【残業耐性・極】社畜おじさん(40)、絶世の美少女に転生して最強の「労働基準法」スキルを手に入れる ~魔王軍をホワイト企業に再建したら、なぜか聖女として崇められています~
1.おはよう、そしてさようならブラック企業
視界が真っ白だった。天国か?地獄か?
いや、あれだけ未読メールを溜め込んで死んだんだ。
地獄に決まっている。
俺、佐藤健一、享年40歳。中小IT企業の課長職。死因は過労死。
3ヶ月続いたデスマーチの果てに、エナジードリンクの空き缶の山に突っ伏して意識が途絶えたのが最後だった。
「……ん、ぅ……?」
意識が浮上する。
体が軽い。いや、軽すぎる。
万年悩まされていた肩こりも、腰痛も、偏頭痛もない。
目を開けると、そこは知らない森の中だった。そして目の前には、澄んだ水をたたえた泉がある。
「ここ、どこだ……?」
呟いた瞬間、俺は自分の喉を押さえた。
声が変だ。
いつもの酒と煙草で焼け焦げたバリトンボイスじゃない。
鈴を転がすような、あるいは小鳥がさえずるような、透き通ったソプラノボイス。
恐る恐る、泉の水面を覗き込む。
「は……?」
そこに映っていたのは、くたびれたおっさんではなかった。
月光を紡いだようなサラサラの銀髪。宝石のアクアマリンをはめ込んだような、パッチリとした碧眼。雪のように白い肌に、ほんのりと桜色が差す頬。
どこからどう見ても、12歳くらいの――とてつもない美少女だった。
「う、うそだろ……これ、俺……?」
自分の頬をつねる。痛い。そして可愛い。
驚愕して叫ぼうとしたが、口から出たのは「きゃっ」という可愛らしい悲鳴だった。
待て待て、落ち着け健一。お前は管理職だろ。
トラブル対応は日常茶飯事だ。
まずは現状把握だ。
異世界転生。ラノベで読んだことがある。
となれば、これだ。
「ステータス、オープン」
半信半疑で呟くと、本当に空中に半透明のウィンドウが現れた。
【名前:サトリア】
【種族:ハイ・ヒューマン】
【年齢:12歳】
【職業:元・課長】
職業の表記に悪意を感じる。
そしてスキルの欄を見て、俺は膝から崩れ落ちそうになった。
【保有スキル】
《残業耐性・極》: 24時間戦えます。スタミナ無限。睡眠不要。
《上司の無茶振り無効化》: 物理・魔法問わず、理不尽な攻撃を完全無効化。
《納期前倒しバフ》: 作業速度・移動速度が50倍になる。
《パワハラ無効》: 精神攻撃・威圧を無効化し、相手にプレッシャーを跳ね返す。
《有給申請(未使用)》: ???
「……ふざけんなよ」
異世界に来てまで社畜スキルかよ!魔法とか剣技とかないのか!
俺は頭を抱えた。
だが、悲しいかな社畜の性。
まずは衣食住を確保しなければならないという思考が、絶望よりも先に働いてしまった。
2.即戦力(物理)の新人冒険者
森を抜け、俺……いや、今の俺はサトリアか。
サトリアは最寄りの街にある冒険者ギルドの扉を開けた。
ギギギ、と重い扉が開くと、酒と汗の匂いが漂う……はずだったが、俺が入った瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。
「な、なんだあの天使……?」「銀髪の……エルフか? いや、人間か?」「可愛すぎて直視できねぇ……」
荒くれ者たちの視線が痛い。
だが、かつて役員会議で吊るし上げられた時の胃の痛さに比べれば、こんなものは幼児の遊びだ。
俺はトコトコとカウンターへ向かう。
受付のお姉さんが、頬を紅潮させて身を乗り出した。
「い、いらっしゃいませぇ! か、可愛い~! 迷子ちゃんかな?」
「いえ、冒険者登録をお願いします。生きるためのお金が必要なので」
「ま、まあ! こんな小さい子が……!」
お姉さんが涙ぐんでいる。
登録用紙に名前を書く。
うっかり「佐藤」と書きそうになり、慌てて「サトリア」と修正した。
「それではサトリアちゃん、初回のクエストですが……この『スライム退治』なんてどうかな?街の外にいるスライムを倒して核を持ってくるの。3個くらいでいいからね」
「あの、これ、100個納品したらボーナスとか出ますか?」
「え? い、一応、歩合制だから出るけど……」
受付嬢が困ったように笑い、周囲の冒険者たちがニヤニヤと口を挟む。
「おいおい嬢ちゃん、スライムだって魔物だぜ?100匹なんて熟練者でも半日はかかる」
「悪いことは言わねぇ、おままごとは家でやるんだな」
ふむ。なるほど。
どうやらこの世界では、スライム100匹が「半日のタスク」と見積もられているらしい。
俺はニッコリと微笑んだ(営業用スマイル)。
「わかりました。今日中に終わらせますね」
