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09

「あれー、お二人揃って仲良く御登校ってか」


 翌日、望が教室に入るとすぐに敦が側によってきた。にやついた顔で望の横に立つ大輝を見る。

 大輝は冷めた表情で敦を見返した。

「違うって、たまたま駅で会ったから一緒に来たんだよっ」

 望は耳を少し赤くしていった。

 本当は、大輝が来る時間に合わせて駅に行き、大輝が来るまで駅で待っていたのだ。待った時間は5分程度だが、それでも望にとってはその5分はとても長い時間のように感じていた。それなのに、駅から学校までの時間は意外なほど短いものだった。

「上手くいったみたいだな」

 敦に言われて、望はむっつりとした表情を作った。だが作りきれずに口元が緩んでいる。それを見つけて、敦は昨日智明と賭けをした内容を思い出していた。これは危険な匂いがする。敦の頭の中でレッドホットツイスターに羽が生えふらふらと遠くへ飛んでいく様が浮かび上がった。

 ここは少し探りを入れてみるか、と敦は気合を入れた。探り出せそうな望に的を絞ると、顔を寄せ、敦は低い声で聞いた。

「で?昨日はあの後どうなったんだ?」

 敦の言葉に、望はにへらと顔を崩した。これは完全に自分の負けかと悲壮に暮れそうになっていた敦から、大輝は無言で望を引き離した。腕をつかまれて引き寄せられた望は、背中が大輝の胸にぶつかった。大輝が腕を放してくれないために、望はそこから動く事が出来なくなってしまう。

 大輝は望の腕をしっかりと掴んだまま、敦をにらみつけた。

 その視線の強さに、敦は方眉を上げる。大輝の反応が昨日のものとさほど変わりのないことに気付くと、敦は軽く口笛を吹いた。気分が高揚してくる。まだ、勝敗は自分にあるのかもしれないと思うと、目の前にはビッグマックセットがちらついて来た。

「進展なしか?」

 敦は大輝を見て言った。大輝が不機嫌そうに眉を寄せるのを見て、敦は確信する。

「仲直りはできたみたいだな」

 敦は意地の悪い笑みを浮かべた。

「お蔭様でな」

 大輝は冷たい笑みを浮かべて言った。その態度に余裕が感じられて、敦はやはり何かが変化したのだろうという事に気が付いた。それを見定めなければ自分のレッドホットツイスターもビックマックも景気よく智明の腹の中へと消えてしまうのだ。それはあまりにも悔しい。敦は次の言葉を慎重に選んでいく。

「お友達に逆戻りか?」

 茶化すように敦が言った。大輝の出方を注意深く観察する。

 大輝は目を細めただけで、何も言わなかった。


「おっはよー。って、何やってんだ?お前ら」

 智明騒がしく三人の中に割り込んできた。寄り添うように立っている望と大輝、その正面に立つ敦を見て、智弘は少しだけ表情に険を含ませた。敦を睨みつける。余計な手出しはしない約束だと、目に抗議の色を含ませた。

 敦は智明を見て苦笑する。

「三浦に何か言われたか?」

 智明は望に聞いた。この場にいる四人の中で一番嘘のつけないのが望なのだ。智明の探るような視線には気付いていない望は、のんびりとした表情で首を振った。

「別に何も」

「そっか」

 安心したように智明が息をつく。

「そうだっ、俺今日の数学当たるんだよ!望、プリントやってきただろ?見せてくれっ」

 言いながら智明は望の腕を引っ張っていく。敦に邪魔をされては自分のビッグマックが危ないのだ。必死に望を敦から引き離しながら、昨日大輝との仲に進展があったのかどうかを探るための算段を智明は建てていった。


