32.ブレイズウルフ戦②
一番倒しやすい者から倒す。そう言わんばかりに、ブレイズウルフは音速を越える速さでワタシに接近。ワタシの首目掛けて、鋭く発達した牙を突き立てる。
グシャッ……!
刹那、視界を覆いつくす赤い血。それは紛れもなくワタシの血だった。だが出血場所は首ではない。
「なぜ……なぜ貴様は目を閉じている!?」
間に合ったっ!
目で追えない攻撃に、ワタシはブレイズウルフの殺気を読むことで対応したのだ。しかし、首を守るために犠牲にした左腕は肘から先が食い千切られ、流血が止まらない。
ワタシは目を開けると嗤いながら左腕を振り、飛び散る血液でブレイズウルフの視界を奪う。
「ぐぬっ……小癪!」
宙に浮いたブレイズウルフが着地する──その直前。ワタシが放った蹴りがブレイズウルフの胴体にクリーンヒット。
「グオァアァッ!」
空に浮いたブレイズウルフは身動きが取れない。
「ライラさん今ですっ!」
「わかってるよ!」
ジャリンッ!
ワタシの声に呼応して現れた八本の鎖がブレイズウルフを拘束する。次いで水の膜を纏った土がブレイズウルフの足と胴体を生き埋めにし、顔だけが見える状態になった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ワタシは剣を持ったまま左腕を押さえ、立ち尽くす。ゲームに勝って喜ぶ子供のような笑みを浮かべるワタシは、千切れた左腕の痛みを感じていなかった。
「今何が起きたってんだ!?」
「大丈夫かサクラ!」
何が起こったかわからず、拘束されたブレイズウルフを見て呆然とするロク。ワタシの声に応えて魔術を行使したライラと、戦闘終了と同時に駆け寄ってくれたウィリアムは、ワタシとブレイズウルフの一瞬の攻防を目で追えていたようだ。
「ったくおめぇは何べん言や無茶しなくなるんだい……」
「すみませんライラさん……回復ありがとうございます。でもっ、やめられないんです!」
ワタシは、ため息を吐きながらも治癒魔術でワタシの腕を再生してくれているライラにお礼を言う。
「サクラ、おめぇはもっと上手くやんな。今だってロク以外あの速さに付いて行けてたんだ。ガタイだけはいいロクを盾にして反撃すりゃあ無傷で倒せただろう」
「ババアテメッ、オレ様を殺す気かよ!」
「ふんッ……アタシをババア呼ばわりした奴への当然の報いだよ」
ワタシの腕が元通りになると、ライラは立ち上がりロクに背を向けた。
「ケッ……とんでもねぇクソババアだぜ」
「……何だって? もう一遍言ってみな」
ライラにいつになく冷酷な目を向けられ、ロクが竦む。そんな場違いなやり取りを横目に、ウィリアムはブレイズウルフの前に立った。
「教えろブレイズウルフ。ザレクは今、どこにいる?」
「やはり、貴様らの目的はザレク様か……」
身動き一つとれず、喉元に剣を突き付けられている状態でなおブレイズウルフは顔色一つ変えない。ブレイズウルフはしばし考え、ウィリアムの信念がこもった表情を見た。
「ウィリアムよ。貴様がザレク様に挑む理由は、復讐以外にもあるのだな?」
「ああ」
「そうか。貴様は我が考えていたより強いのだな。加えて貴様の同行者も……先刻の戦闘は見事だった。我の完敗だ。貴様らの実力ならばザレク様の本気を引き出すことはできるであろう」
「御託はいい。今すぐザレクの居場所を教えろ」
ウィリアムが剣先をブレイズウルフの喉に押し付ける。剣を伝い、ポタポタと黒い血が流れ落ちた。しかしブレイズウルフは冷静に、ウィリアムを見定めるように問い返す。
「貴様は何を求めてザレク様に挑む?」
ウィリアムはより剣に力をこめ、早く居場所を聞き出そうとする。だが彼は、何かを思い出したように剣を握る力を緩め、ブレイズウルフの質問に答えた。
「妹の蘇生だ。ザレクの羽があればそれも可能だろう?」
ウィリアムの問いに、ブレイズウルフは目だけで頷く。その仕草に、ウィリアムの目が喜びに揺れ動いた。それを見て、ブレイズウルフが口を開く。
「そうか。ならばザレク様に挑む時は覚悟しておくことだ。なにせザレク様は貴様の妹を──」
グシャッ!
「……っ!」
ウィリアムの目の前で拘束されていたブレイズウルフの肉体が、空から落ちてきた大質量の瓦礫に押しつぶされる。飛び散る黒い魔物の血と瓦礫の破片から目を守るため、ワタシは目を覆った。
「久しいな。ウィリアム」
ブレイズウルフとは比べ物にならないプレッシャー。その発生源は上空。天井を崩壊させて現れたのは、全身に鮮やかな赤色の羽を生やし、雄大な三対の翼を羽ばたかせる巨鳥──不死鳥のザレクだった。
「あの野郎、自分の子分を殺りやがった……」
子分思いのロクは、ザレクが腹心のブレイズウルフを躊躇なく瓦礫の下敷きにしたことへの怒りを表す。両の拳を強く握りしめ、スキンヘッドの頭には血管が浮き出ていた。
「いいねぇ……神と呼ばれるおめぇらに、アタシが七十年間費やしてきた魔術がどこまで通じるか、ずっと試してみたいと思っていたんだよ!」
ライラは自らの人生を費やした魔術が神獣にどこまで通じるのか気になって仕方がないらしい。戦闘時にはいつも冷静に指示を出していたライラも、今回ばかりは愉悦を孕んだ挑戦的な笑みをたたえている。
二人の横で、ワタシは全細胞が震えるほどの歓喜を味わっていた。
ああ、これが不死鳥のザレク……戦う前からわかる。期待以上だよっ! 早く早く早く……早く戦いたいっ!
ザレクは天井付近に滞空していて手が出せない。ワタシはじれったい気分でザレクが降りてくるのを心待ちにして、剣を構える。
「ザレクッ!」
最後の復讐相手を前に、ウィリアムは眉間にシワを寄せ怒声を上げる。憎悪と希望。両方を併せ持つ金色の眼光が、ザレクを射抜いた。対してザレクは、嗜虐的な目でウィリアムを見下ろした。
「ワレは貴様への興味なぞとうの昔に失っておった。だが一つ、貴様に見せたいものがあったのだ」
嘲笑混じりの声でそう言うザレク。その翼付近には、炎で縁取られた円形の黒い穴が開く。
「なっ!? エレ……ナ……?」
黒い穴から姿を現したのは、腰まで伸ばした青髪に、虚ろな翡翠色の瞳を持った少女。ワタシよりも少し年上の少女。彼女はザレクに殺されたはずの、ウィリアムの妹だった。
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