11.おとり作戦
夜が更け始めた頃。ワタシは剣も持たずに一人で裏通りを歩いていた。一人と言っても、少し離れた建物の屋根の上にはウィリアムもいるのだが。
理由は単純。違法奴隷密売人をおびき出してわざと捕まり、彼らの隠れ家に案内させるためだ。まあ要はおとり作戦。使い古された手だが、結局これが一番手っ取り早いのだ。
***
数十分前──。
「どうしてきみはそこまでするんだ? 他にも路銀を稼ぐすべは探せば見つかる。きみがそんな危険を冒す必要はないだろう?」
おとり作戦を伝えたところ、ウィリアムはワタシを心配するわけではなく、不思議そうに首を傾げて理由を尋ねてきた。
まあ早くお金を稼いでザレクとかと戦いたいっていうのが一番の理由だけど……。
「攫われた人たちがかわいそうだからです。それじゃだめですか?」
ワタシの一言に、ウィリアムは一瞬足を止める。
「驚いたな……あんな狂った戦い方をするキミにもそういう感情があったのか」
「いやいやっ! 戦闘スタイルとか関係ないでしょう! ワタシは割と普通の女の子ですよっ!」
ワタシだって、ついでに救える命があるのなら救うよ? ……まあ戦闘最優先っていうのは譲れないけどね。
「……そう、だな」
苦笑を堪えるような言い方をするウィリアムにジト目を向けつつ、ワタシは裏通りに足を踏み入れた。
***
なぜだかウィリアムさんの好感度が上がった気がする……これじゃあ裏切る可能性が……。
裏通りを練り歩き、二時間ほどおとり作戦を継続していたワタシは頭を悩ませていた。
ウィリアムさんに模擬戦をしてもらう? でも模擬戦だとどうしても手加減されるよね……。
「なにかウィリアムさんと全力で戦える口実は……」
その時だった。視界の端を人影が動く。この世界での戦闘経験によって感じられるようになった殺意が、正面からも背中からもワタシを射抜く。
二人、かな? 弱いフリしないとね。
ワタシは足を止め、肩を抱く。
「誰っ? 誰かいるんですか?」
努めて声を震わせ、周囲をキョロキョロと見回す。すると、前方に置いてある木箱の裏からムチを持った男が姿を現した。その小柄な男はバンダナで隠した口で嗤った。
「ヘッヘッ! こいつは上玉だなぁ?」
ワタシは怖がるフリをして一歩下がる。すると今度は背中に何かがぶつかる感触がした。振り返ると、ロクには及ばないまでも体格に恵まれた男が、眉一つ動かさずに直立していた。
「…………」
やばいどうしよう……悲鳴ってどうやって出せばいいのっ?
黙ってしまったワタシはとりあえず地面にへたり込んでみる。
ぼろが出る前に早く攫ってくれないかな……。
そう願いつつ、ワタシは目を瞑って頭を抱えた。
「ヘッへッ! やっぱ女の怯えた顔は最高にそそるぜ」
バシィィィン!
バンダナの男がムチを地面に打ち付けて恐怖を煽る。それを制止したのはもう一人の男だった。
「おまえの趣味は後にしろ。誰かに見られたら面倒だ。さっさとこの女を連れてずらかるぞ」
「チッ! ヘイヘイわあったよ。その代わり後でたっぷり遊ばせろよ」
「ああ。この女の品質を落とさない程度なら好きにするといい」
ドンッ!
