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企画参加作品(ホラー抜き)

名人

作者: keikato
掲載日:2026/03/23

 よく通うスーパー銭湯に行き、それは風呂からあがってのことだった。

 手首に巻いたカギをはずし、服を入れたロッカーのカギ穴に差し込んだのだが、どうしたことか右にも左にもまわってくれない。

――こわれてるのかな?

 それからもガチャガチャと何度かやった。

 だが、扉はガンとして開いてくれない。

――くそー!

 毒づいてはみるもののいかんともしがたく、ただただうろたえるばかりである。

――こまったな。

 なにしろオレはすっぱだかであり、せっかくあたたまっていた体も冷えてきた。

――そうだ。

 ほかの客が同じようにロッカーの扉が開かず、従業員を呼んでいたのを思い出した。

 この際やむをえない。

 脱衣所の出口付近まで行き、壁に設置された電話の受話器を取った。

「受付です。どうなされました?」

 女の従業員が出る。

「ロッカーのカギがこわれてるみたいで、どうやっても開いてくれないんだけど」

「わかりました、これからすぐにまいります」

 それから三十秒もしないうちに、赤い制服姿のおばちゃんがペコペコしながらやってきた。

「すみませんねえ」

「これなんだけど」

 腰に巻いた短いタオルを両手でささえつつ、視線で意地悪なロッカーを教える。

 おばちゃんはロッカーの前で中腰になった。

 それからいっとき、オレと似たようなことを繰り返していたが、やはり扉はビクリともしなかった。

「こわれてるんじゃ?」

 オレは背後から声をかけた。

「でしょうね。すみませんが、もう少しお待ちいただけませんか? 名人を呼んできますので」

 おばちゃんはニッコリ笑ってみせた。


 すぐに小柄な従業員がやってきた。歳はとっくに七十を超えていそうなおばあさんである。

――名人って、この人のこと?

 予想外だった。道具かなんか持ってくるのかと思いきや、まったくの手ぶらである。

 これでは開くわけがない。

「寒いやろ。すぐに開けますので」

 ばあさん従業員は指先で軽くカギをつまんだ。それから二度三度と、ガチャガチャと音をさせた。

 カチッ。

 これまでとは明らかにちがう音がする。

「どうぞ」

 なんということか。あんなにやって開かなかったものが、ものの三秒で……。

「ちょくちょくあるんでね」

 脱衣所には百ほどのロッカーが三段になってズラリ並んでいる。これだけの数があれば、中にはたしかに開きにくいのもあるだろう。

「でも、よく開いたな」

「コツなんよ。ちょっとしたコツがあってね」

 ばあさん従業員は、シワだらけの顔でニカッと笑ってみせた。

「ありがとうございます」

 オレは見事な腕前に感服し、ばあさん従業員に向かっておもわず頭を下げていた。

「冷えたやろう。あんた、もういっぺん風呂に入ったらいい」

 ばあさん従業員はそう言い残し、なにごともなかったように脱衣所から出ていった。


 風呂に入り直す気にはなれなかった。再びカギを閉めたら、二度と開ける自信がない。

 服を取り出そうと、扉を大きく開けた。

――うん?

 そこには見なれぬ色の服が入っており、それらはあきらかにオレのものとはちがう。

――どうして?

 近視のオレは、カギの番号札に目を近づけた。

 マジックで書かれた文字は薄くはなっているが、四十六番とある。

――なんてことだ。

 四十六番はひとつ左どなりのロッカー。

 オレはまちがえて、となりのロッカーにカギを差し込んでいたのである。

――名人だ!

 オレは心の中で叫んでいた。

 ちがうカギでよくぞ開けたものだ。それもたったの三秒で……。

 あのばあさん従業員。

 さすが名人と呼ばれるだけのことはある。


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― 新着の感想 ―
あははー。落語のオチみたいで笑っちゃいました。 おばあさん、さては超能力者!? 面白かったです! って思ったら。感想欄でまたびっくり。実体験なんですね。 鍵が実は全部同じだったりなんかして。 読ませ…
確かに名人なんだけど…………ちゃんとロッカーを確認してないのか!? なんだかそのコツを掴んじゃうと悪いことにも使えそう(・_・;) おばあちゃん名人はそんな事をしないだろうけど、客の方が、ね。
拝読しました。 ちょうど、ガチャガチャやってるときに、本物のロッカーの主が現れなくてよかったですね。 なにやってんだ、おまえ!と一喝されそう。
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