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5 共鳴する「バーカ」と、夜のメンテナンス

 双子都市を跨いで一対の「カニ」が激しく震えた。


 カイルの最新作『双子蟹の(キャンサー・)共鳴儀(レゾネーター)』が、ついに火を噴いたのである。


「――聞こえてるか、バカ! ルミナの真心を踏みにじったボケナス野郎とコンタクト取れたの?そいつの暑苦しい身体で平身低頭、地面にめり込むまで謝罪させろ、会ったことねぇけど!」


 ガイの怒声が、夏の都の静寂を切り裂いた。通信機を掴むその手は、怒りで小刻みに震えている。対するリンは、ソルの隣でふんと鼻で笑った。


「うるせぇ、バカ。聞こえてるっつーの、怒鳴るな。ガイ。いいか、『真心』なんていう非論理的な言葉でこっちの正当性を汚すんじゃねぇ。苺もベリーも胃袋に入れば同じ。これは揺るぎない数学的帰結だ。お前たちのやっていることは、ただの『感情の押し売り』っつーんだよ、分かったか、バーカ」


「数学!?出たよ、リンの屁理屈!!! お前、ルミナが二人で食べるのをどんなに楽しみにしてあの苺を育てたか一ミリも想像してねーだろ! そっちのボケナスもリンも、人の心ってもんがねぇのかよ!この数式オタク、冷血人間、自己中野郎、バーカ、バーカ!!」


「黙れ、バーカ!『想像』で飯が食えるなら苦労するか。そもそも、ソルは空腹という『生存本能』に従ったまでだ。生理現象を否定するお前たちは、生命そのものへの反逆者なんだよ、反省しろ、この鳥アタマ!!」


 通信機の向こう側で、ルミナが顔を赤くして震え、こちら側ではソルが「そうだそうだ!」と拳を振り上げる。


 もはや「鶏に卵を産ませる」という当初の目的は、どこか遠い銀河の彼方へと消え去っていた。


「はぁぁぁ!?……っ、もういい!お前みたいな冷たい奴、一生オーロラに吹っ飛ばされろ! 通信終了だ、バーカ!!」


 ブツッ、と音がして、通信が途絶えた。


 後に残ったのは、気まずい沈黙と、喧嘩の熱量に当てられて妙に汗ばんだ空気だけだった。


 ―――――


 深夜。


 雪の降るルミナリアの宿で、ガイはベッドに寝転び、天井を見つめていた。澄み切った空気は冴え冴えと室内の温度を下げ、先ほどまでの怒りの熱気を追いやるようだった。


 今はただ、重い溜息しか出てこない。


 その時、枕元のカニが、遠慮がちに短く震えた。

 ガイは無言でそれを取り、耳に当てる。

 

「……なに?」


「メンテだ。忘れるなよ、バカ」

 

 通信の向こう側、リンの声は、先ほどまでの刺々しさが嘘のように淡々としていた。


 ガイは「ああ、そうだった」と、吸い込まれるように目を閉じる。

 

「始めるぞ。……まず、王都を出た時の馬車の色」


「……ええと、たしか、くすんだ青」


「正解。次は、エレオノーラ様から受けた任務の内容」


「『伝説の卵』を持ってくること。……リリアーヌ様の、シフォンケーキのために」


「よし。じゃあ、今日、ルミナと会った時の状況を言ってみろ」

 

 リンの声に合わせて、ガイは今日一日の記憶を、一箱ずつ棚に並べるように整理していく。


 なぜこんなことをするのか、ガイ自身も深くは理解していない。


 正直な話、「昨日」が消えたところで、明日笑っていられればそれでいい。記憶の欠落に不安など微塵もなかった。


 ただ、こうしてリンが問いかけ、自分が答える……その「儀式」。自分の内側にリンが触れてくるその時間、リンとの繋がりだけは失いたくなかった。それは無意識の中にある、彼の一番切実な願いだった。


「……ルミナは、すごく悲しそうだった。苺を食べられて、精霊が街を吹雪にしちゃって、それを自分のせいだって責めてた」


「……そうか。それだけ覚えていれば十分だ。整理終了」

 

 リンの声が、少しだけ柔らかくなった気がした。


 リンは優しい。喧嘩をして気まずくなっても、昔から必ず一日の終わりにこうして「俺の頭の中」に触れてくれる。


 意識が微睡(まどろみ)に落ちていくのを感じながら、最後に思い出したように口を開く。

 

「……ありがとう。……でも、俺、絶対謝らないからね」

 

 通信の向こうで、リンが小さく鼻で笑う気配がした。

 

「ばか。……俺だって、謝らねぇよ」

 

 パチン、と小さな音を立てて、カニのハサミが閉じる。


 双子都市の夜は、それぞれの意地を抱えたまま、静かに更けていった。



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