 智明に引っ張られるようにして離れていく望を大輝は黙って見送った。

 そして、敦の視線に気付く。

「なんだ?」

 面倒くさそうに大輝は聞いた。何もないなら早く望むの側に行きたいという態度がありありと出ていた。敦は「正直な奴だ」と心の中で苦笑う。

「結局のところ、どうなったんだ?」

 敦の言葉に、大輝は警戒するように表情を引き締めた。

 望がいないことで敦も言葉を濁す必要がなくなり、大輝に対して率直な物言いをするようになっていた。

「くっついたのか?」

「いや」

「ただのお友達ってことか」

 先はやはり長いのかも知れない。敦はそう思い、一人ほくそえんだ。俺の勝ちだ、と離れた場所で望のプリントを複写する智明を見やる。

 ひと月以内に恋人の関係にならなければ、賭けは自分の勝ちなのだ。そう思ったところで、敦はもう一つの可能性に気が付いた。

「まさか、諦めたなんてことはないよな?」

 敦は探るような視線を大輝に向けた。いずれは恋人同士になってもらわなければ両方負けになるのだ。

「諦められれば楽なんだけどな」

 大輝は目に哀愁を込めた。

「それでもまあ、諦める必要はなさそうだしな。それが分っただけでも救いかもしれん。気持ちがばれているなら、それはそれで他にやりようがあるしな」

「へえ、結構強気じゃねーか」

「強気にもなるさ。これ以上余計な横槍は入れさせたくないからな」

「おい、一応断っておくけど、俺の今までの言動はだな」

「分ってる」

 敦の言葉をさえぎるように大輝が言った。

「暇つぶしに俺たちを茶化していたんだろ」

「まあ、それもある」

「まんまとそれに騙された自分に腹が立つ」

「恋は盲目とはよく言ったもんだな」

「だが、本当にそれだけなのか?」

 大輝は敦にきつい視線を向けた。一言一句、僅かな仕草すら見逃さないように注意深く敦を見た。

「それだけだって。池戸を気に入っているって言ったあれは本気だけどな。あいつの特別にならなってみたいし」

 敦の言葉に、大輝の目は険しさを増していった。

 その様子を悠然と見ていた敦は、臆することはない。

「友達として、な」

 敦がにやりとした。

 これだから、この三浦敦という男は曲者なのだ。決して自分の本心を見せようとはしない、どれだけ探りを入れてもいつの間にか交わされている。その反対に、敦は他人の心を手のひらで転がすようにやすやすと把握してしまう。

 これ以上付け込まれる隙は作れないと、大輝は敦に対する警戒を強めていった。いくら否定したところで、敦の望に対する感情を恋愛ではないと決め付けるには疑わしい点も残っている。ただの傍観者がトンビへと豹変しないとも限らないのだ。

「そう警戒するなって。俺はお前を応援してるんだから」

 へらりとして敦は言った。

「といっても、事を急いで仕損じてもいかんぞ。必ず池戸を落とすためにはここは少し慎重にだな、ゆっくりと時間をかけてじっくりと責めないとな」

「・・・急ぐとなにか都合が悪いのか?」

 大輝の言葉に、敦が目を泳がせた。たった1秒程度の変化だったのだが、大輝はそれを見逃さなかった。始めてみる敦の動揺に、大輝は気分をよくしていった。

「どうせお前ら、賭けでもしているんだろう」

「なんでそれを!?まさか、早瀬が喋ったのか?」

 敦は声を潜めていった。離れた場所では智明は必死になって机にかじりついている。

 お互いに手出しはしないという約束を交わしたばかりなのに先手を打ってきたという事に敦は腹立たしさを感じていた。今の自分の状況などまるっきり棚に上げていた。

 大輝は賭けに参加しているものが智明だと知って、冷たい視線を智明の背中に送っていた。

 何やら突然背中に寒気を感じて、智明は身体を震わせる。だが、今は目の前のプリントを片付けなければいけないという思いに駆られて、後ろを振り返る事はしなかった。敦と大輝に睨まれた状況を知らずに済んだことは幸いだったのかもしれない。

「お前と智明が揃うとろくな事がないな」

 大輝はやれやれといった様子で呟いた。

 ばれてしまったものは仕方がないと、敦は作戦を変更した。大輝が智明から聞いたという事を否定しなかったために、敦は智明が賭けに付いて喋ったのだと思い込んでいる。それならばそれで自分も好きなようにやらせてもらうと意気込んでいた。

