2 夏と冬の双子都市
ヴァランシエール侯爵領には、隣接する一風変わった二つの都市がある。
『夏の都ソルシエラ』と『冬の都ルミナリア』。
互いの成長に伴い一体的な都市圏を形成する「双子都市」でありながら、その街並みは精霊の気まぐれな加護によって、驚くほどに対照的な姿を見せている。
陽光が生命を謳歌させ、色とりどりの花々が咲き乱れる常夏の楽園、ソルシエラ。
対するルミナリアは、オーロラが舞い、普遍的な純然たる輝きを放つ星々が白銀の世界を照らす、静寂の冬の都。
この「極端な二色」の世界に、年に一度だけ「春」をもたらす奇跡の神事こそが……『比翼の抱卵』であり、エレオノーラが求める『黎明の宝玉』を産み出すための伝統行事であった。
「……要するに、だ。ソルシエラの雄鶏『ヴェスペル』と、ルミナリアの雌鶏『ディルクラム』。この二羽が、二つの街の境界のこの特区で仲良く卵を産み落とせば、精霊たちが満足して、両都市に一月ほどの『春』をお零しになる……。非現実的な理屈だが、この地ではそれが『法則』なんだな?」
リンが手元の古めかしい羊皮紙を、苦々しく見つめる。
彼のような理論派にとって、数式で制御できない「精霊の加護」ほど不条理なものはない。
術者が怒れば勝手に吹雪が吹き荒れ、悲しめば花が枯れる。本人に止める術はなく、すべてが精霊の機嫌一つで巻き起こる……そんな非効率な現象は、彼にとって理解し難い、理のバグに近い代物だった。
「へぇ、『春を告げる使者』っていうんだ、ニワトリ…。でもさ、おじさん。肝心のニワトリがどこにもいないんだけど?」
ガイの問いに、境界の養鶏特区『比翼の丘』の責任者は、泣き出しそうな顔で天を仰いだ。
「…… 番わないんだよ。ニワトリが」
「は?」
「一週間前から、顔を合わせりゃ突きつき合って、羽を飛ばし合って……同じ巣に入る気配すらねぇ。このままじゃ春が来ないどころか、俺の首が飛ぶ!」
予想外の事態だった。
もし卵が手に入らなければ、リリアーヌの笑顔は消え、エレオノーラの「静かなる激昂」がこの地に降り注ぐ。それは管理責任者のみならず、リンとガイにとっても死活問題だ。
「原因はなんだ。魔力の乱れか? それとも伝染病か?」
「いや、それが……飼い主であるソルとルミナの仲違いが原因でなぁ。二人の感情に当てられて、精霊までヘソを曲げちまったんだよ」
責任者の説明によれば、この聖鳥を育てる役目は代々、それぞれの精霊の加護を最も強く受けた『愛し子』が務めるのだという。
精霊から受ける愛情が大きい分、彼らの感情にも深く同期している。その影響は、彼らが激しく憤れば、街の気候そのものが暴走を始めるほどだという。
「じゃあ、その二人が喧嘩してるってこと?」
「ああ。なんでもルミナが用意した貴重な果物を、ソルがうっかりつまみ食いしちまったらしくてな。……おかげで、冬の都ルミナリアは三日三晩、視界ゼロの猛吹雪だ。さらに飼い主に影響された二羽の関係も最悪で…」
リンとガイが叫ぶのは同時だった。
「そんな、くだらねぇことでか!?」
「それは、万死に値するね!!」
どうやら、御大層な陰謀などではない。もっと質の悪い「超個人的なこじれ」が、聖鳥たちの情緒をかき乱しているらしい。
ガイの瞳に、復讐者のような鋭い光が宿る。もはや他人事ではなかった。「食べられた側」の絶望を、彼は今、世界で一番理解している。
それはまさに――いまだ解決していない『双子座』と呼ばれる最強の魔導士たちの、「ベリー一粒」から始まった不毛な争いと同レベルの代物だった。
「……大概にしとけよ。お前みたいな感情過多なしつこい奴が、もう一人いるかと思うと、胃に穴が空きそうだ」
「俺は絶対、何があっても、この怒りだけは忘れないからね! リンこそ、その可愛げのない性格を精霊に直してもらえば!?」
一瞬だけ視線を交わし、すぐに「フンッ」と鼻を鳴らして背を向ける。
本来なら今すぐ解散したいところだが、エレオノーラの顔を思い浮かべれば、逃げ出す勇気など微塵も湧いてこない。
「……チッ。俺は夏の都ソルシエラの方に行く。『被害妄想』に立ち向かえる毅然とした態度ってもんを、そのソルって男に教えてやるよ」
「じゃあ俺は冬の都ルミナリアだ。デリカシーのない男をどう成敗するか、ルミナって子とじっくり語り合ってくるよ!」
二人は渋々、それぞれの「言い分」を聞くべく、夏の陽光と冬の吹雪が吹き荒れるそれぞれの都へと歩き出した。