堅物の男が話し終えた直後。首筋に鈍い衝撃が走り、ワタシは意識を失った。
***
「ん……」
目を覚ますと、ワタシは薄暗い部屋の中、檻に入れられていた。
ジャラッ……。
両手には手枷がはめられていて、手枷に取り付けられた鎖が音を立てる。
「おっ! あの女やっと目を覚ましやがった」
部屋の奥。ロウソクで明るくなった場所からバンダナの男がこちらに近づいてくる。彼は無造作に鍵を開け、檻の中に入ってきた。
「ヘッヘッ! 待ちわびたぜ嬢ちゃん」
男はワタシの首に繋がれた鎖を掴み、ワタシの身体を起き上がらせた。さらに反対の手では、ワタシの黒髪を弄ぶ──。
「じゃあそろそろ、いただきまぁす!」
かと思うと今度は口元のバンダナを下げ、男はワタシの髪を食べた。そう、比喩でもなんでもなく食べたのだ。この男はむしゃむしゃとワタシの髪を咀嚼し飲み込んだ。
「やっぱ若い女の髪はうめぇなぁ……」
口の端から髪の残りを覗かせる男。彼は顔を赤らめ、髪の味に酔いしれる。これにはさすがのワタシもドン引き。一瞬のうちに悪寒が全身を駆け巡り、鳥肌が立つ。
ムリムリムリムリムリムリッ! キモすぎなんだけどっ!
ムカデやゴキブリとも比べ物にならない嫌悪感に思わず身体が動き、尻を引きずるようにして後退る。
「おいおい逃げんな。そんなボロッボロの服着てよぉ……誘ってんのかぁ?」
どうやら気絶している間にローブを取られたらしい。男は、穴だらけの服を着たワタシの全身を舐め回すように眺める。
「おいガリス。やりすぎるなよ」
「わあってるよ。おれもこれ以上やるつもりはねぇ。何度も何度もうるせぇんだよゴーゴス!」
裏通りでも見た恵まれた体格の男──ゴーゴスが怒鳴り、バンダナの男──ガリスは荒々しい足取りで檻から出て行った。
キモかったぁ……髪を食べるとか狂ってるでしょ……。
一息ついて落ち着いたワタシは室内を見回す。
この部屋にいる密売人は三人……手配書通りだね。あとは──。
「ねぇ。ちょっと聞いてもいいかな?」
ワタシは小声で囁くようにして、同じ檻に入れられている赤みがかった髪の少女に話しかけた。すると少女は肩をピクリと震わせ、怯えた目をゆっくりと上げた。
「あなたと後ろの二人。その他にここに攫われてきた人がいるかどうかわかる?」
少女は首に繋がれた鎖を鳴らさないようにゆっくりと首を横に振る。よく見ると、少女の身体にはムチで叩かれた痛々しい傷跡が無数に刻まれていた。対して、後ろで寝ている二人の男の子には目立った傷はついていない。
「今まであなたがその二人を庇ってきたの?」
コクリと頷き、少女はか細い声で言った。
「二人とも……わたしの弟なの」
「そう……でももう大丈夫だよ。もうすぐ助けが来るから」
そう言ってワタシは手枷をはめられた手でポンッと少女の頭を撫でる。だが、それで少女の表情が晴れることはなかった。むしろその目は、いっそう恐怖に染まっていく。
バシィィィン!
ワタシの後ろ。少女の目には、ムチを片手ににじり寄ってくるガリスが映っていたからだ。
「随分と楽しそうに喋ってんじゃねぇか。これはちっとばかし身体にわからせてやる必要がありそうだなぁ?」
「同意だ。今回ばかりは多少のやりすぎには目を瞑ろう」
「ヘッヘッ! だとよぉ嬢ちゃん!」
ガリスがムチを振り上げたその瞬間、ワタシは微笑み、言い放つ。
「もう時間だよ」
バゴオォォン!
ワタシが言い終わるや否や、部屋の扉は外から斬り崩された。
「なんだ!?」
ゴーゴスは跳ねるように立ち上がり、ガリスはムチを振り下ろす手を止める。もう一人の、ワタシが目を覚ましてから一言も発していない黒コートの男だけは冷静で、ワイングラスを口に運んだ。
「おまえ、どこのもんだ?」
黒コートの男が鋭い視線を送った先──壊れた扉の陰から姿を現したウィリアムは、ワタシに一瞥してから男に向き直る。
「俺はただ、仲間を助けに来ただけだ」
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