19.野営
「ったく、おめぇは無茶しすぎなんだよサクラ。もっと頭を使いな」
ワタシとウィリアム、それに合流したロクとライラは今、王都へと向かう馬車に揺られている。ワタシの傷を完治させてくれたライラが挑戦的に目を細め、口を開く。
「それで、おめぇらはちゃんと金稼いだのかい? まさか魔物を倒すのに夢中で一銭も稼げてないだなんて言わないよねぇ?」
「それは大丈夫です。ちゃんと賞金首を衛兵に突き出して金貨百五十枚、手に入れましたから」
「ふんッ……悪かないね」
杖に手を置き、目を閉じるライラ。ワタシは彼女の横──魂が抜けたかのように眠っているロクを一瞥して、呆れた視線をライラに向けた。
「ライラさんはロクさんに、この二日間何をさせてたんですか……」
上裸のロクはボロボロで、身体の至る所に焦げた跡が残っていた。
「ふんッ……おめぇらみたいな若造は知らない方がいいだろう」
そう言ってライラは、大きめの皮袋に入った稼ぎ──およそ金貨八百枚をジャラジャラと鳴らし、邪悪な笑みを浮かべた。
ライラさんと一緒じゃなくてよかった……。
***
「暗くなったため、この辺りで野営します」
荷台の外から御者の声が聞こえた。川沿いに馬車が止まり、ワタシたちはそれぞれ野営の準備を始める。ワタシはロクさんと一緒に料理担当。それは山菜を摘み、野生動物を狩るところから始まった。
「サクラ。あの人食いウサギを狩るぜ。おまえは後ろに回って奴の注意を引け」
「はい」
森の中、ワタシは足音を消して人食いウサギの背後に回り込む。
思ったより大きい……。
遠くから見た時はわからなかったが、人食いウサギは大型犬くらいの体長を誇っていた。
ガサッ……。
ワタシが立てた葉が擦れる音に、人食いウサギは振り返る。手ぶらのワタシはどうしていいかわからず、とりあえず両手を大きく開いて威嚇してみた。
「キィィッ!」
だがワタシの行動に意味はなかった。人食いウサギは信じられない脚力を発揮し、木よりも高く飛びあがったのだ。重そうな身体で軽々と飛びあがり、今度はその自重を活かした急降下。
ワタシの首筋に噛みつこうと、人食いウサギは鋭利に発達した前歯を光らせる。
「おらよっ……と」
獲物の狩り方を確立した人食いウサギの行動はしかし、熟練の狩人の前では絶好の隙へと変わってしまう。ロクは慣れた動きで落ちてくる人食いウサギの足首を掴み、料理用の包丁を喉に突き立てた。
「ロクさん慣れてますね。昔は猟師だったりしたんですか?」
「ちげぇよ。オレ様は貧民街の出だからよぉ、ガキの頃から子分どもと一緒に野生動物を狩ってたんだ」
ロクは人食いウサギを肩にかけ、持ち上げる。
「おら。まだ調理が残ってんだ。くだらねぇこと言ってねぇでさっさと戻んぞ!」
「はい」
***
「おまえは手伝わなくていいから、こいつの血抜きをライラの婆さんに頼んでこい」
焚火の火で山菜を茹でるロクが、人食いウサギの死骸を指してそう言った。
ワタシ、料理できないように見えたのかな? それとも……。
「ロクさん。カークスでの二日間、ライラさんにいったい何され──」
「聞くんじゃねぇっ!」
ライラの名前を聞いた途端、ロクは発狂した。スキンヘッドの頭を抱え込み、歯をカチカチと震わせてか細く言った。
「ライラの婆さんは悪魔だ……あんな目に合うくれぇなら一人でヒュドラと戦った方がましだ……」
哀れなほどに怯えきったロクを見て、ワタシは思う。
ライラさん……本当に何したのっ?
