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自分の為?

 まず、創作は「自分の為」に行うのでは?という点から考えてみたいと思います。



 創作とは往々にして、自分自身の内側に溜まり続けた感情や思想を、外側へ流し出す行為であるように思えるのです。


 喜び、怒り、悲しみ、孤独、不安。


 そうした感情は、ただ胸の内に抱え込んでいるだけでは澱のように沈殿し、やがて心を濁らせていく。

 それを避けるために、人は言葉という形で外へ吐き出そうとするのではないでしょうか。


 


 小説を書くという行為は、一見すると他者へ向けた表現に見えます。


 しかしその実、最初に相対しているのは読者の「誰か」ではなく、ほかならぬ自分自身であることが多い。


 自分の中にある痛みや熱。こみ上げても飲み込むしかない激情を、そっと机の上に文章として生み出し、眺める。

 言語化という作業を通して、初めて輪郭を得る感情があるのでは?と小生は思います。



 もし誰にも読まれなかったとしても。

 もし誰にも理解されることがなかったとしても。


 その物語を書いたという事実だけで、心がほんの少し軽くなる瞬間がある。


 

 その瞬間、創作は紛れもなく「自分の為の行為」として完結しているのだと、小生は思うのです。


 

 

 無論、皆が過去の偉大なる文豪の如き名作を生み出せる訳ではない。

 しかし、名作というのは何をもって名作となるのか。


 文字数でしょうか?語彙力でしょうか?描写力でしょうか?


 小生は全ては時の運。そして宣伝力であると存じます。


 というのも結局は文学も芸術品。

 内容よりも、誰が書いたか。

 メディアなどに取り上げられたか。

 誰に推薦されたか。


 文学に興味ある人間以外なら、重視するのは精々この三点くらいではないでしょうか。


 生前よりも死後、友人であるマックス・ブロートによって発表され、再発見・再評価されたフランツ・カフカの例を挙げたいと思います。


 

 彼は生前、『自らの原稿を全て焼却してほしい』と遺言を残していました。


 しかし親友であったブロートはそれに背き、原稿を世へ送り出した。


 結果として、彼の作品は後世において高く評価され、文学史に名を刻む存在となったのです。


 


 では、ここで一つの疑問が浮かび上がります。


 


 『カフカは本当に、世界へ向けた創作をしていたのだろうか?』


 


 少なくとも、彼の言葉通りに受け取るならば、彼は世界の為ではなく、ほとんど自らの孤独と向き合うためだけに書いていた人間だったのかもしれません。


 それでも、彼の文章は後世の人々の心を揺らし続けている。

 



 つまり、作品の価値というものは、必ずしも作者本人の意思や評価基準だけで決まるわけではないということです。

 


 名作とは何か。 


 それは、作者が望んだから生まれるものではなく、時代や偶然の流れの中で、いつしか『そう扱われるようになっただけ』な存在なのかもしれません。


 



 皆様は普段書店に行かれますか?

 明確な目的があって書店へ足を運ばずとも、その店の前を通り過ぎる際、店員によって『○○章受章作品』や『映画化・ドラマ化決定』のポップがつけられた書籍に目が行くでしょう。


 無論それでも興味のない人間は手に取らない。

 しかし、読書趣味の人であれば、話題作りの為に手に取る可能性は高いのではないでしょうか。


 

 ライトノベルも同様です。

 なろう・カクヨム・アルファポリス等今や多くの投稿サイトが存在し、それぞれ無数の作品が生まれては、日の目を見ることなく埋もれていきます。


 コンテストや各出版社の公募賞レースに参加し、大賞は取れずとも、一時通過や二次通過、最終選考に残ったのであれば、それを元に宣伝し、多くの読者を得るチャンスを得るわけです。



 そこでアニメ化やコミカライズ、書籍化が決まれば、なろう作家の中では一流と胸を張って言える事でしょう。

 現状、アニメ化やマンガ化は活字が苦手な人でも手軽に楽しめるコンテンツであり、アニメを見て原作を購読する人も多いのではないでしょうか。


 


 無論、その称賛と羨望の場に立つことが出来るのは、この『小説家になろう』に投稿しているほんの一握りだけ。


 そうでない我々が胸を張って名乗れるのは、あくまで


 『物書き』


 であるという事実のみ。


 



 評価や名声は後から勝手に付いてくる副産物に過ぎないのではないでしょうか。


 


 となると──やはり創作の根は、まず自分自身へと向かっている。


 


 拙くとも。

 未熟であろうとも。

 誰に届かなくとも。


「小説ッ!!書かずにはいられないッ!!」



 その衝動こそが、創作の最初の火種であり、

 最も純粋な動機なのだと、小生は考えているのです。




 しかし、創作がそれだけで完結しているかと言えば──

 どうやら、そう単純な話でもないようです。




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