17.ハイオーク
「ぐがっ……」
「うっ……!」
全身が熱を持ち、右手は言うことを聞かない。しかしその足枷を相殺して余りある『狂戦士化』スキルによるステータスの上昇。ワタシはかつてないほどの膂力を持って兵士たちを薙ぎ払った。
「ダメだ強すぎる! 全員で一斉にかかるぞ!」
ああ痛い……楽しい……痛い、楽しい、楽しい楽しい楽しいっ!
折り重なる剣戟をすり抜け、受け止め、斬る。ワタシが兵士たちに刻んでいく傷は致命傷には至らずとも、彼らを行動不能に陥れた。
「くたばれ化け物女ッ!」
いつの間にか背後に回り込まれた。一人の兵士が振り下ろす剣を無傷で防ぐすべをワタシは持ちえない。
なら右腕を犠牲にして──。
そう即断したワタシは右腕を兵士の剣にかざす。
「俺もいるぞ」
瞬間、突風が吹き荒れる。突如視界の外から現れたウィリアムが兵士の剣を弾き飛ばした。その兵士が、この場に立っていた最後の兵士だった。ウィリアムは地面を転げる最後の兵士を一瞥し、剣を振り下ろす──。
「頼む待ってくれ!」
そこに割り込んだのは、さっきワタシが胸を斜め十字に斬った兵士だった。彼は両手を広げ、最後の兵士を庇った。
「君たちを襲ったことは謝る。だが仕方なかったんだ。おれもこいつも、家族を人質にとられてクハ様に逆らえなかったんだ!」
彼の行動に、ウィリアムは剣を止める。
「確かに、中には金と女を求めてクハ様についてる奴もいる。だがそれは少数だ。ここにいる仲間は全員、クハ様の言いなりになるしかなかっ──」
その時、横から飛んできた大剣によって兵士の身体は吹き飛ぶ。壁にぶつかった兵士の状態からして、おそらく彼は絶命しただろう。
「なっ!?」
驚いたウィリアムは、大剣が飛んできた方向に目を向ける。ワタシも彼の視線を追うと、ハイオークのクハが心底つまらなさそうに目を細めた。それからクハは、四メートル以上はある彼の背丈よりも大きい大剣を片手で弄び始めた。
「兵士と言えど所詮は人間ということか……せっかくこのクハ様が使ってやったというのに情けない」
ドンッ!
クハの言葉を聞いて、ウィリアムは床を踏み砕く。音をも置き去りにする速さで繰り出された突きを、しかしクハは見向きもせずに片手で止めた。
「貴様ら魔物は皆そうなんだな……理不尽に人の命を弄び、奪う」
「強者が弱者を虐げて何が悪い? 貴様ら人間も魔物を完全なる上位存在として認めているだろう。つまり魔物が人間の命を掌握することこそが自然の摂理だ」
ウィリアムの剣と拮抗しているクハの腕は、たるんだ茶色の肉体からは想像もできないほどに頑丈だった。ヒュドラの固いウロコも斬って見せたウィリアムでさえ、その腕は斬れない。
「くっ……」
もう片方の腕でウィリアムに掴みかかるクハ。その動きに気付き一度下がろうとするウィリアム。
ズバンッ!
ワタシはウィリアムが動くよりも早く、大幅に上昇しているステータスにものを言わせてクハの手首を斬り落とす──豆腐にナイフを入れるように、あっさりと。
丸太ほどの太さがある腕の下、ワタシは口角を上げてクハの顔に剣先を向けた。
「ワタシも、混ぜてよっ!」
「人間、風情が……」
静かに怒気を放つクハの低い声が空間全体に響き渡る。人骨の山から立ち上がり、巨大剣を手にしたクハが放つ常人には耐えられない威圧感。その中でもワタシは嗤い、真っ向からクハに斬りかかった。
「ウィリアムさん。一回ワタシ一人で戦いたいので待っててくださいっ!」
背後のウィリアムを一瞥すると、彼はその場から動かず、いつでも援護できるように魔術を唱えて待機してくれていた。
「ありがとうございますっ!」
「このクハ様にそんな矮小な武器で挑むなど、侮辱も甚だしい!」
単調な振り下ろし。だが巨大な剣で繰り出されたその攻撃に、ワタシは天井が落ちてくるような錯覚を覚えた。ワタシはその攻撃を最低限の横移動で回避。その直後、凄まじい地響きが起こる。
ズドオォォォン!
強大な一撃が底の見えない谷を形成する。空間がひしめき、壁や天井も悲鳴を上げていた。
地下でこんな威力の攻撃をするなんて……一緒に生き埋めにでもなるつもり?
何にせよ、クハに攻撃させ続けると確実にこの空間は崩れる。短期決戦を決意したワタシは、クハの足元に飛び込んだ。
ここならあの大きい剣じゃ攻撃できないよねっ?
ワタシは間髪入れずにクハの岩のような足を斬りつけた。すると、クハの両足のアキレス腱を捉える確かな感触が手に伝わってくる。その直後、クハの巨体は揺れ始めた。
「ワタシたちの勝ちかなっ?」
大地を揺らし、うつ伏せに倒れるクハ。彼の首の上に立ち、ワタシは彼の太い首を斬り落とした。
「嘘だろ……あのクハ様を倒した? ……これで私の娘は解放されるのか……?」
「オレたちはもう、クハ様の命令に従わなくてもいいのか?」
ワタシが戦闘不能にした兵士たちが自らの目を疑う。か細く漏れる彼らの声は、家族とまた一緒に暮らせる喜びと、精神的苦痛から解放された安堵感をはらんでいた。
「気をつけろサクラ。オークは首を刎ねた後もしばらくは動ける。まだ何かしてくるかもしれない」
「そうですね」
そのことはワタシもわかっていた。だからワタシはクハの首を斬った後も『狂戦士化』を解かず、油断せずにクハの様子をうかがっていた。するとほどなくして、唖然としていたクハの頭が喋りだした。
「何故だ……なぜ偉大なるこのクハ様が、矮小で貧弱な人間ごときに……」
「なぜ……だと?」
ウィリアムの声には憤りがにじみ出ていた。彼は地面に転がるクハの頭を睨みつける。その両手は、クハを殴りたくなる衝動を抑えるために固く握りしめられていた。
「貴様は人間を見下し、多くの人の命を貪った! それが全てだろう」
ウィリアムがそう言うと、クハは口を閉ざした。完全に沈黙したクハ。彼が絶命したと思えてきた頃、だんだんとクハの口元が震え始める。
「ブハッ! ブハハハッ! なんだそれは? このクハ様が死ぬ原因が人間を軽んじたからだと? どうしてこうも矮小で愚かな人間どもを侮らずに戦えるんだ? そんなことは不可能だろう」
「そうか。やはり貴様ら魔物と、俺たち人間が相容れることなどないのだろうな」
「ブハハッ! そういう戯言はここから生きて地上に出られてから言うのだな!」
ドオォォォン!
「なんだ!?」
「ウィリアムさん上ですっ!」
クハの言葉に連動し、天井付近で何かが爆ぜた。その影響で地下にあるこの空間の崩落が始まったのだ。
「精々苦しめ。そしてこのクハ様を殺したことを後悔して死ぬがいい!」
天井が崩れ落ち、土や岩がワタシたちに降りかかる。そのうちの一つが、勝ち誇った笑みを浮かべるクハの頭を潰した。
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