周囲の「無理だろ」「怪我するぞ」という野次を無視して、俺は街の外へ飛び出した。
平原に出ると、プルプルした青い物体が跳ねている。
スライムだ。
俺は手頃な木の枝を拾った。
さて、やるか。
仕事は、早ければ早いほどいい。
スキル発動――《納期前倒しバフ》
世界がスローモーションに見えた。 俺の体は疾風と化した。
「進捗確認! 進捗確認! ヨシ! ヨシ! ヨシ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
木の枝一振りでスライムの核を正確に突き刺し、回収。
つぎ……次…その次。
これは戦闘じゃない。
単純作業(データ入力)だ。
エクセルのショートカットキーより簡単だ。
3分後。
俺の足元には、きっかり100個のスライムの核が積み上げられていた。
「ふぅ。定時(3分)で上がれたな」
ギルドに戻り、受付のお姉さんに核の入った袋をドンと置く。
「100個、納品完了しました。検収お願いします」
「は……え、ええええええ!?」
ギルド中が騒然となる。
俺が出ていってから、まだカップラーメンも出来上がらない時間しか経っていない。
Sランクパーティのリーダーらしき戦士が、震える声で言った。
「あ、ありえねぇ……あの数は、物理的に一日かかる量だぞ……」
「俺たちには姿すら見えなかった……『縮地』か? いや、時空魔法か!?」
「あの子、笑顔で『定時で上がります』って言ってたぞ……」
「定時……? 聞いたことがない言葉だ……高位の古代魔法の詠唱か……?」
こうして、俺ことサトリアの異世界ライフは、初日から勘違いによる最強伝説として幕を開けた。
3.王様からの無理難題
それから数日。俺はただ、生活費のために効率よく依頼をこなしていただけだった。
薬草採取なら山ごと刈り取り、ゴブリン退治なら巣ごと壊滅させた。
全ては「早く帰って寝たい」一心だったのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。
「冒険者サトリアよ、よくぞ参った」
目の前には、豪華な玉座に座る国王。
俺は王城に召喚されていた。
「君が噂の『殲滅の幼き天使』だね!いやー、実に可愛い!」
「はぁ……。あの、今日は有給のつもりだったんですけど」
「ユウキュウ? よく分からんが、国家の一大事なのだ!」
王様が顔をしかめる。
なんでも、魔王軍が国境を越え、王都へ向けて進軍を開始したらしい。
正規軍では歯が立たず、このままだと3日以内に国が滅びるとのこと。
「そこでだ! サトリアちゃん、君に魔王討伐を依頼したい!」
「……えっと、それって私の職務記述書に含まれてますか?」
「え?」
「正規軍の方々のお仕事ですよね?外部委託なら、それなりの対価とリソースが必要ですけど」
俺の言葉に、大臣たちがざわつく。
「な、なんだこの子供は……口を開くと妙に現実的だぞ……」
「『ガイブイタク』……なんと知的な響きだ……賢者に違いない」
王様は汗を拭きながら言った。
「も、もちろん! 魔王を倒したら、国宝級の財宝と、一生遊んで暮らせるだけの年金をやろう!」
一生遊んで暮らせる。その言葉が、俺の脳内でリフレインした。
それはつまり、夢の「アーリーリタイア」ではないか。
「……詳細条件は確認しました。その案件、受注します」
「お、おお! やってくれるか! 頼む、期限は3日だ!」
俺は懐中時計(ギルドで買った安物)を見た。現在時刻は16時。
夕食の時間まであと3時間。
「了解しました。今日中に終わらせます(・・・・・・・・)」
「は?」
「残業は嫌いなので」
俺は王の間を後にした。
背後で「今日中!?」「狂っている……!」という声が聞こえたが、納期厳守は社会人の基本だ。
4.魔王城の労使交渉
スキル《納期前倒しバフ》全開で走った結果、魔王城には10分で着いた。
門番のドラゴンを「どいてください、急いでるんで」とデコピン一発で沈め、俺は玉座の間へ続く大扉を蹴破った。
「ようこそ勇者よ……って、は?」
玉座に座っていた魔王(イケメンだが目の下にクマがある)が、きょとんとした顔をする。
俺はスカートの裾を払いながら、カツカツと歩み寄った。
「はじめまして、冒険者のサトリアです。19時までに帰宅したいので、巻きでお願いします」
「ロ、ロリ美少女!?いや待て、舐めるな人間!我が究極魔法を受けてみろ!」
魔王が手を掲げると、部屋全体を飲み込むような漆黒の炎が発生した。
熱い。普通なら骨も残らないだろう。 だが、俺にはこのスキルがある。
スキル発動――《上司の無茶振り無効化》
ゴオオオオッ!!
