13.ウィリアムの気持ち(ウィリアム視点)
「ちゃんとベットは二つあるんですね」
狭い部屋ではあったが、シングルベットが二つ並んでいた。
「もう夜も遅い。俺は寝させてもらうが……本当に同じ部屋でよかったのか?」
「大丈夫ですよ。ワタシも寝ますね」
サクラがあくびをしながらベットに潜るのを見て、俺も横になる。
サクラは俺と反対側──窓の方を向いて眠っている。枕を伝ってベットに流れる黒髪、その合間から覗く彼女の頬や首筋が月明かりに照らされて、年齢以上の色気を纏う。
……っ!
俺は平静を保つために深く息を吐いた。サクラに背を向け、気を紛らわすために口を開く。
「サクラ。少しいいか?」
「どうしたんですか?」
落ち着いた声を出せたことに安心し、俺は会話を続ける。
「キミはザレクを倒した後、どうするつもりなんだ?」
「ザレクを倒した後ですか? そうですね……他の神獣とも戦ってみたいですっ」
いつも通り声を弾ませるサクラの様子が、俺の内心を落ち着かせてくれる。
「そうか。キミらしいな」
「そう言うウィリアムさんはどうするんですか?」
「俺は……」
脳裏に浮かぶのは、俺を陥れ、妹を生贄に仕立て上げたザレクと王国騎士団第二隊の嘲笑。その光景に憎しみがこみ上げてきて、俺は歯を食いしばった。
「俺はザレクを倒せればそれでいい。俺は奴と第二隊に復讐するためだけに、果ての牢獄を脱獄したんだ」
そこまで話して、俺はハッと目を見開いた。全身の血が逆流するような感覚に冷や汗が吹き出す。
俺は今日、復讐のことを考えたか? 昨日まではずっと憎しみに胸を焼き続けていたというのに俺は……。
自分が怖い。この感情を忘れたら、どうやって生きればいいんだ? 生を終えた時、妹にどう顔を合わせればいいんだ?
ずっとこの憎しみを一人で抱え込んできた。王国騎士団にいた頃だって責任をすべて一人で背負って戦い続けた。だというのに信じていた王国騎士団に裏切られ、俺の心は弱っていた。
そんな時に現れた、頼ってもいいと思わせてくれた相手。サクラの前ではもう、俺は弱さも迷いも隠すことができなくなっていた。
「俺は今日一日、この憎しみを忘れていた……俺が生きる理由を、忘れていたんだ……」
自分への怒りと罪悪感でどうにかなりそうだった。俺は布団を握り締め、震える声で続けた。
「なあサクラ。俺は薄情だろう? ザレクや騎士団にはめられて、妹を生贄として殺されたんだぞ……それなのに……」
強い騎士、復讐者。そんな肩書きをすべて脱ぎ捨てた今の俺は、サクラからしてみればみっともなく親にすがる子供のようにさえ見えただろう。
だからサクラが無言なのも当然だ。こんな自己満足の自分語り……誰が聞いても答えなんてくれない。
自分がみっともなくて嫌になる。考えれば考えるほど気持ちが沈んでいく。俺は底なし沼にでも沈んでいくような感覚に囚われていた。だがその感覚に抵抗する気すら起きない。無気力に水面を眺めながら、俺の心は下へ下へと沈んでいった。
「ウィリアムさん」
そこに差し込んだ一筋の光──サクラの鈴を転がすような声に、俺は思わず振り返る。
「ワタシには復讐とか憎悪とかわからないですけど……でも、嫌な過去を忘れる理由ならわかります」
仰向けになって天井を見上げるサクラの横顔には、年相応の無邪気な微笑みが浮かんでいた。
「それは今がどうしようもなく楽しいからです! ワタシは戦うことを知って、それがすごく楽しくて。そのおかげで辛かった頃の記憶を思い出すこともほとんどなくなったんです」
「今が、楽しい………?」
「そうです。ワタシは今が一番楽しいんですっ! 聞いてくださいよウィリアムさん! ワタシはこの世界に来てすぐに六匹のゴブリンと戦ったんですけど──」