「俺としては、お前ら二人のことは応援してるんだぞ。友人として二人が幸せになってくれたら良いと思っているんだ。お前らが喧嘩しているとどうも調子が狂うしな」

「友達として、ねえ」

「勘ぐるなって。お前としては面白くない事もあっただろうけど、それはそれで今こうして良い方向に結果が出てるだろ」

 恩着せがましい敦の物言いに、大輝は冷たい視線を送った。

「それでなんだが、俺からのアドバイスとしてだな。別に強制をしているわけじゃないぞ。後ひと月くらいは今のあいまいな状態を続けてみてはどうだろうか。ほら、あまりにも早くに事を進めていくとまた池戸がパニックを起こすだろうし、こう、何ていうんだ?友達以上恋人未満って状態は結構楽しいもんだろう。後思い返したときそういう期間があっても良いと俺は思うんだよ」

「・・・なるほどな」

 大輝は敦の言わんとしていることを正確に把握していた。

「いつ俺が望を落とすのかを賭けているってわけか」

「だから、勘ぐるなって。賭けのことは横においといてだな。俺は友人として意見を言ってるんだよ」

「別にここまで来て取り繕うなよ」

 大輝の言葉に、敦は一瞬目を丸くした。すぐにいつものしたり顔を作る。

「やっぱり朝倉は話が早いな。ってことで、一つ良しなに頼むよ」

 敦がもみ手をしながらひっそりと言う。

 なるほど、と大輝は思った。

(誰が見ても落とせる見込みがあるってことか)

 大輝は智明がプリントを移し終わるのを静かに待っている望を見た。昨日までは、こうして友人という枠を超える事すら不可能だと思っていたのだ。それが思いがけず超えてしまい、周囲は更に先へと進む事が出来るだろうという見解だ。それならば、いずれは恋人という位置づけになれるのかもしれない。僅かな手ごたえではあったのだが、大輝にしてみてはそれが分っただけでも十分に心が軽くなるというものだった。

「分った」

 大輝の言葉に敦は表情を明るくさせる。上機嫌に数度頷いていた敦を見やり、大輝は不適な笑みを浮かべた。

「三浦が儲けないように気をつけるよ」

「なっ!?何だよ、それ!」

 声を張り上げて叫んでしまった敦は、すぐに我に返り身を縮めた。周囲からの注がれる視線よりも、智明の睨みのほうが居心地が悪い。

「俺がお前らのために一肌もニ肌も脱いでやったんだぞ。どれだけ苦労して尽力したことか。それをお前は・・・少しは謙虚に感謝してみろよ」

「しているさ。だから俺はお前を殴らないでいるんだ。それでチャラにしろ」

 きっぱりと言い切った大輝に、敦は奥歯を噛み締めた。大輝の目は本気だ。どれだけ自分が大輝を挑発してきたのかは敦自身がよく分っていた。意図的にやってきた部分も多々ある。大輝が望の事を予想以上に真剣に思っているらしいことを知った今は、大輝が自分を殴りたいと思う気持ちも理解できる。出来るのだが、なるべくなら痛い思いは敦もしたくはなかった。殴られずに済むのならそうであってほしい。それで、どうしても大輝の言い分を受け止めきれない。

「理不尽だ」

 口を尖らせて、敦は文句を言った。

「諦めろ」と敦の抗議を切り捨てた大輝には、取り付く島もない。

「仕方ないな、こうなったら池戸にモーションかけてみるか」

 そう言ってから、敦は伺うように大輝を見た。望には近づくなと睨まれるだろうと思っていたのだが、予想に反して大輝は平然としていた。

「止めないのか?」

「それはそれで、俺にとっても都合が良いかもしれないからな」

「・・・お前って」

 敦は眉を寄せる。

「以外にせこい奴だったんだな」

 呆れたように言った敦の言葉に、大輝は口の端を上げた。

「せこくもなるさ」

(望が手に入るのならな)