炎が俺の体に触れた瞬間、シュン……と情けない音を立てて消滅した。
理不尽な攻撃(無茶振り)は、俺には通じない。
「な、なんだと!? 我が『終焉の黒炎』を無傷で!?」
「そんな派手なだけのプレゼン資料じゃ、決裁は通りませんよ」
俺は魔王の目の前まで歩み寄り、彼が座る玉座の肘掛けにドン!と小さな手を叩きつけた。
壁ドンならぬ、玉座ドンだ。
「ま、魔王よ。あんた、部下の管理どうなってんの?」
「へ?」
「さっき門番してたドラゴンさん、過労でフラフラだったじゃないですか。シフト表見せてみなさい」
「え、あ、いや、その……」
魔王が気圧されて、懐から羊皮紙を取り出す。
俺はそれをひったくり、目を通した。
「……は?365日24時間勤務?休憩なし?ボーナスは『世界の半分』という不確定な現物支給?」
「そ、それが魔族の伝統で……」
「あのねぇ!こんなブラック環境じゃ、モチベーション上がるわけないでしょ!生産性ガタ落ちですよ!」
俺の説教モードにスイッチが入った。
見た目は天使のような美少女が、魔王に向かってドスの効いた(声は可愛い)正論を叩きつける。
スキル発動――《パワハラ無効》
このスキルは、相手からの威圧を無効化するだけじゃない。
こちらからの「指導」を相手の心にダイレクトに響かせる効果もあった(今気づいた)。
「い、いや、でも我々は人間を滅ぼさねば……」
「滅ぼしてどうするんですか?管理コストが増えるだけでしょ!もっと市場を開拓して、共存共栄の関係を築くべきです!」
「うぅ……」
「そもそも、あなた自身が休み取ってないでしょ!目の下のクマ、酷いですよ!」
その言葉がトドメだった。魔王の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「うわあああん!休みたかったぁぁぁ!先代からの引継ぎが雑でぇぇ!誰も相談に乗ってくれなくてぇぇ!」
「よしよし、辛かったな。わかるぞ、中間管理職の辛さ」
泣き崩れる魔王の頭を、俺は優しく撫でた。完全に構図が逆転していた。
「……条件を飲みます。降伏します……だから、僕に経営コンサルしてください……」
俺はニッコリと笑い、懐から一枚の羊皮紙(即席で作った)を取り出した。
「いいでしょう。では、この『雇用契約書』と『36協定』にサインをお願いします」
「サンロク……?」
「あなたが休むための魔法の書類です。さ、ハンコはここに」
こうして、魔王城攻略戦は、わずか30分の労働基準法講義で幕を閉じた。
5.エピローグ:それでも社畜は朝起きる
その後、世界は劇的に変わった。
魔王軍は解散し、代わりに「魔族人材派遣会社」が設立された。
魔族の強力なパワーは土木工事や物流で重宝され、人間との関係は良好だ。
俺、サトリアは王様から約束通りの報酬を受け取った。
国宝級の財宝。
そして「名誉国民」の称号と共に与えられた、《永遠の有給休暇》。
もう働かなくていい。
毎朝アラームに怯えることも、満員電車に揺られることもない。
南の島でトロピカルジュースでも飲みながら、優雅に暮らす……はずだった。
翌朝、午前7時。 王都の冒険者ギルド。
「おはようございます。今日も一日、ご安全に!」
ギルドの扉を開けて入ってきたのは、ビシッと装備を着こなした銀髪の美少女サトリアだった。
ギルド内が静まり返る。
受付のお姉さんが、涙目で駆け寄ってきた。
「サ、サトリアちゃぁぁん!なんで来たのぉぉ!?」
「えっ?」
「だって、一生遊んで暮らせるお金もらったんでしょ!?もう戦わなくていいんだよ!?」
ギルドの荒くれ者たちも、ハンカチを噛んで泣いている。
「あの小さな体で……国の英雄になってもなお、勤勉さを失わないとは……」
「俺たちはなんて怠惰なんだ……!」
「聖女だ……労働の聖女様だ……!」
違う。そうじゃないんだ。
俺は困ったように眉を下げた。
「いや、その……20年間の習慣って怖くて」
目覚まし時計をかけずに寝たのに、6時にパッチリ目が覚めてしまった。
やることがないので、ついスーツ……じゃなくて装備を整えて、いつもの通勤ルート(ギルドへの道)を歩いてきてしまったのだ。
「体が勝手に……動いちゃうんですよね」
俺の言葉に、ギルド中から感動の嗚咽が漏れる。
「サトリアさあああん!!一生ついていきますぅぅ!!」
「俺も真面目に働く!サトリアちゃんみたいになるんだ!」
キラキラした尊敬の眼差しを一身に浴びながら、俺は心の中で深い溜息をついた。
(俺……いや、私、ようやく有給取れるようになったのに……結局、ここが一番落ち着くって、どういうことなのよ……)
未消化の有給休暇は、まだまだ減りそうにない。
だけどまあ、みんなの笑顔が見れるなら、悪くないか。
最強の元社畜美少女サトリアの「定時内無双」は、どうやらこれからも続いていくらしい。
【完】
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