名人
よく通うスーパー銭湯に行き、それは風呂からあがってのことだった。
手首に巻いたカギをはずし、服を入れたロッカーのカギ穴に差し込んだのだが、どうしたことか右にも左にもまわってくれない。
――こわれてるのかな?
それからもガチャガチャと何度かやった。
だが、扉はガンとして開いてくれない。
――くそー!
毒づいてはみるもののいかんともしがたく、ただただうろたえるばかりである。
――こまったな。
なにしろオレはすっぱだかであり、せっかくあたたまっていた体も冷えてきた。
――そうだ。
ほかの客が同じようにロッカーの扉が開かず、従業員を呼んでいたのを思い出した。
この際やむをえない。
脱衣所の出口付近まで行き、壁に設置された電話の受話器を取った。
「受付です。どうなされました?」
女の従業員が出る。
「ロッカーのカギがこわれてるみたいで、どうやっても開いてくれないんだけど」
「わかりました、これからすぐにまいります」
それから三十秒もしないうちに、赤い制服姿のおばちゃんがペコペコしながらやってきた。
「すみませんねえ」
「これなんだけど」
腰に巻いた短いタオルを両手でささえつつ、視線で意地悪なロッカーを教える。
おばちゃんはロッカーの前で中腰になった。
それからいっとき、オレと似たようなことを繰り返していたが、やはり扉はビクリともしなかった。
「こわれてるんじゃ?」
オレは背後から声をかけた。
「でしょうね。すみませんが、もう少しお待ちいただけませんか? 名人を呼んできますので」
おばちゃんはニッコリ笑ってみせた。
すぐに小柄な従業員がやってきた。歳はとっくに七十を超えていそうなおばあさんである。
――名人って、この人のこと?
予想外だった。道具かなんか持ってくるのかと思いきや、まったくの手ぶらである。
これでは開くわけがない。
「寒いやろ。すぐに開けますので」
ばあさん従業員は指先で軽くカギをつまんだ。それから二度三度と、ガチャガチャと音をさせた。
カチッ。
これまでとは明らかにちがう音がする。
「どうぞ」
なんということか。あんなにやって開かなかったものが、ものの三秒で……。
「ちょくちょくあるんでね」
脱衣所には百ほどのロッカーが三段になってズラリ並んでいる。これだけの数があれば、中にはたしかに開きにくいのもあるだろう。
「でも、よく開いたな」
「コツなんよ。ちょっとしたコツがあってね」
ばあさん従業員は、シワだらけの顔でニカッと笑ってみせた。
「ありがとうございます」
オレは見事な腕前に感服し、ばあさん従業員に向かっておもわず頭を下げていた。
「冷えたやろう。あんた、もういっぺん風呂に入ったらいい」
ばあさん従業員はそう言い残し、なにごともなかったように脱衣所から出ていった。
風呂に入り直す気にはなれなかった。再びカギを閉めたら、二度と開ける自信がない。
服を取り出そうと、扉を大きく開けた。
――うん?
そこには見なれぬ色の服が入っており、それらはあきらかにオレのものとはちがう。
――どうして?
近視のオレは、カギの番号札に目を近づけた。
マジックで書かれた文字は薄くはなっているが、四十六番とある。
――なんてことだ。
四十六番はひとつ左どなりのロッカー。
オレはまちがえて、となりのロッカーにカギを差し込んでいたのである。
――名人だ!
オレは心の中で叫んでいた。
ちがうカギでよくぞ開けたものだ。それもたったの三秒で……。
あのばあさん従業員。
さすが名人と呼ばれるだけのことはある。