 大輝はペンを走らせる智明を呆れたように見下ろす望を見た。


 望んだものは未だ手に入らない。

 だが、先へと続く道だけは見えた。その道を望自身が示してくれた。

 ならば、自分はその道を突き進むだけだ。


 口元に笑みを浮かべる大輝を見て、敦は肩をすくめる。

 この男がここまで感情を露にするとは想像もしていなかった。もっとクールな男だと思っていたのだ。遊びすぎたのかもしれないと自分の行動を少しだけ敦は後悔していた。

 離れた場所にいる望を見て、敦は自重するように笑んだ。


「なあ、一つ言いたいことがあるんだけどさ」

 智明は走らせていたペンを止めて、顔を上げた。

 望を見上げると、昨日とは打って変わって上機嫌な望の顔がある。

「何だよ」

「約束しろ」

「何を?」

 真剣な智明の目に、望は背筋を伸ばした。次に出てくる言葉を待ちながら、望は緊張を隠せないといった様子で智明を見る。

 迷うように智明は視線をさまよわせ、そして改めて望を見た。

「俺の前でいちゃつくなよ」

「・・・」

 望は緊張した面持ちで智明の言葉を頭の中で復唱していく。

「・・・誰と?」

「大輝だよ。ってか、それ以外いないだろ。お前にそれ以外のいちゃつける相手がいたら、俺はさくらさんと別れちまうぐらい驚くぞ」

「・・・だれだよ、さくらって」

 望の言葉に、智明はふやけた表情を浮かべた。嬉しそうににやつく。

「実はさー、昨日知り合ったんだ。なんと!看護士だぞ。白衣の天使ってやつ。クールで冷たい目がこう、俺のハートを鷲づかみって感じでさ」

 うっとりと目を細めた智明だったが、すぐに話がそれてしまった事に気が付いた。

「俺のことは良いんだよ。分ったか?約束しろよ」

「・・・」

 望は首を傾ける。さくらさんの存在が頭から離れないのか、その前の智明の発言は綺麗に忘れているようだった。

 智明は深くため息を付くと、口調を強めてもう一度言った。

「俺の前で大輝といちゃつくなよ!」

「・・・!?」

 望はようやくといった様子で智明の言葉を理解した。見る間に顔を赤らめていく。

「な、・・・なにをっ、俺は別に・・・」

 もじもじと手先をいじりながら望はぼやく。その様子がすでに乙女のようで、智明は軽い眩暈を感じていた。

「お前らのことは認めてやるけど、それでもまだ俺には男同士ってのには抵抗があるんだよ。っていうか、人前でいちゃつく普通のカップルも俺は嫌いなんだ。いちゃつくなら二人っきりのときにするべきだろ。甘くて濃い時間は二人っきりのときだろ!」

「いや、だから俺たちは別にそんなんじゃないからっ」

「今がそうでなくても、この先は分らないだろ」

 すでにいちゃついているとしか思えない言動が見受けられるのだ。ここで釘を刺しておかなければ平穏な学校生活が崩れ去ってしまう。智明は保身を図る事に焦っていた。

 望はまだ反論したいのか、もごもごと口を動かしている。

「なあ、望」

「・・・なんだよ」

「俺はどんな事があってもお前らをダチだと思ってるぞ」

「・・・智明」

 智明の言葉に、望は目を潤ませた。

「だから」と智明は望に指を突き立てる。「俺の前では自粛しろよ!俺みたいなダチは大切にしろ!」

 偉ぶって言い切る智明を前に、望の感涙は跡形もなく消えていった。


「なーに、騒いでんだ?お前ら」

 いつの間にか側に来ていた敦が、智明と望を見比べる。

「何でもない」と言う智明に、敦は探るような視線を向ける。

 望の横には寄り添うように立つ大輝の姿があった。

 望が大輝を見上げると、大輝は優しい眼差しで望を見ていた。

(・・・うわっ)

 望は慌てたように大輝から視線を逸らす。俯き、跳ね上がる鼓動を抑えようと息を止めてみたりする。

「どうした?」

 すぐ側で大輝の声がして、望は頭を振った。

「何でもない!」

「そうか?」と疑うような大輝の声に、望は顔を上げる。怒っているのかと心配そうに見ると、大輝に微笑まれた。望は釣られたように笑みを浮かべる。

「そこ!」

 智明の怒号に、望は肩をびくつかせた。閻魔のように顔をしかめた智明に気付いて、望は先ほどの智明に押し付けられた約束を思い出した。

(いちゃつくって・・・いちゃつくって・・・いちゃ・・・)

