3.魔物殺したち
「あらよっと!」
男の掛け声とともに、ワタシの身体は石レンガの床に放り投げられた。その衝撃に、途絶えていた意識が薄っすらと蘇る。
「今日からこいつもこの牢だ。だるいから揉め事は勘弁してくれよ」
「ケッ……女が来るっていうから期待してたのによぉ。まだガキじゃねぇか」
左右に二段ベットが敷き詰められた狭く薄暗い牢屋。看守らしき男が鉄格子の南京錠をかけた後で、ようやくワタシの意識はハッキリしてきた。
「おうクソガキ。目が覚めたみてぇだな」
二段ベットの上段で寝そべっているスキンヘッドの男が、頬杖をついた姿勢でいかつい顔を向けてくる。
「あなたは誰ですか?」
スキンヘッドの男から敵意のような、ワタシを見下すような気配を感じ取り、ワタシは立ち上がる。
いっっっ!
肩が、横腹が、身体中が痛い。思わず顔が引き攣る。
ドシンッ!
地響き。その重い音に顔を上げると、目の前にスキンヘッドの男が立っていた。上裸の彼は筋骨隆々──熊か何かのように鍛え上げられた肉体を前傾させ、暴力団にでもいそうな顔でワタシを威嚇した。
「オレ様はロクってんだ。なあクソガキ。オレ様にそういう趣味はねぇが、ずっとこんな場所に押し込められて溜まってんだよ。相手してくれや」
神経を逆撫でする猫撫で声。今しがたその意味を体感したワタシの胸に向かって、ゴツゴツしたロクの手が伸びる。
「ふぅん……そういうことするんだ」
また戦えるっ!
その比類なき高揚感に自然と口元が歪み、声が弾む。狂戦士化のスキルが発動し、ワタシの双眸は真紅に染まった。
「テメェ……やる気か?」
腕を振り回し、首をゴキゴキと鳴らすロク。彼がワタシを見下す黒い視線と、ワタシのニヤけた上目遣いの赤い視線が交錯する。
「このオレ様に逆らうとどうなるか教えて──ゴボフッ!」
脅し文句を並べるロク。その無防備な顔面に向かって蹴りを放つと、あっさりとクリーンヒットした。
「あれ? もう終わり?」
よろけるロクに非難の視線を向けた途端、彼は大振りの一撃を放つ。
カアァァァン!
狙いを外した拳がワタシの頬を掠め、傷を上書きする。ロクの拳が直撃した鉄格子は言うまでもなく、大きく折れ曲がっていた。
「テメェ! 人の話は最後まで聞けや!」
「いいよいいねそうこなくっちゃ!」
またも大振りの拳が眼前に迫る。
「それはもう見たよっ!」
ワタシはロクの突き出された腕を下から蹴り上げる。
「ぐおッ!」
ワタシはすぐさま体勢が崩れたロクに接近。彼の鳩尾に狙いを定め、拳を突き出す──。
「若造どもが! 年寄りの睡眠を邪魔するんじゃないよ!」
ワタシの拳がロクに届く直前、横から老婆のしわがれ声が聞こえた。そしてその瞬間、ワタシの身体はピクリとも動かなくなった。
どうやらそれはロクも同じようで、いつの間にかワタシたちは紫色に光る鎖で拘束されていた。
あのお婆さんも強そう。戦いたいなっ!
「おいババア! 今すぐこの魔術を解きやがれ! オレ様は今このクソガキに──」
「ロクおめぇ……誰に向かってババアと言ったアァ!」
老人から溢れ出る尋常ならざる覇気に、思わず目を見開く。
すごいっ……!
「やっ……ちょっ……ライラの婆さん許し──」
「ふんッ……」
鼻を鳴らし、ライラと呼ばれたお婆さんはシワだらけの指をクイっと下に向ける。
「えっ! ワタシっ!?」
ライラの指に連動してワタシの両足に絡まった鎖が動き、体勢を崩される。そしてすぐ、ワタシを縛っていた鎖が砕け散った。
「ちょ……マジでやめっ──」
その瞬間、狙いをずらされたワタシの拳は、何故か拘束される前の勢いそのままに、震えあがるロクの股間に直撃した。
「ハグゥアァッ……!」
痛そー……。
「だ……大丈夫ですか?」
声帯が壊れそうな絶叫を上げ、股間を押さえ悶え苦しむロク。その憐れな姿に、さすがのワタシも戦意を失う。
目の色が真紅から黒に戻ったワタシは看守が駆けつけてくるまでの間、大の男が地面をのたうち回るさまを延々と見続ける羽目になった。
***
「次揉め事を起こしたら全身を拘束するからな」
ワタシたち三人は別の牢に移され、三日間食事抜きとなった。
「……ったく、なんでアタシが若造どもの巻き添えを食らわにゃならないんだよ。こちとら安眠を邪魔された被害者だってんだ」
「す、すいやせんライラの婆さん」
ライラに睨まれたロクが、ビクビクしながら謝る。白髪で小さいお婆さんに委縮する大柄の男。なんとも滑稽な絵面だった。
「んで、あんた名前は?」
「サクラです」
「サクラか。アタシゃライラだ」
そう言ってライラは、ワタシの全身を舐め回すように視線を這わせる。そして目が合うと、ライラはその紫紺の瞳を丸くした。
「おめぇ……異世界人だな?」
「わかるんですか?」
「そりゃわかるさ……おまえさん、鑑定してみればスキルを三つも持ってるじゃないか。魔物を殺して得られるスキルは本来一つまでなんだよ。この世界の人間ならな」
「へぇ……」
それってかなりチートかも……。
「じゃあさっきの鎖がライラさんのスキルなんですか?」
「んや。ありゃただの魔術だ。魔術は学べば誰でも使えるが、おめぇら異世界人は無理だ。おまえさんからは魔力を感じないからねぇ」
魔術か……まあ異世界だもんね。あって当然か。
「で、どうするよ婆さん。このガキにも話すのか?」
「そりゃそうだろうが。バカかおめぇ、おんなじ牢にぶち込まれたやつに隠れてやれるわけないだろう」
何やらライラに耳打ちしていたロクの肩がビクッと跳ねる。
「それにこのガキはただのガキじゃないよ。その歳で魔物を殺してる。それにロク、おめぇさっきそのガキに負けそうになってただろうが。もう忘れたのかい?」
「ぐっ……」
ロクを言いくるめたライラは再びワタシに向き直り、シワだらけの顔で挑発的に笑った。
「サクラ。おまえさん、脱獄する気はないかい?」
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