7.
それは、偶然のようでいて、必然にも思える再会だった。
アーヴェント商会での一件から数日後。
ロザリンはマドレーヌのお店ではなく、ホテルにあるレストランを訪れていた。
母が生前好んでいた静かな場所。お昼の時間だからか、人目も少ないその空間は、今のロザリンにとって心を落ち着かせることができる場所だった。
窓辺の席で紅茶を口に運んだとき、ある気配に気づいた。
――視線。けれど、敵意はない。
「……お一人ですか?」
その声に、ロザリンはゆっくりと顔を上げた。
影を落とさぬよう、慎重に距離を取って立つ男。
それは、あの日――アーヴァント商会の近くで事故に遭いそうになっていた親子を助けた男、マクシミリアンだった。
「騎士様……」
以前に会った時とは違い、騎士服に身を包む彼まるで別人のようだった。
太陽に照らされた赤い瞳がキラキラと輝いている。 銀髪に映える黒い騎士服は、その姿をより神秘的に際立たせていた。
驚くロザリンに彼は静かに会釈する。
「マクシマリアンのお呼びください」
「マクシマリアン様はなぜこちらに?」
「驚かせたなら申し訳ありません。……ここは、偶然通りかかっただけで、窓越しに令嬢の見えたので」
けれど、ロザリンは首を横に振った。
「偶然……ですか?」
再び、紅茶に口をつける。そして、静かに、問いかける。
「――あの時。商会の近くで、私に“ある女性が頻繁に出入りしている”と教えてくれたましたね。あれは、偶然ではないのでしょう?」
カップを置いたロザリンの瞳は、澄みきっていた。
ミエールが商会に隠れて出入りしている。そんなことを騎士であるマクシマリアン様が偶然知り得るなんてあるのだろうか?
そして、出会ったのは商会の近く。ロザリンは騎士であるマクシマリアンが商会の近くにいたのか気になっていた。
怒りでも問い詰めでもない。ただ真実を、彼の口から聞きたかった。
マクシミリアンは少し沈黙し、それから椅子を引いて、彼女の向かいに腰を下ろした。
その動きは慎重で、誠実さを感じさせる。
「……あの時、私は“偶然”あなたの馬車が通りかかり、怪我をした私をあなたが治療をしてくれた。そして、令嬢は商会の関係者の婚約者。こんな偶然があるのかと驚きました」
「なぜ私に“商会に出入りする女性”の話を?」
「私の職務柄、特定の商会の動向や、個人の交流関係には常に目を向ける必要があります。アーヴェント商会も例外ではない」
「“個人の交流関係”――それは、アイザック様と、ミエールの?」
「二人の関係は今回の調査に関係ありません。アーヴェント商会を調査の過程で偶然知り得ました」
軍務省がどんなことをしているかは、父から聞いたことがありよく知っている。
調査の内容は極秘。
それなのに、なぜマクシマリアン様は私に……。
「どうして、私にそれを……?」
ロザリンの声は、どこか脆い。
疑念でも、責めでもない。ただ、知りたかった。
彼は、ふっと小さく笑った。けれどその笑みは、どこまでも優しく、ロザリンを労るものだった。
「……あなたが、それを知る権利があると思ったからです。婚約者が裏で、何がしているのか――“気づかないふりをする人”よりも、“知って、自ら選ぶ人”の方がずっと強いと、私は思います」
ロザリンは目を伏せ、長いまつげの影が頬に落ちた。
――知る権利。
それを与えてくれた彼。彼が教えてくれなかったら、私は今も知らずにいただろう。
「……あなたがいなければ、私は今も、気づかないふりをしていたかもしれません」
彼女の声に、マクシミリアンの表情がわずかにやわらぐ。
「なら、伝えてよかった」
「でも……」
ロザリンは、ふと笑った。ほんの少し、唇の端だけで。
「あなたは、いつも偶然を装いますのね」
それは責めではなく、照れくさそうな皮肉だった。
マクシミリアンは肩をすくめた。
「騎士という立場柄、あまり目立つ行動は好ましくありませんので」
「ええ。でも……あなたはもう、“偶然出会った人”ではないわ。私にとっては」
その言葉に、マクシミリアンは驚いたように彼女を見つめた。
ロザリンの声は穏やかだったが、ある想いが宿っていた。
「知る権利をくださったお礼に、マクシマリアン様のお手伝いをさせていただけませんか?」




