1.異世界召喚
気が付くと、ワタシ──加藤サクラは魔法陣の中で縛られていた。
「なに……これ?」
ワタシを囲む、時代錯誤なぼろを身に着けた集団。ねっとりとした視線をよこす彼らの中から、一人の老人が前に出る。
「ようやくお目覚めになりましたか。ここはあなたからすると異世界。我々はあなたを、魔物様に捧げる生贄として召喚したのです」
異世界……? 生贄……? この人たちは何を言っているの?
脳の処理が追い付かない。だがワタシが状況を飲み込むのを待ってくれるほど、彼らは優しくなかった。
「いたっ……」
若い男が、ワタシを縛っている縄の先端を引っ張る。その拍子に縄が二の腕に食いこみ、ワタシは声を漏らした。
「魔物様方が待っておられる。さっさと行くぞ」
ワタシを無造作に担ぎ上げた男からは何の感情も感じない。男は繰り返される事務作業にうんざりしたようにため息を吐くだけだった。
訳がわからない……この人たちは正気なの?
***
建物を出て小さな村を抜け、木が生い茂る山を登り始めた頃、ようやくワタシは状況を飲み込み始める。
確かにここは異世界だ。視界に入る情報すべてがそう言っている。だが──。
「魔物様ってどういうことですか? それに生贄って……」
ここは魔物を信仰しているヤバい村なのか? そう問うワタシに、男は大きなため息を吐く。
「ここに召喚された異世界人はみなそう聞くな。おまえたちの世界がどうかは知らんが、この世界では魔物様こそが神だ。少しの生贄を対価に、我々人類を庇護してくださる」
つまりここは、魔物を信仰する世界ってこと!?
「どうしてそんなこと……」
「どうしてって……俺たち人間ごときが魔物様に逆らえるわけがないだろう。月に一人の生贄で見逃してもらえるんだ。それでいいじゃないか」
狂ってる……でもそれがこの世界の価値観で、当たり前のことなんだ。
「まあでも本来、召喚魔術は禁呪。生贄に捧げるのはこの世界の住人だ。だが、我らの村を庇護する魔物様方は異世界人の方が好みらしい」
事務的に受け答えをしていた男が、薄ら笑いを浮かべて前方を指す。そこにいたのは、緑色の肌を持ち、中学を卒業したばかりのワタシよりも遥かに背が高い魔物──おそらくゴブリンだ。
しかもそれが六匹。全員がそれぞれ異なった金属製の武器を所持していた。
「魔物様方。この娘が今月の生贄にございます。どうぞお召し上がりください」
膝をつき、ワタシを供物として丁重に差し出す男。反対側には、舌をじゅるじゅると鳴らし、血がこびりついた武器をこれ見よがしに掲げるゴブリンたち。ワタシの周囲には、人間の頭蓋骨らしき物体が散乱していた。
ワタシ、死ぬんだ……。
明確に感じる、生まれて初めての死の恐怖。生物すべてが持ち合わせている本能的な恐怖を前に、ワタシは涙を浮かべて現実逃避した。
***
思い返せば、あまりに空虚な人生だった。
「サクラちゃんえらいわ!」
「加藤さんってすごいね。なんでも卒なくこなせて」
そんな表面だけの誉め言葉に、愛想笑いを返す日々。
なんでもこなせるのは、何一つ本気になれるものがなかったからだ。
小さい頃からいろんなことに挑戦して、努力して。それでも何一つとしてワタシが心の底から楽しいと思えるものがなかった。快感を得られるものが何一つなかった。
どうしてこの世界はつまらないことばかりなの? 何でもいいから! 何かワタシを本気にさせてくれるものはないの?
「サクラはすごいな」
「流石わたしたちの子ね」
うるさい! ワタシのことを何もわかっていないくせにわかったような口を利かないで!
