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8.

 ロザリンの申し出に、マクシミリアンはしばし黙した。


 それは彼にとって、予想していなかった言葉だった。

 これまで誰かに協力を得たことはある。

 だが、彼はロザリンの提案に戸惑いを隠さないでいた。

 理由は単純だ――任務の結果によって人生を左右する危険を孕んでいるから。


「……ロザリン嬢。今のお言葉は、軽い気持ちではないと受け取ってよろしいですか?」

「はい」


 ロザリンは迷いなくうなずいた。


 その瞳には、今までにはなかった確かな意志が宿っている。

 もうただ見ているだけの存在でいたくない。誰かの善意を、ただ受け取るだけの自分ではいられない。


 マクシミリアンは一度、窓の外を見やった。

 道行く人々の表情。光あるところには影がある。

 マクシマリアンの仕事は、不正を暴き国の秩序を守ることにある。

 そのためには、貴族はもちろん国民全ての腐敗を見逃さず、徹底的な調査と証拠収集を行う必要がある。

 時には、昨日までは一緒に食事をしていた者や捕えないといけない立場にある。


 そこに私情を挟んではならない。

 どれほど親しい間柄であろうと、法と正義の前では全てが平等であるという信念こそが、彼の支えであり、孤独の源でもあった。


「……私は、軍務省に所属していますが、表立った治安維持任務のほかに、ある商会や貴族の“資金の流れ”を調べる役目を担っています」

「資金の……?」

「はい。最近、“ある一部の商会”が国外と不審な繋がりを持ち、不正な流通ルートを開こうとしている兆候があるのです。その中に、アーヴェント商会の名がありました」


 ロザリンの胸が小さく騒ぐ。

 アーヴェント商会――それは、ロザリンの婚約者の家であり、ロザリンとマクシミリアンが出会った場所。


 アーヴェント商会は国有数の大きな商会だ。

 ロザリンと婚約して以降、その規模は大きくなるばかり。

 最近では、輸入に力を入れていると聞いたことがある。


『父上が絵画を海外から高値で購入したらしい』


 ふと、アイザックが言っていた言葉を思い出す。


「ただし、証拠がない限り、私たちは動けません。裏の帳簿、非公式の商談、そして……不自然な人物の出入り」


 マクシミリアンは紅茶に一口だけ口をつけ、ロザリン真っ直ぐに見た。


「シュヴァルツ嬢。あなたがあの家に“出入りしていた”という事実そのものが、私にはとても大きな情報源となります。貴族としての教養、観察力、そして、あなたの“婚約者”としての視点」

「……だから、私にしかできないことがあるのですね?」

「はい。ただ、これはあくまで私の個人的判断です。本来なら、あなたを巻き込むべきではない。今こうしてお話していることすら、規定違反にあたる可能性がある」


 彼は、苦い声で付け加える。


「それでも、私が話したのは……あなたが、真実と向き合う覚悟を持った人だと信じたからです」


 ロザリンは静かに頷いた。

 まるで胸の奥で、熱く灯る何かを確かめるように。


「私が知っている範囲で、協力します。母が守ってくれた家も、父の仕事も、そして私自身も――これ以上、誰かに弄ばれたくありません」

「……感謝します。私が伝えるのは、あくまで一部だけです。危険があると判断した場合は、手を引くと約束してください」

「もちろんです。マクシミリアン様の判断に従います。私は我慢強い――私の取り柄ですから。」


 ロザリンは静かに微笑んだ。揺るぎない意志と、覚悟がその瞳に宿っていた。

 控えめながらも芯のある声が、空気に溶け込むように響く。

 その一言に、マクシミリアンの口元がわずかに綻ぶ。


「――それは心強い」


 ロザリンとマクシミリアン。

 まったく異なる立場にありながら、二人はこのとき、初めて“対等な対話”を交わした。


 二人の間に、確かに小さな“信頼”が芽生えた瞬間だった。

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