15.旧カークス教会
「こうかな?」
旧カークス教会。そこにある女神像の指を、オークに教えられた通りに動かす。間も無く、近くの床が音を立てて開いた。
「これは……かなり広そうだな」
開いた床から現れたハシゴを降ると、石レンガ造りのジメジメとした通路が迷宮のごとく広がっていた。
「とりあえず、見張りや巡回はいないようですね」
耳を澄ましても足音ひとつ聞こえない。本当にここにオークたちがいるのかな……。
ブワッ……。
ワタシたちの顔に吹きつけた風が、ワタシの疑念を拭い去る。なぜならその風は、肉が腐ったような臭いを運んできたからだ。
ワタシが鼻をつく腐敗臭に顔を顰めていると、ウィリアムが前に踏み出した。
「行こう。俺はマッピングができる。迷う心配はない」
「はいっ!」
ヒュドラと戦うときに見せた『聖剣グレイシア』は目立つからと言って、ウィリアムはここに来る前に買った剣に手をかけ、警戒しながら先へ進んだ。
***
あれから小一時間ほど進み続けて見つけた立方体の広い空間。ワタシたちはそこで休憩を挟む。
「ウィリアムさんはすごいですね……今まで通った道を全部覚えてるんですか?」
ワタシにはもう何度分岐路を曲がったかわからない。だというのに、ウィリアムは持参した紙に迷いなく地図を描いていた。
「俺も王国騎士団に入団したばかりの頃は雑用を任されていたからな。マッピングもそのときに叩き込まれたんだ」
ワタシはたいまつを片手に、見る見るうちに地図が描き上げられていく様を眺める。そして気付いたことを口にした。
「さっきから広い部屋みたいなところが増えてきましたよね」
「そうだな。そろそろオークたちの寝床が近いのかもしれないな」
「ですね」
ウィリアムが地図を描き終え、立ち上がる。ウィリアムにたいまつを手渡して、ワタシは次の部屋へと続く通路に足を踏み入れた。
パキンッ!
ワタシの足が何かを踏みつけ、甲高い音が鳴る。足元を見ると、それは白い骨だった。
「サクラ……キミは、目を瞑っていた方がいい」
数歩先で立ち尽くすウィリアムが、絞り出すような声で忠告してくる。だが一歩遅かった。ワタシは既に、その先に広がる光景を見てしまっていた。
「これって全部……人の骨、なんですか……?」
二階建ての民家程度なら入りそうな広い空間に積み上げられた人骨の山。それが天井近くまで積み上がり、周囲の床にも腕や足の骨、頭蓋骨なんかが散乱していた。
「そうだ。これは間違いなく人間の骨だ」
「でも確か、生贄になった人の骨は町に返還されて祀られるんじゃ……」
「ああそうだ。つまりここの魔物は、これだけの数の人々を攫い食らったということだ」
千や二千では足りない骨の山に、ウィリアムの怒りが漏れる。理不尽に命を奪われた人たちに、彼は自分の妹を重ねて見てしまったのだろう。今のウィリアムの瞳は黄金色の憎悪を宿していた。
「……進みましょうウィリアムさん。魔物を倒せばすべて解決なんです。それに──」
魔物の襲撃も罠もなく、ずっと同じような光景の中を歩き続けた。戦闘を焦らされ続けたワタシは、もうとっくに我慢の限界だった。
「ワタシ、早くハイオークと戦いたいんですっ!」
「はっ!? キミはこの光景を見てなんとも思わないのか?」
「可哀そうだとは思います。けどワタシはそんなことより戦いたいんですっ! ウィリアムさんだって、名前も知らない人たちのために復讐をやめたりしないでしょう?」
「それは……そうだが……」
釈然としないウィリアムに業を煮やしたワタシは、彼の手首を掴んで引っ張った。
「早く行きましょう! ワタシたちが勝てばその人たちの仇討ちにもなるんです。そう考えれば何の問題もないでしょう?」
「そうだが……キミは人としてそれでいいのか?」
「ん? どういう意味ですか?」
ウィリアムの手を引いて進むワタシは、何を言われているのかよくわからず聞き返す。
「……いや、なんでもない」
ウィリアムの瞳に浮かんでいた憎悪は薄らぎ、代わりにワタシへの諦観が浮かんでいた。
