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1 究極の「ふわふわ」と、低レベルな聖戦

このお話から毎日19:00更新になります!よろしくお願いします。

「ねぇ、お姉様。シフォンケーキの『ふわふわ』って、どこまでふわふわになれるのかしら?」


 侯爵家の午後のティータイム。


 窓から差し込む柔らかな陽光を浴びて、天使のような微笑みを浮かべたリリアーヌが、フォークを片手に小首をかしげた。


 その瞬間、対面に座っていたエレオノーラ・ド・ヴァランシエールの動きが止まった。


 彼女にとって、愛する妹の疑問は神託であり、解決すべき国家最優先課題である。


「……上限、ですの?」


「ええ。雲を食べているみたいに、もっと、もっとふわふわなものがあったら……とっても素敵だと思うの」


 リリアーヌが夢見るように目を輝かせる。


 エレオノーラは静かに、けれど鋼のような決意を込めて扇子を閉じた。パチン、と乾いた音が響く。


「そうね、きっと素敵だわ。よろしくてよ、リリアーヌ。このエレオノーラが、貴女に『概念を越えたふわふわ』を用意してあげますわ」


 かくして、天使からの崇高な命題を受けた美しき侯爵令嬢は、その決意を示すように、閉じた扇子をきつく握りしめたのだった。


 ―――


 さて、王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口にある、蔦に覆われた重厚なレンガ造りの建物がひっそりと佇んでいる。


 招かれた者のみがその扉を叩くことができると言う、アンティークショップ『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』である。


 店内に並ぶのは一級品の高級アンティーク。どれも一筋縄では手に入らない貴重な品だ。


 まるで美術館の展示品のように絢爛に飾られており、いかにも上級貴族の娯楽のための店だが、その実態はヴァランシエール侯爵家の長女エレオノーラが、自身の美しすぎる妹、リリアーヌを保護するために私財を投じて設立した非公式精鋭組織――『天球の灯(スフィア・ランタン)』の拠点である。


 その一室、ギルドの資料室には、およそ知的な専門職とは思えない、極めて幼稚な罵声が飛び交っていた。


「……あり得ない! この数式オタク! その目は節穴!? 脳みそがインクで染まってんだろ、バーカ、バーカ!!!」


「うるせぇな、しつけぇんだよ、この鳥アタマ!! お前の頭には羽毛しか詰まってねーのか、バーカ!!」


 リンとガイである。


 普段は絶妙なコンビネーションを誇る二人が、角を突き合わせて怒鳴り合う。


「だいたい、何で勝手に食べるわけ!? 俺がなけなしの金を叩いて買ってきた、最高級のベリーだよ?!路地裏のヤンキーだって人の獲物には手を出さないよ、この古文書バカ!!!」


 ガイの怒りは深刻だった。


 リンの喜ぶ顔が見たくて作ろうと思ってたケーキの材料だったのだが、それを伝えるのは照れくさい。


 だが、全く悪びれる様子のないリンの態度は承服しがたい。


 結果として、感情が「可愛さ余って憎さ百倍」に書き換えられてしまっている。


「うるせぇな! どうせ俺に食わせるために用意してたんだろ? だったら最終的な着地点は俺の胃袋で同じじゃねーか。食われたくねぇなら名前でも書いとけ、バーカ!!!」


「……っ!!! 同じわけあるか、リンのバカーー!!!」


 リンにしてみれば、軽い気持ちのつまみ食いを、極悪非道な罪状のように詰られ、反射的にトゲのある屁理屈を並べているだけなのだが、謝るきっかけを、自分から全力で叩き折っている。


「寄るな、来るな」という割に、お互いの胸ぐらを掴み、額をゴツゴツと付き合わせる様は、もはや縄張り争い中の野良犬の様相である。


 あわや取っ組み合うかと言う寸前で、ギルドの治療師カトリーナが呆れたような溜息を落とした。


「はいはい、そこまで。お二人さん、お嬢様がお呼びだよ。喧嘩の続きは、エレオノーラ様の目の前でどうぞ?」


 その名が出た瞬間、二人の背筋にツッと冷たい戦慄が走る。……しかし。


「行くけど、俺は絶対リンを許さないからね、バーカ!」


「……っとに、しつけぇな。許さなくて結構だっつーの、一生根に持ってろバーカ」


 二人は互いに背を向けたまま、最悪の空気感を引き連れて、主の待つ執務室へ向かうのだった。


 とはいえ、相手は氷の暴君である。


 パッと優雅に開いた扇子を口許に当て、エレオノーラは悠然と目を細めた。


 そして喧嘩の熱量など朝露ほども気に留めず、一刀両断したのであった。


「くだらないことで、争わないで頂戴。そんなことより、リリアーヌの『ふわふわ』のために、伝説の卵『黎明の(プラーヌス・)宝玉(ジェンマ)』を入手していらっしゃいな」


「そっちの方がよっぽど『くだらない』じゃん、お姉様」


「俺のベリーだって俺にとっては『宝玉』だったんだよ、お姉様……」


 喧嘩中の二人のピリついた様子など、彼女にとっては道端の石ころ以下の関心事らしい。


 気にしてほしいわけでもないが、ここまで無視されると逆に虚しくなる。


 二人は辛うじて、突っ込みたいことだけ突っ込んでおいた。


 その瞬間、爆発音かと身構えるような大きな音を立てて、カイルの研究室の扉が開く。


「リン君、ガイ君! 新しい任務に赴くならぜひこれを持っていきたまえ!最新作『双子蟹の(キャンサー・)共鳴儀(レゾネーター)』だ! 都市なら二つ三つ跨いでもクリアな音質を保証するぞ。左右一対のカニが、離れた場所で同じ振動(こえ)を共有し、これまでにない広範囲での通信を可能とした最高傑作だ!!!」


 ここにも、空気を読まない……というか、空気という概念すら存在しない研究者がいた。


 誇らしげに掲げられたカニの、耳に装着するだろうハサミの部分は相変わらず鋭く光っている。


「君たち、いつも仲良しだから、お揃いにしてみたよ。嬉しいだろう?」


 お願いだから誰か一人くらい今の状況に気づいてくれ。


 誇らしげなカイルを前に、リンとガイは一瞬だけ、絶望的な沈黙を共有した。そして同時に、魂の叫びをぶつける。


「俺は今、すっごく怒ってんの!!!」


「俺だって、こいつとお揃いなんて死んでもごめんだ!!」


 二人の叫びは、誰の耳にも届くことなく、高級アンティークの間を虚しく吹き抜けていった。

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