そんなことは口せず、ワタシは両親に愛想笑いを返す。ワタシはただ「いい子」でいることにこだわった。
それしか、空っぽのワタシを定義するものがないから……「いい子」ですらなくなったワタシにはきっと、何も残らない。
「卒業おめでとうさくら!」
「近くで一番の進学校に合格するなんて流石ね!」
愛想笑いを返し、卒業祝いのケーキを食べてから部屋に戻る。
その瞬間、ワタシは退屈でありきたりな未来すら奪われた。異世界転移によって。
***
「なんだ……ワタシ。別にいいじゃない。死んでも」
どうせ何もない、苦痛でしかない未来が奪われたってどうってことないじゃないか。むしろ感謝したいくらい。
既にワタシをここまで運んできた男はいない。いるのはワタシという生贄を前に変てこな踊りを披露し、はしゃいでいるゴブリンたちだけ。
だがワタシにはもう恐怖はなく、むしろ清々しい気分だった。
ようやく終わる。ワタシの空っぽで退屈な人生が。
「オマエ、ナゼ……ワラッテイル?」
片言の言葉を発したのは、奇怪な踊りを止めたゴブリンだった。
魔物も喋るんだ……でもそれより、今ワタシは笑っているんだ……こんなに自然に笑えたのっていつ以来だろう?
「ワレラガ、コワクナイノカ? コタエロ!」
ドゴッ!
「いっっった……」
腹部に鈍い激痛が走る。けれどワタシは、縛られているせいでおなかを押さえることは叶わない。ゴブリンに蹴り飛ばされたワタシの身体はいとも容易く宙を舞い、背中から地面に打ち付けられた。
「ケホッ……」
肺から空気が漏れるほどの衝撃に、身体中が痛み出し悲鳴を上げる。けれどこの時ばかりは痛みなんてどうでもよかった。
「早く……ワタシを殺したら?」
早く殺してよ。もう生きることに未練なんてないから。
倒れたワタシを囲う五匹のゴブリンと、岩に腰掛けている一匹のゴブリン。彼らの赤い瞳に殺意が宿る感覚に、ワタシは目を閉じた。
これで楽になれる──。
「本当にいいの?」
心の声ってやつかな? もう一人の自分と対話する、みたいな、そんな声が頭に響く。
「あなたは本気になれる何かを見つけたかったんでしょう?」
「もういいよ。大抵のことには手を付けたし、ワタシが本気になれるものなんて最初から──」
「まだ試していないことがあるでしょう?」
その言葉に、ワタシは思わず息を呑む。
彼女の言葉が指し示す「殺し合い」という未知のフレーズに、心のどこかで期待が高鳴る。
「もしかしたら、命がけの戦闘こそが楽しいかもしれないと、そう思わない?」
うん思う……そう思うよ! こんなにも心臓がうるさく感じるのは初めてだよ。
気が付けばワタシは上体を起こし、ゴブリンたちに笑いかけていた。
「ナンダ、ソノタイドハ!」
業を煮やした一匹のゴブリンが、ワタシの眼前に剣を突き付ける。
ザクッ!
その瞬間、ワタシは身体を持ち上げて自ら剣先を左胸に突き刺した。
「ナニヲ!?」
剣を持つゴブリンがたじろぐ。ワタシの血が、剣を伝ってゴブリンの手に流れる。
「ハハッ……」
後退りするゴブリンたちを見て、ワタシは乾いた笑い声を上げた。そして剣が刺さったまま、ワタシは何の躊躇もなく立ち上がる。
ザクザクザクザクッ……。
当然ワタシの貧相な胸や腰は抉られ血液をまき散らす。本来ならば意識を失ってもおかしくないほどの激痛。だがそれと引き換えに、ワタシを縛り上げていた縄も切れた。
これで、戦えるっ!
痛みなんてどうでもいいと、ワタシは嗤う。
「ナンナンダ、オマエハ!?」
驚くゴブリンの手首を捻り剣を奪取。ワタシはその剣で、武器を失ったゴブリンの首を斬り落とした。
金縛りにあったように固まる残りのゴブリンたちに、ワタシは振り向きざまに口角を吊り上げる。
「ねぇ……本当に戦闘が楽しいのか、確かめさせてよ!」
新連載です!
今日(1/1)からの一週間で二十話近く投稿する予定です。(投稿予定の詳細はあらすじに記載しています)
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