3.
マクシミリアンに出会った数日後。
ロザリンは街にやってきていた。
マドレーヌを包んでもらうと菓子店を出て、馬車からの街並みを見ながら物思いにふける。
『あそこにあるアーヴェント商会に……ある女性が、よく出入りしているのをご存じですか?』
ある女性。それは誰か分からない。商会に出入りするただの客かもしれない。
ある女性がミエールではない女性だとしても。
ただ、確認したいという気持ちが胸の奥で疼いていた。
「お嬢様、どちらへ参りますか?」
物思いにふけていたロザリンは、侍女の問いに視線を上げる。
「……もう少しだけ、遠回りして。あの通りを回ってくれるかしら」
ロザリンが指したのは、アーヴェント商会の裏手を通る道。
表通りとは違って人通りも少なく、商会の搬入口や使用人用の出入り口がある裏道だった。
アーヴェント商会の裏手にやってきて、そっとカーテンをめくって覗いた窓の外――
ロザリンは驚きで思わず前のめりになる。
あれは……。
ミエールの馬車だわ。
数日前にも見た見慣れた馬車が、アーヴェント商会の小さな裏門の前に停まっていた。
どうしてミエールの馬車が?
裏道に隠すように置かれた馬車。
「あちらにあるのは、ミエール様の馬車でございますね。なぜこのような使用人が使うような場所に……?」
「シュヴァルツ様がおっしゃっていたことを覚えてる?」
「ある女性が出入りしていて、親密な関係のようだと言う話をですか?……まさか、お嬢様はミエール様とアイザック様の関係を疑っておられるのですか?」
「親密なんて人それぞれ考え方が違うもの。私は自分の目で確かめたいの。でも、不思議よね隠すように裏口にミエールの馬車があるなんて。なぜかしら?」
商会の表に置かない理由は、隠したい何かがあるとしか思えない。
数時間に感じる時間を、ミエールが姿を現すのを待っていると。
扉の先から姿を現したのは、アイザックだった。
ロザリンの胸が、一気に冷たくなる。
アイザックとミエールが会っているのは本当みたいね。
ミエールの姿は見えないけど、どこにいるんだろう?
彼は慣れた様子で馬車へと歩み寄る。
馬車の扉を開くと、商会の中からミエールが現れた。
華やかな桃色のドレス、軽やかな笑み。
アイザックの顔が綻び、ミエールの手を取った。
アイザックは見えるを引き寄せると、二人は笑い合いながら身を寄せた。
まるで、親しげに――恋人のように。
「あ、あれは……」
二人の姿に侍女は驚きの声を上げるのが、ロザリンは何も言わず真っ直ぐと視線を向けるだけ。
あぁ、やっぱりそうなのね。
アイザックは婚約者である私より、ミエールを浮気相手。いや、側から見たら恋人として選んだ。
アイザックはロザリンが見ているとは知らず。
アイザックとミエールの影が重なり合う。
唇を重ねてキスをする二人にロザリンは目を細める。
身体を重ねた二人は名残惜しそうに、離れると抱きしめ合った。
アイザックは馬車に乗り込むミエールの手にキスをした。
その姿は、別れを惜しむ恋人にしか見えない。
ミエールの馬車の扉が閉まる。
走り去るミエールを乗せた馬車を見送る、アイザックの熱のこもった視線。
まるで、そこだけが世界から切り離されたように、静寂に包まれる。
ロザリンは窓から目を離せなかった。
まばたきすら惜しくて、指先に力が入る。
気持ち悪い……。
婚約者がいるのに浮気をするアイザックも。
幼馴染の婚約者に手を出すミエールも。
ロザリンは二人の恋の邪魔者で、恋を燃え上がらせるスパイスでしかない。
『……ロザリンの婚約者がアイザック様なんて、ほんとうに羨ましいわ』
『ぬるくて苦い紅茶より、熱くて甘い紅茶の方がいいでしょう?』
ミエールの声が蘇る。
その言葉が、今になって鋭く胸に突き刺さる。
ミエールは――知っていた。
自分がロザリンの婚約者であるアイザックに惹かれ、そして、彼が自分に傾いていることも。
だからこそ、あのティータイムで強気な態度を取って“わざと”見せつけたのだ。