8 事後報告と地獄の精算
『星屑の天球儀』の地下、『天球の灯』。
エレオノーラは悠然と椅子に腰を下ろし、目の前の二人に慈悲深い微笑みを投げかけていた。
対する報告者のリンとガイは、生まれたての小鹿のように直立不動である。背中には嫌な汗がつぅ、と伝っていた。
「こちらが、殻の表面に明け方の空のようなグラデーションが浮かび、星の瞬きのような音が聞こえるという『黎明の宝玉』でございます」
「あと、ルミナリエの『愛し子』から、シフォンケーキ用の『冬苺』も預かってきたであります!」
まずは任務成功を盾に、この場を即座に退散したい。そんな思惑が透けて見える早口だった。ガイに至っては緊張のあまり、敬語が軍隊のようになっている。
「まあ。卵だけではなく、入手困難な苺まで。優秀ね、うちの魔導士は」
扇子の向こうの瞳は笑っている。ご満足いただけたかと二人が一歩下がろうとした瞬間、パチリと扇子が閉じられた。事後精算の始まりの合図だ。
「……ひっ」
「まずは隣領の建物の破壊についてですが。これは『管理不全物件の解体のお手伝い』として、技術者派遣料、出張旅費、魔法利用特別技術料、および廃棄物処理費を先方に請求いたしました。すでにバルトロメウス伯爵家からは全額支払いの合意を取り付けています」
「(……あいつ、全財産むしり取られたんじゃねぇか?)」
「(……黙ってろ、次は俺たちの番だ)」
小声でささやく二人に、エレオノーラの冷徹な視線が突き刺さる。
「しかし、たかが伯爵風情に我が侯爵領での不埒な計画を許したという、あなた方の責任問題は別です。危機管理能力の欠如。……つまらない喧嘩で、隙だらけだったのでしょう?」
「え、攫われたのガイだけじゃん! 俺、関係なくねぇ?」
「この裏切り者!!」
保身のために光速で相棒を売るリン。エレオノーラは「そうね……」と頷き、リンが「よし!」と拳を握った刹那、その微笑みが氷点下まで下がった。
「続いて、カニの被害についてです。カイル、どうぞ」
背後からにゅっと伸びた腕に、二人は悲鳴を上げた。そこには、完全に死んだ魚の目をしたカイルが立っていた。
「君たちは……どうして、いつも、僕の可愛いカニさんを……壊すのかなぁ!!?」
ガクガクとリンの肩を揺さぶるカイルは、まさに悪鬼の迫力だった。
「精密機械に強引な追加改造を施すなんて非常識だ! ログを見たら、あの子は過負荷で断末魔を上げていたよ! 丸焦げじゃないか!」
「……とのことです。修復不能につき、リンには機体の買取を命じます。支払い能力がないなら、しばらくカイルの助手として無償で働きなさい。カイル、通信機の有用性は認めます。リリアーヌの防犯用に、早急に追跡機能を標準搭載した改良型を仕上げなさい」
「う、嘘だろ……。ガイ、てめぇ、この、薄情者!!」
愕然とするリンの横で、ガイが「俺のカニは無事! セーフ!」とベーっと舌を出した。
だが、鉄の女の網から逃げられるはずもなかった。
「ガイ、あなたには特別任務を命じます。報酬は当然ありません。手を抜くことは、死を意味すると覚えなさい」
一瞬の勝利に酔いしれていたガイの顔が、絶望に染まる。
「今後、一切、僕のカニが君のような不埒な男に犯されないよう、基礎からみっちり叩き込むからね。覚悟したまえ!!」
カイルに羽交い締めにされるリンと、見えない重圧に膝をつくガイ。
本日も『天球の灯』は、理不尽と不幸の狭間で、ギリギリの平和(?)を保っているのであった。




