて、それから寂しかったってだけで。でも今になってみると、自殺する程困ってたわけじゃないような気がするし」

 首を傾げながら語る沙希。また少し悩んで、今度は明るい表情になった。

「でも空がよかったよ。晴れてて、雲が白くて膨らんでて、優しい感じだった。だからこれなら死ねるって思ったなあ」

 そんな理由で?

 そう思ったが、死ぬ動機としては妥当なようにも感じられた。

「健治はどう?今日の空は死んでもいいって言ってるように見える?」

 空を見てみる。俺たちのことなんてどうでもよさそうに、雲は浮いている。

「難しいな」

 また風が吹いた。決して人の活動を妨げない、草を添えるような風だった。

「でも今日は飛び降りた時、気持ちよさそうな天気だ」

「かもね」

 会話が途絶えるが嫌な気はしない。まるで座禅を組んでいるかのように落ち着いている。天気を味わいながら歩く。昼になって日差しが強くなってくると、もっと気持ちいいのだろう。あの黒猫は車の下に潜んでいた。勿体無いと思ったが、あの猫にとってはそこの方が居心地がいいのかもしれない。

 電車の中。あえて話す必要も無いから話しはしないが、別に喋ってもいいような気がする。もう他人の目はあまり気にならない。

 どうせ死ぬから、恥かくことに抵抗無くなってるのかな。

 自分の心を観察してみる。すると最初に思ったこととは異なるらしいとわかる。すぐに死ぬから何をしたって構わないという計算をしているわけではないみたいだ。興味が無くなった。死人にとって生きている人の社会はどうでもいいもの。そういう理屈だから、無理に話題を作って沙希に話しかけて注目を浴びようという気は起こらないのだ。

 立て続けに人が死ぬとなると可哀想な気もするが、自殺は学校ですることに決めていた。上履きを履いて、すぐに職員室へ。最上階の空き教室の鍵を取る。いちいちチェックするような先生はいない。本当は屋上から飛び降りたいのだけど元々行けないようになっているのだ。俺たちの前に自殺した人がいたのかもしれない。

「この高さから本当に死ねるの?」

 窓を開けて下を見ると、自殺するという前提で見ているからなのか、コンクリートが近いように思える。このくらいなら足を骨折する程度で済んでしまうのではないか。

「私はこんくらいで死ねたよ」

「なんか死に損ねそうな気がしてならない」

「頭からゴーだね」

「オッケー任せろ」

 親指を立てる。内心超怖い。でも死ねなくて「痛い痛い」とのた打ち回るのも嫌だ。恐怖心を和らげるために深呼吸をしなくてはならなかった。それで緊張しているのを知られてしまったが。

「大丈夫だよ。私も一緒に飛び降りてあげる」

「助かります」

 それなら勇気が出る。それになんだか青春っぽい。体を乗り出しながら周囲に人がいないか確認する。

「ええっと」

 死ぬ前に何か言っておきたい。決め台詞的な。でも「愛してる」とかそういうありきたりな言葉しか思い付かない。どうせ幽霊になっていちゃいちゃする予定なのだ。別にいいだろう。

「それじゃあ行こうか」

「うん」

 体を落とす。世界は腕を広げて、俺たちを迎えようとしていた。

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