26.永遠の魔女
「あっ! もしかしてあれじゃないですかっ?」
石板を頼りに幻惑の森の中を歩くこと数時間。ワタシたちの前に現れたのは、小さなログハウスだった。
不気味な植物が栽培されている小さな畑を抜け、ワタシたちはログハウスの扉の前に立つ。するとウィリアムが真っ先に、扉をノックしようと手を伸ばす。
「待ちな小僧。この扉、呪われてるよ」
ライラが杖の先で扉を叩くと、禍々しい紫色の炎が逆巻く。
「……っ。ならどうする?」
「アタシに任せな」
そう言うとライラは扉の前に立ち、杖を地面についた。次の瞬間、ライラの杖からは白い光のベールが飛び出し、ライラの周りをゆらゆらと漂う。
「これだけありゃ十分だろう」
ライラの周囲を圧倒的な数のベールが舞い踊る。ライラが杖をトンッと鳴らすと、光のベールは風に踊るようにして、呪いの炎に向かってなだれ込む。
ジュワジュワ……。
呪いの炎は迫りくるベールを次々と焼いていく。だが同時に、ベール一枚一枚が確実に呪いの炎の勢いを弱めていった。
「終わったのか?」
やがて呪いの炎が完全に消え去り、ウィリアムがライラに確認をとる。
「ああ終わったよ。この呪いは大したことなかったねぇ」
呪いがなくなったことを確認すると、ウィリアムは木製の扉をノックした。
コンコンコン……。
だが、中から反応はない。
「……なんだぁ? 永遠の魔女って奴ぁいねぇのか?」
「んや、中に人間の反応があるよ」
いつの間にか探知魔術を発動させていたライラはそう言うと、杖の先を扉に向けた。次の瞬間──。
バゴッ!
ライラが放った石礫が、扉を破壊し吹き飛ばす。そして扉の木片は、テーブルで眠っていた若い女性の頭に直撃した。
「いっっったあぁぁい!」
間延びした悲鳴を上げて、女性──ティーナはゆったりとした動きで顔を上げた。彼女の目元には濃いクマができており、足元まで伸びきった柳色の髪はボサボサだった。
「アンタが永遠の魔女ティーナだね?」
「だとしたらなんなのよぉ~」
眠そうに翡翠色の目を擦るティーナは、二十代前半とも思える容姿をしており、とても二百年以上生きた魔女には見えない。
「頼む。俺たちに呪術書を譲ってくれないか? 俺たちにはどうしても呪術が必要なんだ」
ウィリアムの話を聞いたティーナは、半分閉じた目で冷笑した。
「人の家のドアを壊しておいて謝罪もしないクソ野郎さんたちにはぁ〜、渡したくないわぁ~」
「その件はすまない。扉は俺たちで直す。必要ならば弁償もしよう」
躊躇うことなく頭を下げるウィリアムに、ティーナはなおも底冷えのする声を出した。
「呪術書はわたしの大事な大事な研究資料なのよぉ~。渡すわけがないじゃな~い!」
「少し見せてくれるだけでもいい……頼む」
「だぁめっ! わたしの安眠を邪魔するようなゴミカスさんたちはぁ〜、無知なまま地面に這いつくばっている方がお似合いよぉ~」
ワタシたちをとことん見下すティーナは、無造作に紫色の小石を放り投げる。その小石が床に落ちた時、見えない何かがワタシの足を撫でた。
「あれっ……?」
気付けばワタシは、地面におしりと両膝をつく、女の子座りの形で崩れ落ちていた。
足に、力が入らない……。
「サクラ……?」
「ウィリアムさんこれヤバい──」
「ぐおっ……?」
すぐ後ろでロクが豪快に尻餅をつく。
「ロクまでどうし──」
ウィリアムも足から力が抜け、片膝立ちになる。
「くっ……なにが?」
「フフッ! 呪術を使って何をしたいかは知らないけれどぉ~、呪いの力に頼ろうとしたカスどもにはぁ〜、無様な姿がお似合いなのよぉ~」
愉悦に歪んだ顔をしたティーナは、ワタシたちを見下し、魔術師らしい短い杖を手に取る。
「闇よ呪え。憎しみを力に、彼の者たちを塵と化せ。サースト」
黒く呪われた風が、ワタシたちの頬を撫でる──その直前。神秘的な白い光の結界が、ワタシたちを覆った。
「ふんッ……二百年の研究成果はこの程度かい……おめぇはこの二百年、いったい何をしてたんだい?」
いつの間にか、床やテーブルに積み上げられた本や資料を見ていたライラが呆れた声を上げる。彼女が張ってくれた結界は、ティーナが詠唱した呪いの風を簡単に打ち消す。
「ねえクソババアさん。人の研究成果にドブの付いた手で触れてぇ~、挙句の果てにわたしの二百年をバカにするなんてぇ~……死にたいのかしらぁ~!」
半目でライラを睨むティーナ。彼女は紫色の小石を掴めるだけ掴んで、ライラに投げつける。
「そんなおもちゃ、アタシには効かないよ」
ライラが虫を追い払うように手を振ると突風が発生し、小石はすべてティーナの元へと返却される。
「ちょっとぉ!?」
慌ててログハウスの外に逃げようとするティーナ。
「させないよっ!」
ワタシは上半身を倒し、横を通り抜けようとしたティーナの足に手を伸ばす。足を掴まれたティーナはバランスを失い、顔面から床にダイブした。
「グエッ……!」
コロコロコロッ……!
ライラが風魔術で跳ね返した紫色の小石がティーナの近くに落下。ティーナの全身を撫でる透明な霧が、今度は薄っすらと見えた。
「殺すなら殺しなさいよぉ~! もう指一本動かないわぁ~……」
ティーナが、床に埋まった頭からくぐもった声を上げる。ふてくされた声を上げたティーナに、ライラは訂正する。
「殺しやしないよ。アタシらは呪術書を見せてくれればそれでいいんだ。呪術の使い道だって、おめぇが忌避するような外道な使い方はしないさ」
トンッ!
ライラが杖で床を鳴らすと、白い光の結界が砕け、光の粒が雪のように降る。その光に触れた途端、ワタシの足の感触が戻った。
足、動く……。
ワタシは立ち上がると、ティーナの後ろ襟を掴み、床から彼女の頭を引っこ抜く。すると、ワタシに持ち上げられ、手足をダラリと垂らしたティーナはふてくされたように口を尖らせた。
「なら何のために呪術を使うのよぉ~?」
「不死鳥のザレクを倒すためさ」
「ふぅん……」
ワタシが手を離すと、ティーナはノソノソとテーブル横の椅子まで歩き、腰を下ろす。それからあくびをしてようやく、緩慢な動きで首を縦に振った。
「わかったわぁ~。呪術書を見せてあげてもいいわよぉ~」
「感謝するぞ、永遠の魔女」
お礼を言うウィリアムに、ティーナは眠そうに涙を溜めた目を細め、ネットリ微笑んだ。
「ただしぃ~、今はまだ呪術書の断片しか手に入ってなくてぇ~。残りは封印されてるから、ここに欲しい呪術が載ってなかったら自分で封印を解いてみるがいいのよぉ~」
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