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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ノータッチの世界

掲載日:2026/03/15

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あら、つぶらやのおじさま、ごきげんよう。

 またこんな時間まで調べものですの? なんともまあ、ご執心なこと。

 動くのは昼間。夜間は寝に入るのがよろしいのではなくて? 昔ならば夜にやることなど限られていて、眠るという選択肢が非常に有力でしたわ。仕事をしようにも暗さなりで効率が落ちがちですもの。

 それが今では明かりを手にし、電気の使い道を手にし、24時間という区切りなども限られた人の中では意味を成さない……それがために無茶する方もいらっしゃいますが。

 おじさまも、そちらのお仲間になりそうですか? でしたら、わたくしとのおしゃべりにもお付き合いいただけませんこと?

 夜は長い。おじさまの好みそうなお話を用意するにはうってつけですわ。


 おじさまはこれまで、夜を徹した日がいくつあるか覚えていらっしゃいますか?

 わたしはただ一日だけあります。よく覚えておりますわ。あれはおじさまと会ってから三か月、くらいでしたっけ?

 ん、俺は覚えていないんだが? と言いたげですわね。仕方ありませんわ、おじさまはせっせと自分のことに打ち込んで、わたくしもまた自分のやることに力を注いでいましたから。

 おじさまの、か・ん・さ・つ。

 はじめて会ったときから、わたくしの世界はおじさまだけのものでしたから。なのにおじさまは自分がコミュニケーションを取りたいときだけ、接してくださる方でしたわよね。

 相手のことより、自分の都合に合うか否か。それがおじさまの判断の基準。少し、ほんのすこ~しだけでも、相手に心を砕いて渡して差し上げたほうがいいかもしれませんことよ。


 で、そのときもおじさまは、わたくしのほうへろくに意識を向けることなく、黙々と執筆に取り掛かり……知らぬ間に眠りこけておしまいに。

 昼間、おじさまがなにをしていらしたかは、わたくしにはあずかりしらぬこと。相当お疲れのご様子ではあったようですが、あのようにいきなり倒れこんでそれっきりとは、心配したのですよ?

 ひょっとしたら、このまま目を覚まされないんじゃないかって。幸い、息は立てていらっしゃいましたから、そのまま観察させていただきましたの。


 ――は? 気づいているのなら起こしてくれなかったのか?


 申し上げましたわよね? わたくし、おじさまの観察に力を注いでいると。

 イエスおじさま、ノータッチ。

 おじさまがこちらへ関与しない限り、わたくしもおじさまへ触れることはございませんわ。ただただ、ひたすらわたくしはおじさまのお姿を見て、目を輝かせるのがわたくしの楽しみですの。

 それが、わたくしが夜を徹した、最初で最後の一日。


 草木も眠る、丑三つ時からでしたかしら。

 ふと、おじさまが眠る部屋全体がかすかに揺れたのですわ。地震かしら? とはじめは思いました。

 それから二度、三度と同等の大きさの揺れが来ましたが、やはりおじさまはぴくりとも反応なさらず。わたくしはただ、じっと様子をうかがっているばかりでしたわ。

 そして向こうも様子見か。空が白み始める2時間あまりは何事も起きず。されども、揺れと同じようにそれはまいりましたわ。

 おじさまがかすかに開けていた、机の際の窓。そのおじさまの親指ほどしかないすき間に、去りきらない「夜」がうずくまっていましたの。白み始めた朝の景色を完全に覆い隠す、極細の暗闇が。

 その闇、すぐに部屋の中を埋め尽くすように動き出しましたから。景色などではなく、生き物のたぐいと判断がつきましたわ。窓からそそそ、と服の生地のように一部を空中に伸ばしていく「それ」は、おじさまへ向かってまっしぐら。


 とーぜん、防ぎましたわ。

 身体を張って倒れ込み、伸びてくる輩を止めんとしました。おじさまへノータッチを貫くわたくしが、まさか身体を張ることになるとは……でも、あのときはおじさまの無事こそが第一でしたわ。

 その「夜」さんは、思わぬことに驚いたようですぐに退いてくれたんですが、邪魔をしたわたくしを許すつもりはなかったようでして。

 ちょんと、首を斬られてしまいましたわ。そのまま床へ転がってしまって、夜さんがぱっと消えてしまうのは見届けたのですが、青息吐息。おじさまが起きるころにはなんとか目を開けているのがやっと……というところでしたわ。


 それが、おじさまとの前世の別れ。

「う~ん、寝ぼけたかな」とおじさまは倒れたわたしを抱え上げ、ゴミの袋の中へ。折よく収集の日ということで、ゴミ捨て場へ置かれてそれっきり……机のスタンドとしては大往生ではありませんか?

 でも、あの夜さんに触れたのち、形をなくしたおかげかもしれません。こうしてわたくし、おじさまの触れるものの電気の並の中でおじさまを見つめることができるのですから。こうしている今も。

 そしておじさまの身体を流れる、電気の流れに合わせるにももう少し。おじさまもこのことをネタとして書いていくでしょう。わたくしを意識しながら。

 いずれおじさまも、こちらへ訪れる日が来るやもしれませぬが、わたくしにはどうしようもないこと。

 ただひたすら、楽しみにお待ちいたしますわ。

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