ライカ
青く輝く地球が遠ざかっていく。彼女の目には、それが何の意味を持つのかも分からなかった。
彼女が宇宙へ送られてからすでに六七年が経った。いまや、彼女の名を語る人ももう少なくなってしまった。けれど、我々は彼女の存在を忘れてはならない。少なくとも私はそう思う。
私は科学者でも、専門家でも何でもない。ただの一般人だ。でも、それでも、彼女のことを記憶して、後世に語り継ぐことには意味があると信じている。
【ライカ】
彼女はただロケットに乗せられた犬ではなかった。彼女は心優しく、人を信じていた。彼女は人々にとって希望の存在だった。
本当の名前は『クドリャフカ』ロシア語で『巻き毛ちゃん』という意味だ。でも、世界が彼女を知ったのは『ライカ(吠えん坊)』という名だった。
彼女は、モスクワの街角から拾われた野良犬だった。選ばれた理由は、おとなしく、過酷な環境を生き抜いた経験があったから。
たったそれだけ。かつて味わった苦しみが、皮肉にも【宇宙に送るのに最適な資質】とされてしまった。
たとえ帰還の希望が、一切ないと分かっていてもーー。
一九五七年十一月三日、ライカはスプトーニク二号の小さなカプセルに乗せられた。そこには充分な食料とたくさんの水、ふかふかの柔かいパッドが敷かれていたけれど、【帰ってくる計画】は最初から存在していなかった。これが、彼女にとって絶望の始まりだった。
ある人は言う、彼女は七時間生き延びたと。
ある人は言う、彼女は数日間生きていたと。
でも、どちらにせよ、その最期の時は、たった一匹、孤独の中で広大な絶望を漂いながら、
「どうして自分がここにいるのか」も分からず、静かに、美しい青が遠ざかるのを見つめていた。
彼女の船は、地球を二五七〇周も回った。そして翌年四月、そのカプセルは大気圏に再突入し、赤い光を放ちながら燃え尽きた。
けれど、決して忘れてはならないのは、ライカは自らの意志で選んだわけでないということ。
彼女は科学の象徴になることも、進歩のために命を捧げることも、宇宙競争を背負うことも、何一つ自分の意志では決めていない。
彼女はただの犬だった。ほんの少しの温もりを、ほんの少しの愛を、求めていただけの小さくて儚い命だった。
なのに、心無い人々の手によって【象徴】にされてしまった。
だからこそ、私は彼女のことを覚えていたい。なぜなら全ての【進歩】が善意のもとに行われているとは限らないから。全ての【ブレイクスルー】が正しい形で得られるわけではないから。
ライカの存在は、私たちに問いを投げかける。
「その進歩の代償を払っているのは誰なのか?」と。
完