***
パチパチ……。
河原。角が取れた小石の地面に座り、ワタシは焚火の火が弾けるのをぼんやりと眺めていた。そこに、テントから出てきたウィリアムが声をかけてきた。
「サクラ。そろそろ見張りの交代時間だ」
「そうですか」
見張り役を終え、ワタシがあくびをしながら立ち上がる。するとウィリアムは、余っていた肉を串に刺して、ワタシに差し出した。
「この肉が焼けるまでの間、少し話さないか?」
ワタシは差し出される串肉を眠気で霞んだ瞳で見つめた。少し迷ってから串肉を受け取り、ワタシはウィリアムの隣に腰を下ろす。
「話って何ですか?」
普段よりも少しふんわりとした声が出た。眠気に侵食されていくワタシの様子に、ウィリアムは少し表情を緩める。
「実はキミに聞いてほしいことがあるんだ」
「そうなんですか……」
ワタシは生返事をして串肉の焼き加減を気にする。その隣でウィリアムは、傍らに寝かせた剣に手を置き、真剣な表情で焚火を見据える。
「俺はカークスのことで思い知ったんだ。魔物はやはり、人類にとって害にしかならないと」
一度言葉を切ったウィリアムは、決意を固めるために目を閉じ、大きく息を吸った。
「だから俺は、第二隊とザレクに復讐を果たした後、この国を魔物の支配から解放する」
声色は静かに、されど情熱的に。ウィリアムの決意を聞いて、串肉を口に運ぶ手が止まった。
「ウィリアムさんが復讐を終えた先のことまで考えてるなんて思いませんでした……」
一瞬、眠気を忘れてウィリアムの顔を見る。すると彼は照れ笑いを浮かべ、耳の裏をかいた。
「実は俺も驚いてる……俺が復讐を遂げた後のことを考えられるようになったのもキミのおかげなんだ。サクラがいなければ俺は今も復讐に囚われすぎて、いずれ破滅していただろう」
ワタシはあの夜、復讐の過程を楽しんだらって言っただけなんだけど……。
「サクラがいたから、俺は復讐以外のことにも目を向けられるようになった。キミが心から楽しんで戦う姿を見て、復讐だけがすべてではないとわかった。崩落の時、兵士たちを助けるキミの背中を見て、願いが二つあってもいいと教わった」
ワタシはただ、我慢をやめて我が儘にやりたいことだけやってきただけなんだけどなぁ……。
ウィリアムからの過大評価に、なんだかワタシが恥ずかしくなる。
「キミが──サクラが俺を変えてくれたんだ! ……だから、ありがとう」
ウィリアムは座ったまま胸に手を当て、頭を下げた。お礼を言う彼を見て、ワタシは眠くて半目になった目で笑う。
「お礼なんて言わなくていいのに……ウィリアムさんのそういう真っすぐなところ、ワタシ結構好きですよ」
***
「おや……? 若いねぇ……」
辺りが薄っすらと明るくなってきた頃。ライラがテントから出てきた。彼女は俺の膝の上で眠っているサクラを一瞥し、焚火越しに向かい合う位置に腰を下ろした。
「ウィリアムの小僧、おめぇ少し変わったな。サクラのおかげか?」
「……ああ」
俺は、テントに戻ることなく眠ってしまったサクラの顔を覗いて、ライラの言葉を肯定した。
「相変わらず不愛想だねぇ……」
何がおかしいのか、ライラはニヤけた顔で焚火を見つめる。
「まあいいさ。小僧、おめぇがサクラを大事に思うんなら、おめぇがその手でサクラを守ってやんな」
「当然だ」
言われなくてもそのつもりだ。俺はサクラを絶対に死なせない──もう大切な人を失いたくない。
「そうかい。これで少しは治癒魔術を使う負担が減るといいんだけどねぇ……」
そう言ってライラは肩こりをほぐすように腕を回す。短い会話が終わり、沈黙の時間が訪れるかに思えたその時、遠くからかすかに人間の足音がした。それも十や二十ではない。
「捕縛目標、発見いたしました!」
およそ三百。膨大な数の騎士が、全身に鎧を纏って俺たちの前に姿を現した。
あの不死鳥のエンブレム、間違いなく王国騎士団……しかも、第二隊ッ!
唐突に訪れた復讐の機会。待ち望んでいた機会に、俺は憎しみの炎を瞳に宿す。
「サクラ、ロク。あんたたちも起きな! お客さんだよ!」
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