2.初めての戦闘
「ニンゲンゴトキガ、チョウシニノルナ!」
赤い目を爛々と光らせたゴブリンが、黒光りする金属製の棍棒を振り回し迫ってくる。
「いいねっ。戦闘らしくなってきた!」
ザッ!
ワタシは地面を滑って横薙ぎの棍棒攻撃をかわす。
「ギッ!?」
ワタシの姿を見失いキョロキョロと周囲を見回すゴブリン。ワタシは立ち上がるよりも先に、ゴブリンの足を斬りつけた。
「ギイィァァアアァァァッ!」
両足を失ったゴブリンは醜い悲鳴を上げ、上体は地面に落ちる。ワタシは立ち上がり、仰向けになった緑色の身体に剣を突き立てた。
「アッハハッ! これで二匹目!」
泥のように黒く汚い魔物の血を浴びながら、ワタシは嗤う。
楽しい!
ヒュンヒュンッ!
唐突に放たれた二本の矢。咄嗟にワタシは身を捩り回避を試みる。だが、矢はワタシの頬と太ももを掠め、出血を促す。
「ギイィィィイィィッ!」
二刀の曲刀を持ったゴブリンが、体勢の崩れたワタシに畳みかける。
「いいよそうだよっ! 一方的じゃつまらない!」
まず振るわれたのは左の曲刀。ワタシはそれを剣で受ける。
だが次の瞬間、左の曲刀でワタシの剣を押さえたまま、ゴブリンはもう一本の曲刀を振り上げる──。
防げない……ならっ!
ズバンッ!
一瞬の攻防。その直後。撒き散らされたのは黒く濁った魔物の血液だった。
ゴブリンの曲刀がワタシの命に届くより早く、ワタシは力ずくでゴブリンの左の曲刀を押し込み、首を刎ね跳ばしたのだ。
「これで……三匹目」
楽しい! 気持ちいい!
「スキル『狂戦士化Lv1』を獲得しました」
頭の中に無機質な声が響く。けれど今、興奮状態のワタシにその声が届くはずもなかった。
ワタシは肩に食い込んだ曲刀を無造作に引き抜き、残りのゴブリンたちに向き直る。
「ギッ……」
金属製の小手を両手にはめたゴブリンが、冷や汗を流して後退る。
「へぇ……魔物にも怖いって気持ちはあるんだ」
「バケモノメ……」
弓を持ったゴブリンもそう言って後退る。そこでようやく、ずっと岩に座っていた槍持ちのゴブリンがゆっくりと腰を上げた。
「オマエたち。ニンゲンごときに脅えているのか?」
「ソンナ、コトハ──」
スッ…………。
他のゴブリンよりも背丈が小さい小柄──といってもワタシより大きいが──なゴブリンが、その身長の倍以上の長さがある槍で完璧な弧を描く。それだけで二匹のゴブリンは、首から上がなくなった。
「ニンゲン! オマエは、オレが殺す」
「ふぅん、仲間殺しか……いいね。歯ごたえありそう!」
「後悔してももう遅いぞニンゲン!」
比較的流暢に人間の言葉を話すゴブリン。彼はその小柄な肉体からは想像できない脚力で地面を抉る。その瞬間、ワタシとゴブリンの間に合った十メートル近い距離が消えた。
ザクッ!
「ゲホッ……!」
槍先がワタシの横腹を貫く。攻撃を防ごうと振るった剣は根本から砕かれた。勘で横に跳んでいなければ、貫かれていたのは間違いなくワタシの心臓だった。
「や……るね……でもっ!」
ワタシは横腹に刺さった槍の柄を掴み、槍に貫かれたまま前進する。折れた剣を捨て、ワタシは黒かった瞳を真紅に染め上げ叫んだ。
「甘いんじゃないっ!」
獲物を見つけた肉食動物を、彷彿とさせる目をゴブリンに向け、ワタシは横腹から血を撒き散らしながら前進した。
「なんなんだオマエは!? 本当にニンゲンなのか!?」
ゴブリンの目から余裕が消えていく。目を見開いて槍を引き戻そうとするが、ワタシの握力がそれを許さない。
「カハッ……届いたよっ!」
血反吐を吐きながら咆哮するワタシの左手が、槍を握るゴブリンの右手首を捕らえた。
「ぐっ……」
何故かは分からないが、ワタシが全力で左手に握力を込めると、ゴブリンの手首は簡単に潰れた。
「なんだその力は!?」
いける!
ワタシはゴブリンに飛び掛かり馬乗りになる。そして全体重を乗せて両手で首を絞めつける。ゴブリンも抵抗してワタシの首を鷲掴みにするが、ほとんど力はこもっていなかった。
「アッハハッ! 勝負はついたみたいだねっ!」
ゴブリンの赤い瞳に映るワタシは、体裁も何も気にしない満面の笑みを浮かべていた。
「……! そ……うか。その、赤い……目。オマエは、狂戦士化のスキルを……」
そこで、ゴブリンの命は尽きた。それと同時にワタシの目も黒色に戻り、身体中の傷が熱を持ち始める。けれどそんなことは気にせず、ワタシは槍を横腹から引き抜いて立ち上がった。
「これが殺し合い……これが戦闘?」
血まみれになった自分の手を見つめていると、身体中に歓喜の震えが巻き起こった。
「楽しい! 面白いっ! 何これ? こんなに気持ちいいものがあるなら最初から教えてよっ!」
始めて夢中になれた! それに戦闘中は感情をさらけ出せた。何の我慢もせずに思うがままに笑って叫んで……。
「もう愛想笑いなんてしない。もう我慢なんかしない。誰に迷惑をかけようと、ワタシはこの気持ちを偽らない!」
「スキル『剣術Lv1』を獲得しました」
「スキル『見切りLv1』を獲得しました」
そのとき、頭の中にまたもや無機質な声が響いた。
「スキル……か。やっぱりここは異世界なんだね」
初戦闘の興奮から覚めたワタシは、自分の身体を見て現実的な問題に直面する。
「この怪我、どうやって治そう? それとボロボロの服もどうにか──」
ゴンッ!
突如、首に衝撃が走る。ふいの衝撃に、ワタシは意識を保てず地面に崩れ落ちた。
「ハァ……禁呪の召喚魔術が使われた疑惑があると調査に来てみれば、まさか魔物殺しの大罪を犯す場面に直面するとは」
「いいじゃないっすか。こっちの方が騎士らしくて」
薄れゆく意識の中、ワタシは全身に鎧を纏った騎士の姿を見た。
「おまえなぁ……魔物殺し──大罪人はみな、果ての牢獄に連行しなくちゃならないだろうに。帰りはかなりの遠回りになるぞ」
***
スキル『狂戦士化』──アクティブスキル。発動時は使用者の瞳が真紅に染まり、ダメージを負うごとに全ステータスが向上する。レベルが上昇すると、ステータスの上昇量が増える。
スキル『剣術』──パッシブスキル。レベルに応じて剣の腕が上がる。また、剣を手にしている間はステータスが上昇する。
スキル『見切り』──パッシブスキル。レベルに応じて動体視力が上がる。
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