***
「まだ見ていない場所はこの通路の先だけだ。準備はいいか?」
地図を片手にウィリアムが通路を指さす。ワタシは腰に差した剣の位置を確かめ、頷いた。
「もちろん大丈夫です!」
「よし、行こう」
警戒レベルを引き上げたウィリアムは足音を断ち、走る。ワタシもウィリアムの走り方をまねて足音を抑える。
「……めてください! どうかその子だけは……」
突如、長い一本道の通路の先から響いた女性の叫び声。それが聞こえた途端、ウィリアムは『俊足』スキルを発動し風になった。
速っ! 一瞬で見えなくなるなんて……。
ウィリアムの疾走が床を踏み砕き突風を巻き起こす。少しでも早く彼と合流するために、ワタシも足音に構わず全力疾走する。だが、数十秒遅れでワタシが部屋に駆け込んだときにはすでに、ウィリアムがオークを仕留めた後だった。
「ご婦人。ケガはないか?」
「あ……ありがとうございます。この子と私を救ってくださり本当にありがとうございます。ありがとうございます……」
男の子を抱きしめている母親が、何度も感謝の言葉を繰り返す。その光景に、部屋にいた他の子供や女性たちがざわめいた。
「救世主よ……」
「もしかしてボク……お母さんのところに帰れる?」
「これは夢……じゃない! 私助かるのね!」
見渡すとこの部屋には、鎖で手を壁に繋がれた子供や女性が三十人近く囚われていた。みんな服はボロボロで、床には所々に血痕の跡が染み付いていた。その誰もが、鎖を最大限にまで引っ張り、ウィリアムという希望にすがった。
「ウィリアムさん。この人たちどうしますか?」
「もちろん助ける。だが、この先に連れて行くのは危険だろう」
ワタシの耳打ちに対し、ウィリアムはすぐに行動で答えを示した。
「聞いてくれ。俺たちはこれからこの奥にいるオークと戦うつもりだ。当然、その場にあなた方を連れていくことはできない」
「待ってよ! 私たちを見捨てるってこと!?」
一人の女性が上げた金切り声は、この場にいる被害者全員の不安を代弁した。
「落ち着いてくれ。俺はあなた方を見捨てるつもりはない。奥にいるオークと戦う前に、俺がこの部屋に繋がる全ての通路を塞ぐ。だからあなた方には、俺たちの戦闘が終わるまでここで待っていてほしいんだ」
「そういうことなら……わかったわ」
一拍の沈黙を挟み、次々と上がる賛同の声。
「ありがとう。助かる」
ウィリアムは頭を下げ、被害者たちが協力してくれることに感謝を示した。
やっぱりウィリアムさんはすごいな……ワタシにはこれだけの人をまとめることなんてできない。
「ウィリアムさん。それで通路を塞ぐって、具体的にどうするんですか? 壁や天井を壊すと二度と出られなくなりそうですけど」
「そのことなら大丈夫だ」
そう言うとウィリアムは、ワタシたちが通ってきた通路に歩み寄ると、手のひらを前に突き出した。
「氷よ、守護せよ。アイスウォール」
パリッ……。
ウィリアムの周囲には冷気が漂い、大気が軋む。彼の身体から放出された水色の魔力が、詠唱を終えると同時に分厚い氷の壁を作り出した。
「お兄さんすごい……アイスウォールって、薄すぎて何の役にも立たない魔術だってバカにされてるのに……こんな分厚いアイスウォールなんて初めて見たよ!」
被害者の男の子が、ウィリアムの魔術を見て感嘆する。他の被害者たちも、ウィリアムが作り出した氷の壁の分厚さに安堵を覚えていた。
ウィリアムさんって本当に何でもできるなぁ……。
「サクラ、長く待たせてすまない……ハイオークの元へ行こうか」
ウィリアムのスペックに気圧される気持ちを振り払い、ワタシは彼に頷いた。
「はい! 行きましょうっ!」
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私用により予定通りの時間に投稿できずすみません。
20:15には予定通りもう一話投稿する予定なので、ぜひ読みに来てください!
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