 望の頭の中がパニックに陥っていく。

 思わず大輝の側から離れるように身体をずらすと、大輝が望の肩を掴んできた。

「望」

 気遣わしげに大輝が望の名前を呼ぶ。

 それだけで、望の鼓動が跳ねていく。

 望は気付いていないようだが、その顔は真っ赤に染まっていた。

 そんな望を大輝は熱いまなざしで見つめていた。


「なあ・・・やっぱり」

 ぽつりと、智明が声を漏らす。望と大輝の様子を傍目に眺めながらずきずきと痛む額に手を添える。

「いや、あれはまだだろう」

 敦は唸るような声を上げた。

「・・・まだか」

「・・・まだだな」

「あれがいつまで続くんだか」

「俺はくっついた後のほうがひどくなる気がするぞ」

「マジか!?」

「だって、今であれだぜ」

 敦が顎をしゃくった。

 はにかんだ笑みを浮かべる望を、愛しそうに見つめる大輝。例えるのなら、桃色だ。

 智明はげんなりとした表情を浮かべる。

「砂吐きそう」

「同感」

 敦は深く頷いた。

「俺ら、早まったか?」

「後悔先に立たずってか」

「・・・はあ。俺の学校生活が・・・」

 智明は天を仰ぐ。敦は肩を落として地を見下ろした。

「しかし」と言葉を続けて、敦は笑みを浮かべる大輝を見つめた。敦の目にも、今の大輝は浮かれているように見える。

「マジ、誰だよあれって感じじゃね?」

「だよなー、大輝があそこまで変わるとは思わなかった」

 智明は深く頷いた。

「もっとクールな奴だと思っていたのに」

 眉間に皺を寄せる智明。その隣りで敦も同じような顔をしていた。

「だろ?人間って怖いよな」

「ま、俺もさくらさんの前だと変わるけどな」

「誰だよ、さくらって」

「聞いて驚け!俺の愛しい恋人だ!」

「・・・ちなみに、何人いるんだよ恋人が」

「今は・・・」

「いい、いい。指折って数えるな。俺がなんだか惨めになる」

「ふふふっ、さくらさんはなー」

「聞いてねーよ」

「聞けよっ。看護士なんだよ」

「白衣の天使ってやつか」

「そうそう」

「いいなー。男のロマンだよな」

「だろー」

「病院で人目を忍んで密会とか。診察とか言って服脱がせて・・・燃えるな」

「今度やってみるかなー」

 不敵な笑みを浮かべる智明を、敦は少し嫉妬の入り混じった冷たい視線で見る。

「・・・年は?」

「37」

「・・・お前、良くそれで惚れられるよな。たつのかよ」

「余裕だな。ぜんぜん許容範囲だ」

「マジかよ。俺は完全にアウトだ」

「それって狭すぎないか?」

「お前が広すぎるんだよ!」

「そうかなー」

「駄目だ、俺、頭痛くなってきた」

 敦は頭を抱えた。

 前の前では桃色に染まった望と大輝がなにやら囁きあっている。

 腐ってやがる、と悪態をつきながら、敦は二人に背を向けた。


「望、今日は放課後どうするんだ?」

「今日?何もないからすぐ帰る」

「今日から武道館の工事が始まるんだ。部活は自主練だから早く終わりそうだから・・・」

「じゃあっ、待ってる!帰りにどっか寄って行こう!」

「ああ」

「あっ、俺CD欲しいのあったんだ」

「付き合うよ」

「ほんと?サンキュッ。・・・大輝と出歩くのも久しぶりだな」

「・・・そうだな」

「・・・うん」

「望」

「ん?」

「日曜、空いてるならどこか行かないか?」

「日曜?」

「ああ。無理なら別に・・・」

「行く!ぜんぜん空いてるから!」

「そうか。・・・良かった」

「うんっ。楽しみだな」

「そうだな」


 望と大輝の会話が続いていく。

 これで付き合っていないのだと真剣に思っているのは当人たちだけだった。

 周囲は二人の会話を聞き取ろうと耳をそばだてていた。すでに二人が友情という境界線を越えているのだと誰もが確信めいた思いを抱えている。それを知らないのも、やはり当人たちだけだ。


 二人が本当の恋人になれるのは、もう少し先のこと・・・。

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