俺はこの状況を楽しんでいるのか? 復讐のための途中経過。サクラたちと行動を共にしているのはそのためだけのはずだ……。
「──それで横腹を刺されちゃったんです。でもその時はやっと自分が夢中になれるものを見つけたっていう高揚感で痛いのとかどうでもよくなってて、勝ちたいなって思って突き進んだんですよ──」
コロコロと表情を変えて語るサクラにあてられて、気持ちが落ち着く。俺の罪悪感なんて、簡単に上書きされた。
だが、この気持ちを認めてしまえば復讐を続けることができなくなる……それだけはダメだ。
「それで最後は──」
「サクラ……俺は復讐をしなければならないんだ。楽しいなんて思っている暇は……」
口の中が苦い。自分から頼っておいてサクラの気遣いを無下にする。自分がクズで情けなくて、消えてしまいたかった。
「ウィリアムさんはどうして復讐か今を楽しむか、どちらか一つしか選ばないんですか?」
「復讐を果たすには俺のすべてを懸ける必要があるからだ」
当然のことを言ったつもりでいた俺に、サクラは疑問を口にする。
「どうしてですか? ウィリアムさんの復讐相手って王国騎士団とザレクですよね? だったら全部を懸ける必要なんてないじゃないですか」
「はっ? キミは何を言っているんだ? 最強の三神獣の内の一柱とイモルター王国の主力を一人で相手取るんだぞ。プライドも命も、何もかも投げ捨てなければ勝てない!」
「そんなことないですよ。全部を捨てる必要なんてないんです。だって楽しんだ人の方が強いですから! 昔のワタシは何をやっても退屈で本気になれなくて楽しくなくて……そういう人もたくさんいるんです。だから、本気になれるものがあって、その過程を楽しめるのに楽しまないなんてもったいないですよっ!」
滅茶苦茶な暴論だ。楽しいからといって、本気になれるからといって、それだけですべてが上手くいくのならば最初から妹を守ることができたはずだ。裏切られることもなかったはずだ。
だというのに俺は、なぜだかサクラの暴論を否定することができなかった。サクラならば本当に、全力で楽しむだけでザレクを倒せる。そんな気がしたからだ。
「それにそもそも、ワタシたちも王国騎士団の守りを突破してザレクを倒すって目的は同じです。それにワタシもザレクと戦いたいんですっ! だからウィリアムさん。ザレクを独り占めしないでくださいね」
楽しみを邪魔しないでと真剣に訴えてくるサクラ。彼女のぶれない戦闘欲求に、俺は微笑まずにはいられなかった。
「ザレクと戦いたいだなんて言うのはキミくらいだぞ」
「いいじゃないですかっ! 趣味は人それぞれですよっ」
「そうだな」
無意識に声が弾む。ドロドロの感情に埋め尽くされていた俺の心に、少しの余裕が生まれた。
少しくらい楽しんでも、妹は──エレナは許してくれるよな。
「だがサクラみたいなかわいい女の子が、あんな無茶な戦い方をするなんて誰も思わないぞ」
「からかわないでくださいよ」
ジト目を向けてくるサクラに、俺は笑って謝罪する。
「ああ。すまない。そろそろ寝るか?」
「そうします」
サクラはほんのりと赤くなった顔を窓側に向け、そのまま静かになった。俺は少し軽くなった心でこの幸福感の余韻に浸る。
ライラたちとの合流まではあと一日ある。明日はサクラとどこかに出かけよう。
目を閉じても辛い記憶は浮かんでこない。久々に安眠できる予感とともに、俺はゆっくりと意識を手放した。
カタッ……。
ウィリアムが眠った直後、部屋の扉付近で怪しげな物音がした。だが、熟睡したウィリアムはそのことに気付かなかった。
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